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 私は名はデリル・スペンシー。  この世界での名前だ。  前の世界では『ディード』という大僧正アークビショップだった。  勇者アラン、戦士ボンハッドと共に魔王イブリトスを倒したパーティメンバーの一人だ。  私は魔王イブリトス倒した後、ある王国の重臣に迎えられた。  冒険の中で培った豊富な知識と顔の広さを買ってのことだった。 「キャプテーションという闇属性の魔法研究を進めているらしい」 「サキュバス等が使う誘惑魔法か」 「闇属性の魔法に手を付けるなど神を冒涜する行為!」 「私の娘があやつに夢中になっているがまさか――」 「次は大臣の座を狙っているとの話もあるぞ」 「許せぬ! 思い上がりも甚だしい!」  あり得ない噂話が王宮で出回っている話は知っていた。  闇属性の魔法研究を進めているとか、宮廷内の子女達を誘惑し慰みものにしているとか、隣国のスパイだとか……。  全ては人間の嫉妬という感情から出た世迷い事。それでも話せば理解わかると思った。  そんな時に彼らが私をパーティに招待した。  それは罠であろう――そうと思いながらも、私は参加することを承諾した。  そこでゆっくりと話をすれば、全ては間違いであったと気付くはずだ。   「ぐぶっ!?」 「ディード! この悪魔め!」  しかし、彼らは噂を本気にしていた。  食事に毒が盛られており、私を毒殺して消そうとしたのだ。  倦怠感と吐き気が全身を襲う。  普通の人間ならば、ここで怒りや憎しみ、絶望の感情が湧き上がるだろう。  だが、私は彼らを許した――人間とは弱い生き物なのだ。  自己の存在を脅かされると感じると些細なことでも疑心暗鬼になる。 ――キュア!  解毒呪文キュアを唱え私は立ち上がった。  違うのだ、それは誤解だ、話せばわかり合える。そう彼らを託したかった。 「こ、こいつまだ生きて……」 「兵士を呼べ! 剣で斬りつけ、槍で刺せ!」 「いや魔法使いを呼べ! 業火で体を燃やすのだ!」 「元勇者の仲間か知らんが、この国で好き勝手やらせるものかァ!」  私は彼らの暴力や暴言を一心に浴びた。抵抗はしない。  人間とは愚かだ――勝手に何かを想像し、勝手に怯え、他者を傷つける。  それでも許そう――私は勇者アランとの冒険で素晴らしい人々にこれまで会って来たのだから。  映る光景は黒く赤い……私はこれから確実なる死が訪れるであろう。 ☆★☆ 「おお、ディードよ! しんでしまうとはなさけない」  私の目の前には男がいた。  黒いハットを被り、派手な服を着ている。  乳白色の白い肌に艶やかな水色の長い髪をしていた。 「あなたは?」 「私の名前はオディリス。簡単に言うと神様だよ」  彼の名はオディリスという名前の神らしい。 「私は確か――」 「死んだよ」  そうか、私は死んでしまったのか。  回りを見渡すと光で包まれた空間であることは分かった。  ここが天国という場所なのであろうか。 「君は嫉妬に狂った人間達に殺された」  オディリスという神は淡々と事実だけを述べた。  守るべき対象だった人々に殺されるとは皮肉なものだ。  私がセンチメンタルになると、オディリスは優しい顔つきになった。  すると思いがけない言葉を発した。 「そんな高潔な君は是非とも野球をやるべきだ」  この時に私は野球というものを知らなかった。  ヤキュウとは何なのか、一体どういうものなのか見当がつかなかった。  一つ理解出来ることは『神は絶対』であること。  大僧正アークビショップたる私が、目の前に現れた神に逆らえるはずがない。 「うんうん! 君のような英雄は転生し野球をやった方がいい」 「唐突過ぎて意味が……」 「英雄レベルの異世界者が、どの程度まで対応出来るかな」 「か、神よ――」 「頑張ってね!」 ☆★☆ 「こ、ここは……」 「デリル! 今日はお前がスタメンだぞ」 「ス、スタメン?」  