勇球必打!
ep67:もう一人の勇者

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 デホが発動させた特技【踏鳴】により、体勢が崩れ手投げ気味のフォームになりかける。  あの試練を思い出せ――僕は心の中でそう叫び、いよいよあのスキルを発動させる。 ――スキル【精密樹械】発動!  足は根っこ! 体は大樹の幹!  大地に根がしっかりと生えている世界樹は巨人が引き抜こうとしても――  大地震が起きようとしてもビクともしないのだッ!! ――ブン!  オーバーハンドから投げたのは内角への直球。  球持ちよく、しっかりと指先でリリース出来た良い感触だ。  速球はうねりドカが構えるミットへ吸い込まれるように伸びていく。 「レアスキルが何物ぞ!」  ――と言ったかは定かではないが強引にスイングするデホ。  武闘家の特技と野球の打撃術を組み合わせた技を披露する。 ――特技【タイガーフィンガー】!  デホは指先から闘気を出している。特技【タイガーフィンガー】だ。  溢れ出る闘気の掌技は合金オリハルコンをも握る潰すほどだ。 ――ゴッ!  あの豪握力でインパクトするならば―― ――メグァンッ!!  速い打球の快打を生み出すことが可能だ。 「虎指式パンガイヌーン打法ッ!!」  その言葉と共に、デホから『クゥホォ』と独特の息吹が聞こえた。  レベルスイングで捉えた球はライナー性の打球だ。  それもかなり速い打球、当たればガラス細工のように砕け散ってしまうだろう。 『あーっと!? 打球がアラン選手の顔面付近に……ッ』  迫りくる白球。  投げた後なので体勢は崩れているが――問題ない! ――バシィッ! 「アウト!」  主審のコールが響く。  結果はピッチャーライナーでツーアウトだ。 「ぬ、ぬうぐぐぐッ!!」  デホは歯軋りして悔しがっている。  目を血走らせながら僕を睨みつけていたのだ。 「畜生めッ!!」  デホは恨めしく叫ぶとバットを地面に叩きつけていた。  何をそこまで僕を憎むんだろうか? 仲間だったデホの気持ちは―― ――ズキ……  それはそうと左手が痺れる……強く速い打球だった。  僕はフッと息を吐き心を落ち着かせる。 「さて、これでツーアウト」  試合はまだ始まったばかり、試合が進めばまたデホと対戦するだろう。  次は『ヒロ』という名前の上位種マミーマスターマミー。  どどめ色の包帯で体を包んでおり、各種魔法を得意とするアンデッドである。 「道具を粗末にするのは野球人にあるまじき行為だ」 「ああン? 俺に命令するのか」 「躾の話をしているだけだ。技量不足から来る八つ当たりをバットにするなと言っている」 「ぎ、技量不足だと……この俺がァ?!」 「そうだ」 「貴様――ッ!!」  デホとヒロというマスターマミーが言い争いをしている。  どうやら、デホの道具の扱い方に苦言を呈しているようだ。 『おおっと! BGBGsの内紛勃発か!? デホ選手とヒロという包帯男が言い争いをしているぞ!』 『プロレスより野球をして欲しいもんだぜ』  しかし、不思議な事がある。  チームメイトが言い争っているというのに、監督の鐘刃は止めようともしないのだ。 「マ、マズイ」  見かねたホブゴブリンの田中、鐘刃の元へ小走りし耳元で何やら囁いている。 「か、鐘刃様……」 「放っておけ」 「よろしいのですか?」 「仲違いも悪くはあるまい。ベタベタと友情だの信頼だの不純物は闘いに一切必要ない」 「し、しかし……」 「人間と暮らすうちに感化されたか田中よ。馴れ合いではない、本音と本音のぶつかり合いから生まれるエネルギー……それは相手を切り裂く魔剣となりえるのだ」  一方ヒロは、滾るデホを無視して打席に歩み出した。 「あっ……おい!」 「戦闘をしたいのなら試合終了後だ」 「覚えていろよ……クラブハウスでブチのめしてやる」 「それは楽しみだ」  ヒロはそのまま打席に立つ。左バッターだ。  少し猫背気味のフォーム、バットは垂直に立ててグリップの位置はヘソ前。  スタンスは広すぎる狭すぎず丁度良い広さだ。 (出来る)  それが率直な僕の感想だ。  ドカがチラリとヒロを見て外角低めにミットを構えた。  投球モーションに入り一球を投じる。 ――ブン! 「ストライク!」  ヒロはスイングして空振り。これでワンストライクだ。  それにしてもあの打法……。 「なんじゃありゃヒッチ打法じゃねェか」 「呼び動作が大きすぎる」  内野を守る森中さんと鳥羽さんが、無駄が多いヒロの動作に敵ながら注文をつけた。  ヒッチとはバッティングの技術において、スイング前にグリップの位置を上下に動かす予備動作のことだ。  この技術の利点は二つある。  1.タイミングを取りやすくなる。2.大きなパワーを生み出すことが出来る。  ちなみに、これと対極にあるのが金光さんの『脇締め理論』。  金光さん曰くヒッチはご法度。  脇を締め最短最速で上から叩き、ボールにスピンをかけて球を飛ばすというものだった。  さて、このヒッチ打法。  長距離打者は自然とこの技術を使っていると言われるが―― ――ブン! 「ストライク!」  ヒロのヒッチ打法は呼び動作が大きすぎて、タイミングが合わないでいる。  マリアムに見せられた、モノクロ動画の選手がするような古めかしい打ち方に似ていた。  とはいえ、油断して簡単にストライクを取りに行っては痛打される危険性もある。 「ボール!」  一球外す。ヒロは構えたままこちらを見ている。  追い込んではいるが、何だか得体の知れないものをヒロから感じる。 (何だろうか……僕が追いつめているはずなのに) ――ススッ……  ドカがチェンジアップのサインを送る。ここでチェンジアップか。  久しぶりに投げるが―― ――シュッ!  低めのボールゾーンに投げるのならば問題はないはず……だった。 「緩い球……感触をつかむには丁度良い!」 「……ッ!?」 ――カツーン!  乾いた音がした。ボールを掬い上げられた。 『だ、大飛球がセンターに飛ぶゥ!!』  タイミングを合わせられた。  グングンとボールが飛んでいく。 「しまった!」  僕は心底そう思った。  心のどこかで油断をしていたか? ボールゾーンに投げるのならば問題はないと。  それにあの悪球打ちと掬い上げるようなフォロースルーは……。 (僕と似ている!)  ヒロはゆっくりとベースを周る。  だが、何故か途中で足を止めた。 「アウトか……」 「ア、アウト?」 「メガデインズの勇者よ。あそこを見ろ」  ヒロがセンターを指差す。  よく見るとネノさんがセンターフェンス前で止まり……。 「アウト! チェンジ!」  ボールをキャッチしていた。 『あわやホームランと思われましたが失速! これで両チームともに0点で1回を終了しました!』 『低めに投げたのが幸いしたな』  肝を冷やした。  僕は胸をなでおろし、一塁側ベンチへと戻る。  そうすると赤田さんがカタカタと体を震わせていた。 「どうしたんですか?」 「あ、あの打法――メガデインズの伝説的強打者……『空下浩』によく似ている」  ソラシタヒロシ?  一体誰なんだろうか、言葉から察するにチームのOB選手のようだが。  僕がふと西木さんを見るとグッと手を握りしめていた。 「以前、青嶺旋風のような伝説選手が怪物となって復活したことがあったが……」  西木さんはそう述べると帽子を深く被り直した。  動揺する気持ちを切り替えるためだろうか。 「もう一人の勇者も復活したというのか」

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