勇球必打!
ep125:勇球必打!

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 スコアは9-9。  場面はツーアウト、一二塁にランナーを置いている。 「……いくぞ」  僕はゆっくりと右打席に入る。 「ふっ……」  息を吐き、肩をゆっくりと揺らす。  無駄な力が入らないよう細心の注意を払う。 「お、己……どういうことだ。この男のナチュラルパワーが突然に……」 「お、俺は俺だけのものだ」 「こやつ……完全に支配はずなのに……」 「約束が違う。俺は俺の意志と体で――」 「ええいッ! 今は私に任せろ三流投手がァ!!」  マウンドのあいつは一人で何かを言っている。  僕は構わず、バットの先端を向ける。 「皆の想いを乗せて打つ!」  フォームは霞の構え。  これが僕の打撃の型、戦いの流法だ。 「ふん……敗北勇者が」  あいつはドス黒いオーラを放出する。  威圧感を感じる。  あの魔王イブリトス以上に……。 「かっとばせーっ! アラン!」  マリアムの声援が聞こえる。  必死の願いだ。  それは彼女だけではない――チームの皆も、応援団も、全ての野球ファンの願い。 「我が速球を打てるかな!? 勇者の称号を持つ人間よ!」  投げたまずは外角低めの直球だ。 「ストライク!」  ストライクを取られた。  球速は155キロ。 「ふふっ……よくわからぬことが起きたが――我が憑依に問題なしッ!」  2球目を投げた。  今度は真ん中のボール――狙い目だ! 「はあッ!」  僕は気合一閃、バットを振り抜くが……。 ――ククッ! 「ストライクツー!」  バットを振ってしまった。  球種は落ちるドロップカーブ。  ストライクゾーンからボールゾーンへと落ちるキレのいい変化球だ。 「勝利の鐘が 高らかに鳴り響く」 「誇り高く 進め勇者達よ きらめく栄光を勝ち取れ」  大応援団の応援歌が聞こえる。  人々の声が、太鼓が、トランペットの音色が五体に響く。  そんな光の合唱音が響き渡る中、微かに声がした。 「片倉さん……テストの時に黒野君はあんな球を投げていました?」 「いや……回転のきいた球を投げていたけど、球速も140キロそこそこ、変化球もキレはあったがプロの二軍レベルだった」 「やはり黒野君の潜在的に眠る才能を、あいつが開花させているということですね」 「ああ、加えて異世界の能力も付与させている。神保君の体に憑依する君のようにね」 「耳の痛い話です――とはいえ、私は加減はしていますよ」 「うむ……これ以上、無茶をさせると……」 「ええ、あいつはそれをわかってやっている」 「改悪の神トロイアめ……」  オディリスと片倉さんだ。  トロイア――確かにそう聞こえたが。  そんなことに気を取られている場合ではない。  僕はストライクを二つ取られた。  つまり、後がない状況――ストライクを取られればアウト、敗北ゲームセットとなる。 「これで追い詰められたな」  マウンドのあいつは笑っている。 「そうらっ!」  投げた――! 「ボール!」 「ふふん、もう一つズレていたらストライクだったのに」  楽しんでいる。  まるで遊戯をするように……。 「体のキレがよくなってきた。途中でこの人間の意志が飛び出たが――体も心も完全に支配したようだ」  ロジンバッグに手をやりながら、何やら言っている。  僕はバットの先端を向けて構えたままの不動体。  バットを持つ手からじんわりと汗が出ている。 「仲間達と共に築く 固い絆の力は無限大」 「勇気の歌が 揺るぎない力 エンディングの瞬間ときを向かえよ」  ライトスタンドの応援歌も佳境……。  そして、 「ゲームは終わりだ。完全に仕留める!」  指先に暗黒闘気を集中させている。  暗黒騎士ダークナイト――自らの生命力を削りながら戦う。  黒野……それ以上やると君の体が! 