私はアメリカという国の『デリル・スペンシー』という青年になっていた。  ユニバーシティというアカデミーのベースボールクラブに所属しているようだ。 「これは……」  ふと足元にビンらしきものがあることが気づいた。  ビンには私の顔が映ってある。見ると私は10歳以上は若返っていた。 「さっさと打席に入れ」  黒い眼鏡をかけた男に言われた。どうやら彼がこのギルドのボスらしい。  戸惑いながらも打席に立つ。 「バッターアウト!」  全てが唐突過ぎて、ルールを熟知していない私は棒立ちとなりアウトとなった。  ほろ苦い異世界デビューだ。 「何をやっているんだ」  もちろんボスに叱られたのはいうまでもない。  何もかも突然で理解に苦しむ。  あの神は悪戯者だ――私を許可なく転生させて苦しめようというのだろうか。  まァ嘆いても仕方がない。私はこの世界に適応するしかない。  こうして、チュートリアルなしで二度目の冒険が始まった。  頼れるのは生前に培った知識と分析力――そして、これらをフル活用して気付いたことがある。  異世界で身に付けた呪文や特技、スキルをそのまま引き継ぎで使用出来るというものだった。  なるほど……そういうことか。  後はこのベースボールのルールさえ覚えられればこっちのものだ。  短期間で私はルールを覚え、異世界の技や術を野球に応用。  チートレベルで私は活躍するとメジャーと呼ばれるギルドから指名され入団。  神から与えられた二度目の人生。  私はメジャーリーガーとして再び英雄となった。  深い野球知識で『プロフェッサー』なる大層な渾名まで付けられた。  そして、家族も持った。妻も子供も可愛い存在だ。  前の世界では家族がいなかった私には、それはとても新鮮な日々だ。  『野球をしろ』と神の導きのまま従い、それを遂行して良かった。  この世界も残酷で醜い人々も確かにいる。だがそれと同時に素晴らしい人々もいる。  私は再び英雄となり、この世界での生活を満喫していたのだ。  そんな時だ―― 「久しぶりだねスペンシー。いやディード」  年齢も三十路後半に差し掛かり、肉体の衰えから思うような成績を出せずマイナーに落とされていた。  そろそろ引退し、愛する家族とスローライフでも送ろうかと思っていた。  オディリス……神が再び現れたのだ。 「君は再び大僧正アークビショップとして立ち上がらねばならない」 「あ、あなたは……」 「危機が迫っている。人々から娯楽を奪い取り、精神的な荒廃を招き死の世界を作り出そうとしている」  神が言うには、邪悪な意志が日本Japanという小さな島国で動いているらしい。  その邪悪な意志は人々から野球――強いては野球以外の球技全てを支配しようとしているとのことだ。 「何れは日本だけでなく、ここアメリカにもその魔の手がやってくるだろう」 「アメリカにも?」  私は愛する妻や子供を見る。  そんなことをされてはたまったものではない。  この国では野球は特別なものだ。  それに野球だけではない、アメフトやバスケといった素晴らしい球技があり人々を楽しませている。 「私を日本へ連れて行ってくれ! マイナーでの生活には飽き飽きしていたんだ!」 「流石だね。直ぐに代理人を通じて連絡が来るだろう『メガデインズというチームから、いい条件が来ている』とね」  そして、神はニヤリと笑う。 「久しぶりに勇者アランにも会えるだろう。それも二人の――」 ☆★☆  試合は再び始まった。  ランナーは満塁でスペンシーさんだ。  ここで長打があればダメ押しの一打となる。 「ここで私が巨悪を討つ!」  スペンシーさんのクラウチングスタイル。  どっしりとした落ち着いたフォームは見るだけで僕達に安心感を与える。  この安心感は何だろうか……。 「邪悪なるものよ! 私にカオスボルグを投げたまえ!」  スペンシーさんが咆哮した。  それは明らかに鐘刃への挑戦状であった。

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