勇球必打!
ep86:血に塗られた条件

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「こ、こんな超展開ってありかいな! 打ち切り漫画みたいに唐突やで!」 「マリアム君、動揺し過ぎだよ」 「いやいや! オーナーもずっと顎に手を置いたままやん! 権〇ポーズやんけ!」 「失敬……私もこの超展開に動揺しているよ」  ドーム内はまだ騒然としている。  見た目は細身なネノさんだが、自分より大きい片倉さんを抱えている。 「よう監督さん、そういうこった。新しい河合子之吉ちゃんをよろしくね♡」 「よろしくってお前……」 「細かいことは気にするな。それより、このスカウトのおっちゃんを回復させてやんな。力を封印されるために多少なりとも体を痛めつけられている」  ネノさんはそう述べると、片倉さんを壁にもたれかけるように座らせた。  その直ぐ傍にはオニキアがいる。 「回復は頼んだぜ賢者の嬢ちゃん。この程度のダメージならヒールでいけるだろう」 「え、ええ……」  オニキアは戸惑いつつもヒールで片倉さんを介抱し始めた。  ネノさんは口笛を吹きながらゆっくりとグラウンドへと戻った。 「さて! プレイ開始だぜ!!」 「ネノさん。ちょっと……」 「ん……どうした?」 「チームのみんながまだ現実を受け入れていないみたいです。特に安孫子さんが……」  グラウンドのナインはまだ唖然とした表情だ。  それは異世界からの転生者であるスペンシーさんや国定さんも同じだ。 「神よ。全てを私に教えてくれたのではなかったのか」 「スキル【変身】か。レア職業クラス忍者がまさかチームに潜んでいたとは……これも敵を欺くための作戦か?」  反応はバラバラ、レフトの元山は首を傾げたまま。  サードの森中さんは黒眼鏡をかけ直して棒立ち、ファーストの鳥羽さんは腰に手を当てて仁王立ちだ。  またキャッチャーのドカは、冷静さを取り戻すようにマスクを被り直す。 「わけがわからないよ」  その中でも、一番動揺しているのは安孫子さんだ。  ズンとした雰囲気でずっとネノさんを凝視している。  それもそのはずだ。自分のファンだとネノさんを紹介されていたからだ。 「き、君……これはどういうことなの?」 「ジョーさん。キャラ崩れてるぞ」  ネノさんはやれやれといった顔で安孫子さんの元へと行く。 「クールでニヒルなキャラの設定はどこいったんだよ」 「いや……その……」 「気合入れろよ。一応、私はあんたのファンなんだから」  コッ。 「あいたっ!」  ネノさんが安孫子さんの腹に軽く拳を入れた。  元の姿に戻ってから何だか生き生きしているような……。   「闘魂注入だ。アイドルとかに熱上げないで野球に集中しな」 「わ、わかったぜ」 「試合再開だ! 『全員で笑って終わる』ためにも気合入れてやるよ!!」 「は、はい」  僕は反射的に答えた。  ハプニングは唐突にやってきてしまったが、これでよかったのかもしれない。  試合の流れで起こったとはいえ、これで片倉さんを救出することが出来たのだ。 ☆★☆  一方、一塁側のBGBGsベンチ。  アルセイスのゼルマは拳を固く握りしめていた。 ――ギリ……  歯を食いしばりながら憎々しくグラウンドを見ている。  その異変に気づいたのはマスターマミーのヒロ。  彼は打撃コーチ兼任であるため、選手の感情を敏感に感じ取った。 「どうしたゼルマ」 「あいつ――あの女!」 「女……あの河合という選手のことか」  ゼルマが見ていたのは、正体を現した河合ことネノの姿。  ヒロは腕を組みながら尋ねた。 「何か因縁があるのか?」 「お前には関係のないことだ。元々この世界の住人だったお前に……」 「関係はある! 選手の気持ちを知るのもコーチの役割だ!!」  指導者としてヒロは真剣な目でゼルマを見た。アルセイスは低級種の妖精型モンスターである。  ヴァンパイア、カイザートロル、グレーターデーモン、鳥人間フレースヴェルグといった上級種の魔物達がいる中で、トップバッターを務めるまでに野球レベルが成長したのはヒロの指導があってのものである。  云わば、二人は師弟関係にあるのだ。 「あんたには感謝している。私のような低級種の魔物が、レギュラーになれたのはあんたの指導のお陰だ」 「ならば……」  ゼルマは首を横に振った。 