勇球必打!
ep74:賢者の意志

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「ぐゥ……がは……ッ!」  カオスボルグの直撃を受けた国定さんは吐血して倒れ込む。  硬球の固さに闇と雷の交じ合った強烈な一撃をまともに当てられたのだ。 「く、国定さん!」 「ゾージュ様!」  僕とオニキアはベンチから飛び出す。  鐘刃といえば倒れる国定さんを見て下劣な笑みを浮かべている。 「防御力の弱い魔術師系の職業クラスには痛かろう」 「うぐゥ……」  酷い傷だった。  火傷、挫創、裂傷が混ざった赤い傷口だ。  少しでも触ると痛みを助長させるのは間違いない。 「ワザとやったな」 「手が滑っただけだよ」  僕の問いに悪びれる様子はない鐘刃。  そして、イヤミったらしく帽子を脱ぐ。 「申し訳ない」  全く感情のこもっていない形だけの謝罪だ。  オニキアは倒れる国定さんに両手をかざしている。  手から放たれる淡い光が国定さんを優しく包んでいる。  どうやら回復魔法ヒールで応急手当をしているようだ。 「あなたという人は……」  オニキアは治療を続けながらも鐘刃を睨む。  そんな彼女を見た鐘刃は少しバカにしたような口調で言った。 「おやヒールで回復かね? そんなしょぼい回復魔法じゃなく、HPを全快するリカイアムでも使ったらどうなのかね」 「そ、それは……」  アルストファーは牙を見せながら嘲笑った。 「ククク……何でも闇属性の魔法に手を出してレベルが下がったらしいじゃないですか」 「くっ!」 「勇者を裏切り、鐘刃様を裏切り……また勇者の仲間になる。全く賢者が呆れますねェ……その賢さはズルさだけのものですか?」  オニキアは俯きながらヒールでの治療を続ける。  そんなオニキアを見て、鐘刃は見下ろしながら言った。 「そう責めてやるなアルストファー。彼女が優秀な人間なのは間違いない」 「この女が?」 「左様。私がたった数日レクチャーしただけで闇属性の魔法を覚えたのだ」 「我々魔族が使う闇属性をたった数日で……なるほど人間にしては優秀だ」  アルストファーは鐘刃の言葉を聞くと、途端にオニキアに興味を持ち始めたようだ。  そして、鐘刃は演技じみた口調で言った。 「オニキア……私の元へ戻ってこないかね?」  まさかの再勧誘、支配者たる者の度量を示す行為。  魔王がよくやる「味方になれば世界の半分をお前にくれてやる」な手口。  そんな転生魔王らしい鐘刃の悪魔の囁きは続く。 「君に野球を教えてやったのは私だ。云わば君の師匠マスター弟子ディサイプルの過ちは許そう。私の元へ戻ってくるんだ」 「戻る……」 「そうだ。もし私の支配を再度受け入れるのならば、元の世界へ戻すことをお約束しよう」 「元の世界……」 「その世界は魔物どころか魔王イブリトスもいない、君の知っている人々が平和に暮らす世界だよ」 「魔王イブリトス……」 「何を迷っている? このまま無様にグラウンドで死にたくはなかろう」  オニキアは暫く考えた後、静かに口を開いた。 「私……」  その言葉が僕の嫌な記憶を呼び起こす。よく覚えている。  続きの言葉は「こんなところで死にたくない」だ。  あの世界の魔王イブリトスとの戦いでオニキアが放った言葉だ。  だが――今の彼女はそんなヤワじゃない。 「あんたに屈服しない!」  オニキアの答えは『いいえ』だった。 「ここで『はい』と返事をしたら、私はまた恐怖に負けたことになる!」  勇気ある言葉だった。  オニキアは仲間だったデホやブルクレスを見た。 「デホとブルクレスも目を覚まして!」  彼女の叫びに二人は冷淡に答えた。 「今更いい子ちゃんぶるなよ」 「強者に従うのが自然の摂理だ。目を覚ますのはお前の方だぞ」  彼女は首を振った。 「私達は誰かの引き立て役じゃないはずよ!」  オニキアは僕の顔を見た。 「魔王イブリトスとの戦いで酷いことを言ったわね。アランのことを『カッコイイ勇者だと思って協力しただけ』って……」 「オニキア……」  申し訳そうな顔をしていた。  負傷した国定さんを懸命に回復させながら小さく答えた。 「本心を言うと私は『勇者の仲間というステータス』が欲しかっただけ。強い人の仲間になれば両親から……皆から認められると思っていた。自分の存在を誰かから認められたかった……」  鐘刃は静かに答えた。 「それでよい。強いものに支配されるのが弱者の生き方――君の運命なのだ。だからこちらに戻れ、永遠の安息を得られるのだぞ」 「答えは変わらない『いいえ』よ。あんたは人を道具としてしか見ていない。あんたは自分がこの世界の主人公だと思っている、誰も認めようとはしない傲慢な存在よ」  そうか……ようやく理解わかった。彼女は誰かから認められたかったんだ。  僕は鐘刃こいつと一緒だ。仲間を主従関係の立場でしか見ていなかった。  だから冒険でも『ありがとう』という簡単な言葉が出なかったんだ。 「何を言っている。お互いに利用し合って生きるのが正しい生き方だ」 「間違っている!」 「間違っているだと?」  オニキアの言葉が深く心に突き刺さったが、僕は不思議と心から熱いものが込み上げて来る。 「利用し合うなんて間違っている! 仲間を信頼するからこそ限界を越えられる! 友情を育むからこそ苦難を乗り越えられる!」 「何だ突然に……。信頼? 友情? そんなものは世界に必要ない」 「違う!」 「生物は利己的でいいのだ。その方が幸福に生きられる」 「違う!」 「同じ答えを何度も何度も……」 ――リカイアム!  大きな手が国定さんにかざされた。  僕とオニキアが見上げるとスペンシーさんがいた。 「ボーイにガール……次は私の打席だ」 「ス、スペンシーさん」 「ベンチを見たまえ。もう少しで大乱闘が起きているところだったぞ」 「えっ?」  自軍のベンチを見ると、西木さんと赤田さんが必死で皆を止めていた。 「許さん」 「故意の死球じゃねェーか!」 「落ち着け」 「純粋な戦闘ではヤツらが上だ! 死ぬぞ!」  ベンチの皆が荒ぶっている様子だ。  塁上にいるネノさんや安孫子さんも、体を震わせ必死の形相で抑えていた。 「素早すぎるSuper Fast! 君達が監督Bossより先にベンチを出てどうする」 「そ、それは……」 「感情的になるな。勇者と賢者は常に冷静でいろ」  スペンシーさんは倒れた国定さんを抱き起す。 「起きろGet up!」  なんとスペンシーさんは顔を軽く叩いた。 「うぐっ……」  国定さんは目覚めると少し不満そうに言った。 「荒っぽいな」 「こういう時は物理攻撃が一番なのさ」  鐘刃は憎々しい目で見つめている。 「またウザい回復呪文か大僧正アークビショップ」 「お前が誰の転生者か理解した。持てる力を全て使い倒させてもらう」  スペンシーさんの目が今まで以上に鋭い。  言葉から察するに鐘刃が魔王イブリトスの転生者であることを気付いたようだが……。  彼とは一度も面識がないのだ。

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