勇球必打!
ep83:緩急剛柔

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 カラカラと金属音が洞窟に響いた。  冷たい地面に盾の破片が散らばっている。  麦田さんはオーガキングの姿のままニヤリと笑う。 「特技【闘神斬り】――それがお前の新しい特技だ」  僕は新しい特技【闘神斬り】を覚えたのだ。  野球に応用できそうな技を習得することが出来たようだ。  これで麦田さんの試練は終わりか。 「それでは試練の続きだ」 「ま、まだ続きが?」 「当たり前だ」  麦田さんが拳を振り上げ襲ってきた! 「な、何を!?」 「イベント戦闘だッ!」  大きな拳が僕の顔面を迫った。  咄嗟にバトルハンマーで防ぐもひしゃげる。 「な、何故こんなことを急に!」 「唐突にイベントが発生するのが異世界というものであろう」 「答えになっていませんよ!」 「フッ……理解出来ぬのも仕方ないか」  続いて麦田さんは、地面に落ちている大きな石を手にした。 「お前が強くなるには、経験を貯めレベルを上げるか。もしくは〝神が作ったイベントをクリアする〟ことで新しい特技やスキルを身に付ける――この二つしかない」  麦田さんは振りかぶって石を投げつけた。  人としての姿の時も150キロ台の直球を投げていたが、こうしてオーガキングという魔物の姿でいると身体能力はより強化される。  投げつけた石の時速は160キロを超えるだろう。 「今は時間がない! 神の作った急造イベントをクリアでしか強くなる方法はないのだッ!!」 「くっ……!」 ――サクッ……  僕は身をかわすも、右の脇腹をかすめる。  石には闘気が込められているらしく、ユニフォームが少し裂けていた。 「やるな」 「麦田さん無意味な戦いはやめましょう。僕達はプロ野球――」 「プロ野球の世界にも乱闘という戦闘があるだろがッ!」  麦田さんは飛び蹴りを放ってきた。  僕は腕を交差させ防御するも後方へと吹き飛ばされる。 「うわっ!?」 「このままでは敗北ゲームオーバーになるぞ」  一瞬だが、画面が真っ赤になったような気がした。  魔王イブリトスとの最終決戦ラストバトルでもあったな――これはピンチである証か?  勇者としての冒険でもピンチの際に起こった不可思議な現象だ。 「戦うしかないのか」  すると体が勝手に構えを取る。武器は素手のみ。 「そうだ。お前は『戦う』というコマンド選択肢しかない」  そう述べると麦田さんは再び石を拾い上げた。 「強力な武器に頼らず、己の肉体のみで俺を倒せ」 「僕は武闘家ではありません」 「ラーマ神殿で転職しなかったのか」 「勇者は転職できません」 「それもそうか」  張り詰めた緊張感の中でも、僕達は互いに冗談を言い合う。  冗談と言っても、これは僕が少し戦うための知恵を出すための時間稼ぎだ。 「俺の得意技を見せてやろう。本来ならシーズン中に試すはずだったものだがな」 「得意技?」 「次のターンで理解わかる」  得意技か。一体どういう技を繰り出すんだろうか。  それにしても、この限られた条件でどう戦うかだ。 「いくぞ!」  麦田さんは振りかぶって投げた。  石の軌道は直球――僕は臥せて、ひらりと身をかわそうと体を動かした。 ――クッ……  だが石が変化する。  落ちたのだ――野球でいうところのフォークボール。  やや横に変化し、フォークのような軌道でありながらカーブ気味に落ちる。  この摩訶不思議な変化球は『ムギボール』。麦田さん独特の決め球だ。 ――ドッ!  ムギボールに変化した石が僕の足に直撃した。  痛みで僕は1ターン行動が不能。  その隙を見逃さずに麦田さんがこちらへと駆け寄って来た。 「そりやッ!」  大振りの鉄拳が襲う。  僕は反射的に前転しながら躱した。 「よい反応だ。その反射神経があれば、フィールディングも大丈夫そうだな」 「はッ!」  次は僕の攻撃だ。  素手ではひのきのぼう以下の攻撃力しかない。  それは分かっている。でも今はこれしか武器はないのだ。  デホの見よう見まねであるが、右の中段蹴りを放つ。 「効かんな」  ダメージはない。  当たり前か……。  麦田さんは僕の足を掴みそのまま投げ飛ばした。 「ぐわっ!」 「効かぬが闘う根性は持っているようだな。アラン、今回は特別大サービスで良いものを見せてやろう」  麦田さんはそう述べると石を手にする。  指で石を挟み僕に見せつけている。 「一度しか見せんぞ。これがムギボール――いやフォークボールの握りだ」 ――ブン!  投げつけていたが僕の頭より上の位置。  だが……。 ――ククッ!  高めから落ちてきた!  このままでは僕の頭部に直撃する。 「高めから落ちてくるだって!?」 「フォークでもコース、高さをきちんと投げ分けられる。そうなって初めて試合で使える球となるのだッ! 低めに投げるばかりが変化球ではないッ!!」  ダメだ……躱せない。  迫りくる石がどんどん大きくなる。 「怯むなッ!!」  麦田さんの声が響く。 「集中させろ! 体の力を抜け! お前なら必ずや乗り越えられる!」  アドバイスとエールだ。 「当ててから躱せ!」  そんな無茶な――  当ててから躱すなんて出来ようはずもない。  そう思った時だ。 「アイジスの盾を打ち砕いた時は力の集中! 今度は脱力の集中だ!!」  脱力の集中?  そうか……二つのレアスキルを!! ――スキル【律動調息法】発動!  まずは脱力を発揮させる。  呼吸の集中は自然と恐怖心を和らげてくれる。 ――スキル【精密樹械】発動!  迫りくるムギボールに集中させる。  当てる武器は……あえて僕の体だ!  ゴッ!  鈍い音が響く。  僕は背中で受け止めたのだ。  本来ならば大ダメージ受ける痛恨の一撃であるが……。 「ふっ!」  研ぎ澄まされた時間間隔での集中力の発揮。  わずか1ターンの中で、二つのレアスキルを同時発動させたのだ。  不思議と痛みはない……それに全てがスローに見えた。 (今だ――ッ!!)  僕は攻撃を受けると同時に「エアカンダス」を唱えた。  素早さを上昇させ、麦田さんの懐へと飛び込んだのだ。 (続いて力の集中!)  僕は拳に集中させ、麦田さんの大きな体に突きを打ち込んだ。  アイジスの盾を粉砕した時のように会心の一撃を繰り出したのだ。 ――特技【闘神斬り】!  武器は持っていない。  実際に斬ってはいないが、剣で攻撃するような気迫で打ち込む! 「ぬぐ……!」  流石はオーガキング。  この一撃で倒れるはずもない。 (もう一発!)  更に一撃を加える! 「な、なんと――」  まだ倒せない。  もう一撃! もう一押し! ダメ押し!  僕は連撃を打ち込んでいた。 「ぐぶっ!」 ――ドサッ!  麦田さんをようやく倒した。 「特技【爆砕拳】か」 「ハァハァ……」 「勇者に素手で戦わせると聞いた時は、おかしな試練を用意したものだと思ったが……こんな裏技まで用意するとは」  何やら麦田さんはブツブツと言っているが聞き取れない。  僕はただただ息を乱していた。  そんな僕をチラリと見る麦田さんは笑っていた。  その姿は人間の形態に戻っている。 「ふふっ……レアスキル【緩急剛柔】習得だな」 ――アランはスキル【緩急剛柔】を覚えた!  スキル【緩急剛柔】  戦闘場面において闘神の如き力を発揮出来るレアスキルの一つ。  効果は1ターンにおける二種類のスキルと特技や魔法の同時発動が可能。  ただし、このスキルを発動させるには条件がある。  攻撃時にレアスキルの【律動調息法】と【精密樹械】を行う必要がある。 「お前なら次の試練もクリア出来るであろう」 「麦田さん……」 「勇者――いいやプロ野球選手アラン、全てのプロ野球ファンのためにも強くなれよ」  そうすると麦田さんは何を思ったか、 「俺は生前オーガキングとして、人間の冒険者を殺しまくった」  転生前の自分のことを語り始めた。 「ある領域に入る人間を狩るのが俺の役目――だがそんな俺も勇者一行に倒された」 「勇者――まさか?!」 「察したようだな」  そもそも、オーガキングは終盤の冒険で現れる強敵だ。  何体倒したか分からない。その中に麦田さんが含まれていたのか。 「僕は……」 「倒されるのも魔物の使命だ。それに人間となり野球という素晴らしいものを知れたのだからな」 「えっ?」 「人間には他者を励まし、力をつける〝声援〟を持っている!」  麦田さんは僕の手を強く掴んだ。 「ファンは宝物! どんなに苦しい場面でも、応援する声があれば人間は力が湧く!」  それは熱い魂の叫びだ。 「 鐘刃のやる新しいプロ野球は下らんものだ! プロ野球は人々の生活を豊かにする仕事! そして、俺らもファンからの応援で生きる力を得る! 魔物にはない、素晴らしい力が持つプロ野球を改悪させ、あいつ中心で物事を進ませることが勘弁ならねェ!!」  人間になった麦田さんの熱い言葉が全身を貫く。  痛みは自然となくなっている。逆にやるぞという闘志が湧いた。 「僕が必ず鐘刃を倒します!」 「心意気は良し。アラン、お前が次のエースだ……」  麦田さんはそう述べる気を失った。 「あなたの熱い想い……確かに受け取りました」

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