「貴様で終わらせ……9回の裏でサヨナラ勝利だ!」 ――グワアアアン! 「じっくりと味わうがいい! その名も――ッ」 ――虚無の変化ヴォイドスプリッター!  ボールを覆う黒い渦。  その黒い塊がど真ん中に来た!  これは――ストレートだ! 「…………!」  僕はバットを振る。  禍々しいボールだが構わない。  この世界樹のバットで強く叩くだけだ。 ――ギュラララン!  いや……!? 「くっ!」  ストレートの軌道で落ちた!  これはSFF――スプリットフィンガーファーストボール! 「しまった……」  僕はバットを振ってしまっている。  人は一度入力した動作コマンドを途中で止めることはできない。  どうすれば……。 「アラン! そのまま掬い上げたれ!」 「マリアム……」 「そんなもん見てくれだけの抜けたフォークや!」  マリアムだ!  スタンドから彼女の声が聞こえた。 「一か八か! バットを振ったらボールは飛ぶ!」 「バットを……」 「好球必打――勇球必打やで!」 「勇球必打!」  心なしかバットが光った。  僕はそのままスイングする。  大きく、虹を描くように。 ――カツーン! 「な、何だと!?」  乾いた音が鳴った。  僕は思い切りボールを掬い上げた。 『う、打ったアアアアア!』 『マンダム――大飛球だぜ!』 ――ワアアアアアァァァァァ!  味方も敵も、人間も魔物も声を上げた。  僕が放った打球は光を帯び、センター上空へと舞い上がる。 「平凡なフライだな、誰が取る?」 「待て……あのフォロースルー!」 「クワカー! どうしたヒロ!」 「ベーブ・ルースに似ているッ!」 「……誰だよ」 「それがどうしたってんだ」 「油断するな! ただのフライで終わらぬぞ!!」  打球の方向は魔物外野陣が構える。  打球は高々と上がり、失速せず、ぐんぐんと伸びている。  入れ……入ってくれ! 「お、おい! 打球が伸びているぞ!?」 「このままでは入ってしまう!」 「フレスコム、ベリきち!」 「わかっているぜ!」 ――バシバンシュ!  魔物外野陣の超絶守備か!  国定さんの打球を捕獲した技で取るつもりだ! 「打球の方向は約0時の方向!」 「鷹鷹鷹おうおうおう!」  ベリきちはヒロを投げた。  打球の方角へ高々と。 「逆転など許さぬ! この私が――」  ヒロはボールをグラブに収めようとするも、 「ぐあッ!?」  ヒロがボールを落とした。  いや――弾いたのだ。  打球が強烈だったのか、ヒロのグラブ突き破った。  しかし、一度グラブに当てたことが幸いしたようだ。 『ああっと! 打球はそのままスタンドインせず!』 『だ、打球はどこだ!?』 『あそこです! あそこに落ちています!』  フレスコムの目の前にボールが落ちていた。  好守備に阻まれホームランにならなかった。  でも、あれで十分だ。 「フレスコム!」 「内野へボールを返せ!」 「ク、クワカー!」  ヒロとベリきちの声が響くも、フレスコムは何故か動きを止めていた。 「ううっ……」 「どうした!?」 「何故、早く投げぬのだ!」 「ボ、ボールが熱い……焦げてやがる!」 「何をブツブツ言っている!」 「早く投げぬか!」 「わ、わかっておるわアアア!」  フレスコムは内野へ投げるも遅い。  僕は既に二塁で足を止めていた。 『安孫子ホームイン逆転ッ!』 『つ、ついに念願の2点だぜ!』  安孫子さんは、既に本塁ベースを踏んでいた。 「やったね! ジョーさん!」 「ネ、ネノちゃん……胸が当たってるよ」 「当ててんのよ」  ベンチではネノさんが安孫子さんに抱きついている。  微笑ましい光景だ。 「よし!」  僕は静かにガッツポーズをする。  遂にメガデインズが勝ち越したんだ。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません