勇球必打!
ep35:闇の代償

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 マウンドに集められた投手と捕手、そして内野陣。  キャッチャーの元山は訝しんだ表情で話を聞いている。 「弁天に交代だ」  話し合う中、オニキアは納得できない様子だ。 「な、何故ですか?」 「口答えは許さん! 交代は交代だ!」 「ハ、ハハッ!」  マウンドにいった花梨監督は何事かを伝え、そのままベンチへと戻る。  元山は下がっていく後ろ姿を見ながら、オニキアに語りかけていた。 「監督の声、何かおかしくなかったか? それに穏やかな人なのに口調がキツい」 「……」 「てか、俺以外のヤツらも様子が変だぜ。判官や弁天は別として、目が虚ろっていうか何というか……それにファーストに何で弁天がいるんだ?」  ベンチに戻った花梨監督はすぐさま球審を呼びつけると、電光掲示板を指差しながら何やら言っている。  暫くすると不思議なアナウンスが流れた。 『ピッチャーオニキアに代わり弁天、ピッチャーオニキアはそのまま一塁へと入ります』 「投手と一塁手が交代するようだぞ」 「そういう作戦やったんかいな」 「花梨イリュージョン!」 『こ、これは驚きました! そして、これが作戦だったのか! 右打者のスペンシーに対し、右投手の弁天を持って来たのです!!』  突如として投手と一塁手が交代した。  つまり投手の交代、弁天がピッチャーマウンドへと立っている。 (弁天、聞こえるか? 今、テレパシーでお前だけに話しかけている) (そ、その声は……) (オニキアの闇の術法は未熟で未完成だったようだ、その証拠に切り札であったブラッドサンダーの魔球を打たれ、徐々にではあるがキャプテーションの効果が切れつつある) (オニキア様は魔法のスペシャリストでは?) (作られた天才を人は秀才と呼ぶ。オニキアには闇の術法の才能がないようだ、特に慈悲などという下らぬ感情が邪魔をしている。言い訳をしていたが、開幕戦の初手で何らかの術法でアランを殺さなかったのは、まだ仲間意識というものを心のどこかで残していたからだ) (拙僧はどうすれば……) (闘気を最大限に込めて、六波羅蜜シュートをスペンシーという男にぶつけろ! その次は国定だ! それまでは何点取られても構わん!!) (無関係の人間を……) (異世界へ行きたくないのか?)  代わった弁天は顔が石のようになった。  『念仏投法』の型を取ることもなく、仁王立ちのセットポジションに立っている。  片や右打席に立つスペンシー、ホームベースに深く被さったクラウチングスタイルだ。 『弁天、まるで不動明王のような大きな姿勢から振りかぶり……』 (せ、拙僧は……)  ファンからは――ドラフト1位なのに期待外れだな。  同僚からは――いつまで二軍でただ飯喰ってんだよ。  後輩からは――先輩、まだ二軍で燻っているんですか?  母でさえも――野球へ投資したけど無駄金だったわね。もう引退しなさい。 (誰からもバカにされたくない!) 『第1球を投げたッ!』 ――特技【震脚】! (【震脚】でバランスを崩そうと思っているようだが、逆に好都合。こうやって重心をしっかりと落とし……) ――グ…… (この両眼でゆっくりと【分析】を発動出来る) ――スキル【分析】発動! (約3cmほど肘が下の位置に来ている……なるほど、動画で見たように面白いほど分かりやすいクセだ)  あれは六波羅蜜シュート!?  投じられたコースは内角高め、これではクラウチングスタイルである、スペンシーの頭の付近にボールが迫る。   「ヤ、ヤベ! 俺は外角へスライダーを投げるように構えたハズだぞ!?」 「安心したまえ、Mr.モトヤマ」 「へっ?」 ――スッ…… 「こうやって肘を上手く抜き……」 ――グッ! 「バットに聖なるパワーと生まれ持った闘気を放出……」 ――特技【聖十字撃】! 「この二つを上手くミックスした特技を使えば……」 ――ゴガッ! 「イージーに打てる」 「ぐわッ?!」  スペンシーは上手く肘を折りたたみ、弁天の六波羅蜜シュートを打った。  技あり、本物の強打だ。ライナー性の打球はピッチャーの弁天を強襲。  脳天にボールが当たるのが分かった。 『内角を上手く打ってのライナーッ!! だが、不幸にも弁天にぶち当たったゾ――ッ!!』  球場はザワつき、オニキアや判官、元山が駆け寄った。  それ以外のナインはまるで人形のように棒立ちで異様な光景だ。  自軍の選手が倒れたというに、花梨監督とはじめとするチームメンバーもベンチか出てこない。 「べ、弁天!」 「速く救護班を呼べ! 頭に当たった!!」 「オニキア様! 早く、早く回復呪文を!!」 「わかっている……」 ――リカイアム!  オニキアはリカイアムを唱えた!  MPが足りない! 「何故リカイアムが使えない! 私のMPはまだ残っているはずよ!?」  何だか様子がおかしい。  僕や西木さん、他のチームメイト達はこの光景を黙って見ていた。 「あのオニキアって娘、さっきから何やってんだ」 「手かざしばっかりやってるけど、何かのまじないか?」  佐古さんや森中さんは、オニキアの不可解な行動を見て語り。 「な、何ですかね?」 「分かるわけないやん」  ドカと湊のバッテリーはベンチ前でのキャッチボールを止め、マウンドを見つめている。 「監督やチームメイトは行かないのかよ」  次の打順である鳥羽さんがバットを担ぎながら何かを呟き……。 「……」  三塁へ進塁した河合さんはスペンシーを見つめていた。 ――ザッザッザッ……  すると国定が無言で立ち上がるとマウンドまで歩いていく。  隣りにいた嵐岡さんが呼び止めた。 「おい! どこへ行くんだ!」 「マウンドですよ」 「コ、コラ! 勝手に……」  国定は制止を振り切り、そのままオニキア達のところまで行った。 「言っただろう、闇の術法に手を出すからだと……」 「な、何よ……どういうことよ!」 「スペンシー、スキル【分析】は済んでいるんだろう」  国定は一塁に立つスペンシーの顔を見ている。  スペンシーは頷いてから言った。 「闇系統の魔法は使用可能だが、それ以外の魔法は熟練度が低下している。それにレベルも14くらいだな、MPも少ししか残っていない」 「そ、そんな! 私はこの世界に来る前はレベルが56あったのよ?!」 「闇の術法に手を出せば、それは悪魔に魂を売り渡したことと同意。その代償として、レベルは約1/4ダウンしている」  オニキアは魔王イブリトス戦の時のような表情だった。  何かに絶望し、深い闇へと心が落ちていくのが分かる。  そうか、闇の術法に手を出していたから魔王イブリトスが繰り出した魔法を使用出来たのか。 「何だよ、闇だの魔法だの悪魔だの。RPGのやり過ぎじゃないのか」  一人現状を理解出来ない元山、この世界の住人なので仕方がないだろう。  混乱する場の中、先に動くものがいた。 「この代償は……」  判官だ。弁天を直撃した硬球を握りしめている。 ――特技【跳躍】! 「キサマの命で償ってもらう!!」  大きくハイジャンプする判官。  空中で送球体制に入っている、狙いは――。 ――特技【竜牙一擲グングニル】!  スペンシーだった。

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