勇球必打!
ep117:敗北勇者への願い

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 神保錬。  貴重な左腕であるが結果は出ておらず、年齢も三十路過ぎ。  整理対象になってもおかしくない選手だ。 「神保選手ですか」 「だ、誰だ!」 「申し訳ないのだが、シーズン中だけ肉体を貸して欲しい」 「は、はぁ!? あんた何を――」  私は神保の肉体に憑依。  あまりチートプレイをするとバレるので、力は抑えつつチームに潜入した。  店を留守にしている間は、異世界より蘇生転移させたアルセイスに任せた。  名前はマリアム。妖精の羽は私が引っこ抜けば人間の女の子と変わらない。 「この羽はいらんな」  ブチッ! 「あいたっ!? おっさん何すんねん!」 「お前はマリアム! クエスト通商の看板娘だ!」 「い、いきなりなんやねん! うちは死んだんやないんか!?」  スキル【言語学】を与え、人の言葉を覚えさせたのはよかった。  何故か関西弁なる言葉だったのは謎だが――まあどうでもいい。  私は神保錬という男に憑依し、数年間チームに何が足りないか観察することにした。 「まず守備力だな」  投手陣は麦田や高橋がいてそれなりに粒ぞろい。  打線もそこそこよい。だが守備陣がザルだった。  投手が好投しても、打撃陣が打っても、守れなければ意味がない。 「確か以前に女忍者を転生させたな……名前はネノ」  私は女子野球にも興味を持っており、女性選手がどこまで大学リーグでやれるかの実験を試みたことがある。  残念ながらクエストは失敗に終わってしまったが、彼女のしなやかな体が繰り出されるグラブ捌きは見事だ。  それに足もあるし、打撃もシュアなバッティングを見せている。  彼女の能力で男性として入団させて補強するしかない。 「しかし、今一番チームに足りないものがある」  この灰色に染まったチームには支柱が必要だ。  支柱――そう皆を引っ張り、勇気を与える『勇者』が必要であると考えた。 「なるほど……彼もまた勇者アラン」  いい具合に敗北ゲームオーバーした勇者を見つけた。  名前はアラン。グッドルートを歩んだアランとは違う、もう一人の勇者アランだ。  彼の場合、仲間の信頼度は低い――非常に下手な進行で冒険を進んで来たのだろう。  だが、ここまでの冒険を見てると悪いことはしていない。進み方や育て方を間違っただけだ。 「難はあるが――再チャレンジContinue!」  そういうキャラを育て直す醍醐味がある。  何事も順調な道を歩んできた者より、凸凹とした道を歩んできた者の方が深みがある。  今のメガデインズには、苦労人勇者の引っ張りが必要なのだ。 ☆★☆ 「君がメガデインズの勇者となるのだ」  神保さんの声――違うあれはオディリスだ! 「力を全て出し尽くしたのではないのか? 『悪戯の神』よ」  片倉さんが言った。  この勝負は決着が既についていた。 ――パシッ!  乾いた音が鳴った。 「アウトッ!」  結果はピッチャーフライ。  勝ったのは闇――つまりは黒野だ。 「絶望だな。これでお前達の敗北は近くなった」  いや……あれは黒野ではない!  声が違う――あの声は別の誰かだッ! 「悪戯の神よ。7回裏に力を全て使い果たしたと思ったぞ」 「ラウスとの会話を聞いていたのかい?」 「当たり前だ。それが私を騙すためのウソだとすぐ分かったがな」 「君がその若者の体に憑依していることには気づいていた」 「それは私もだよ。投げる際に指先から神気が僅かながら漏れていたからな」 「早く返すんだ……その若者の体を!」 「断る! こいつの体はなかなかよい。鐘刃と違い〝真の闇〟がある」 「ふ、ふざけ……ぐゥッ!」  神保さんが打席でうずくまった。 「お、おい! 大丈夫かよ!」  森中さんが駆け寄った。  神保さんは地面を叩きつけている。 「私の一打で流れを変えたかった! それ以上に……ヤツの闇の投球が……何てことだ! クソッ!!」 「よ、よくわからねェけどよ……どうしたんだよ……」 「この男の体では全力を出せない……いや恐るべきは黒野という人間だ。あいつが憑依することで〝闇の力〟を最大級に引き出している……人間でありながら邪神になりえる逸材……」 「闇の力? 邪神? 神保さん、あんたさっきから……」 「ふふっ……森中君、ただの独り言さ」  一方のBGBGsナイン。  魔物達やデホ、ブルクレスは黒野から離れている。  まるで大魔王に恐怖するような空気だ。 「改革だ」  ベンチにどっかりと座ると黒野は言った。  ホブゴブリンの田中は動揺した様子だ。 「く、黒野様?」 「どうした」 「何だか、雰囲気が変わったような気がするのですが……」 「クククッ! やっと体が馴染んできただけさ! あの神保という男のお陰かもなァ!」 「えっ?」 「怒りや憎しみ――自分と同じ境遇、目指すべき目標とする人物がインチキをしていた。それを知った彼は暗黒の炎を燃やし、邪神の使いとしての素養を覚醒させたのだよ」 「あ、あのう……」 ――パンッ!  黒野は大きく手を叩くと叫んだ。 「ダーククリーン野球で完全勝利を目指すぞ!」 ――パンッ!  再び黒野は大きく手を叩くと叫んだ。 「その後は改革だ! 全ての球技を改革する!」  しんと静まった。  それはこの突拍子もない言葉によるものではない。  黒野の様子が8回表の途中――神保さんとの一戦で様変わりした。  体から青と紫の禍々しいオーラに溢れていたからだ。 「ど、どういうことだ!?」  僕を含めたメガデインズメンバーは驚愕するばかり。  そして、全員にある二文字が脳裏に浮かんだであろう。 ――敗北!  そう敗北だ。  ベンチが一気に暗くなった。灰色の空気が流れた。  このまま僕達は負けるんじゃないか――そう思った時だ。 「試合は終わっちゃいない」 「神保さん!」  僕の前には神保さんが立っていた。 「アラン、君は二度も敗北するのかい?」 「えっ……」 「敗北したからこそ、勝ちに飢えているハズだろ?」 「でも……」 「敗北勇者だからこそ勝者になるべきだ。一度負けを知ったものは誰よりも強く優しくなれる」  見えた。  神保さんから、一瞬であるがオディリスが見えたのだ。 「オディリス……」 「灰色のチームに勇気を与えよ! 勇者アラン!」  そこには神々しいまでの光が見えた。 「僕は……」 「アラン、クエストのクリア条件がかなり変わってしまったね」  神保さん――オディリスは僕の手に白球を握らせた。  その球は真珠のように輝いていた。 「この最終決戦ラストバトルシリーズ! 絶対に勝とう!」  僕の心の闇は晴れた。 「はい!」

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