「魔物にも言えぬことがあるのだよ」 「分かった……それ以上は詮索しないようにしよう」 (それにしても、あの忍者……)  遠くからでも理解わかる。  河合子之吉あの人間は試合開始直後からずっと私を見ている、もう分かっていたのだ。  河合からネノという本来の姿を現した瞬間から確信した。 (ヤツが私に見え覚えがあるからだ!)  一方のネノは……。 (あのアルセイス……やっぱりあの時の……)  彼女はセンターの守備位置につきながら思い出していた。  過去の贖罪――その罪とは魔物の命を多く殺めたことだ。  何故ならば……。 (俺がレア職業クラス忍者に転職するために殺った亜種型のアルセイスだ)  レア職業クラス忍者に転職する条件。  それは……ッ! ――盗賊シーフの状態で魔物1000匹倒すことが必須条件! (俺は強くなりたかった……それだけさ……)  瞑瞑ドームの人工芝を静かに踏みしめながら、ネノは過去のことを少し思い出していた。 ☆★☆  かつて、彼女は冒険者パーティの一員だった。  戦士、盗賊、魔獣使いのバランスは悪いが良いパーティであった。  だが冒険は死と隣り合わせだ。  それはある日、強力な魔物を倒したことから始まった。  パーティの総合力が悪く、魔獣使いが使役する仲間モンスターに頼ることが多かった。  そこでいつものように、倒した魔物を仲間に引き入れようとしたが……。 「大丈夫なのかい? ランプの魔人だろ、なかなか仲間に入りにくいって有名じゃないか。さっさとトドメを刺した方がいい」  倒した魔物は〝ランプの魔人〟強力な魔法が使える魔物である。  だが、一流の魔獣使いでも仲間に入れにくいと言われている。  邪悪な心を持ち、改心がしにくいのがその理由だ。 「ネノ、こいつの魔獣使いとしての熟練度は最高クラスだ。ランプの魔人を使役出来れば、これからの冒険はかなり楽になるぞ」 「それはそうだが……」 「いつものように〝あやつる〟だけさ。倒したコイツも仲間になりたそうな目をして……」 ――ストームサイクロン!  ランプの魔人は邪な笑みを浮かべ、風属性の最上級魔法ストームサイクロンを唱えた。  真空の刃によりパーティのリーダー格だった戦士を一瞬でバラバラにした。 「ぐわあ?!」 「こいつッ!」 「出でよデッドラビット!!」  魔獣使いはデッドラビットを召喚。  そして他にもオークやワーウルフ等、数体の魔物を召喚した。 「私が時間を稼いでいる間に逃げて!」 「で、でも……」 「私達はランプの魔人を弱らせるため、限界ギリギリまで戦い体力を消耗している。素早さがあるネノなら……」 ――フォフォフォ!  ランプの魔人は不気味に笑う。  この邪悪な魔物はワザとやられたように見せかけたのだ。  仲間になりたそうな仕草を見せ、相手を油断させて狩る。  それがこのランプの魔人の狡猾なやり口だった。 「ごめん!」  ネノは逃げた。  恐怖から逃げたのだ。仲間を置いて逃げ出したのだ。  後悔だけが残る。おそらく他の仲間は全滅しただろう。  そして、彼女は決めた。強くなり復讐すると―― 「これが忍者の力か」  ネノは盗賊シーフから忍者へと転職。  仲間を殺したと思わしきランプの魔人を見つけ倒すことが出来た。  しかし、そのために多くの魔物を殺めた。所謂ザコ狩りである。  スライムやコボルト、あるいはアルセイスといった低級種の魔物ならば、転職条件である1000匹倒すことも容易かった。  だが、無抵抗の魔物を殺したことにネノは罪悪感があった。 (強くはなった……以前よりも……皆の仇を取ることが……) ――グル"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!  ランプの魔人を倒したと思ったその時。  次の魔物が現れた。蒼い鱗に包まれた上級種の魔物ブルードラゴンだ。 「次の敵を倒せば、また新しい敵か……」  ネノはブルードラゴンと戦闘。  結果的に相打ちに倒れ、この世を去った。  そして……。 「ニンニン!ネノちゃん!! こんにちは!!」 「だ、誰だアンタは?」 「私の名前はオディリス。単刀直入に言おう! 君の瞬足は実に素晴らしい。その足を活かして野球をするべきだ! 目・指・せ・盗・塁・王!」 「ヤ、ヤキュウ!?」  忍者ネノ。  彼女も異世界転生者として野球をすることになった。

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