勇球必打!
ep90:パームボールをもう一球
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 茂武湊。府立大修高校出身。  野球部は甲子園など程遠い弱小高校。  万年1,2回戦で敗退する野球部。湊はそこの投手兼外野手を務めていた。  幼い頃から野球が好きな湊、小学校、中学校と控え投手であったがここではエースで4番。  だが、何のことはない。部員が少なく、湊以外にまともな投手がいないからだ。  そんな弱小高校のエースが、ある日突然奇跡を起こした。  これはドラフト前の夏野地区予選の出来事である。 『何ということでしょう! ここまで9回! 0-1で大修高校がリード!』  1回戦の相手は名門・杏蔭あんいん高校。  誰しも勝てるはずがない負けると思っていたが―― 「アウト!」 「なんて重い球質してやがるんだ」 「キャプテン……」 「130キロ台の球を何故打てないんだ」  杏蔭高校の野球エリート達が弱小高校のエースの球を打ちあぐねていた。  更には、8回表に湊にホームランを打たれ1点取っていた。  杏蔭高校は下位打線。  後一人、アウトに取ればゲームセットであるが、 「フォアボール!」 「しまった……」  四球出してしまいランナーは一塁。  続くは9番バッターである。 「ストライクツー!」  ストレートとカーブが決まり追い込んだ。 「茂武ちゃん! リラックス、リラックス!」 「後一人で勝てるぞ!」  仲間の励ましが聞こえた。  次は遊び球なし――  キャッチャーはスライダーのサインを出す、が湊は首を振った。 (スライダーはダメだ。初回に何度か痛打された)  続いてキャッチャーはある変化球のサインを出した。  これまでの試合で全く出さなかった球種のサイン。  それを見た湊はコクリと頷いた。  その球種とはパームボール。  高校のOB――つまり監督が遊び半分で教えてくれた変化球だ。  パームは湊が持つカーブやスライダーよりも変化したが、決め球にするには実戦経験が少ない。  抜けてしまえば痛打される可能性があった。 (今はこれを選択するしかない!) ――フッ!  投げた。  ゆっくりと大きく落ちていく、ストライクからボールゾーン。  このパーム変化球を振ってくれれば三振、ゲームセットだ。 ――カツーン!  金属バットが硬球を打つ音が鳴り響いた。 「……」  湊はマウンドでしゃがみ込んでいた。  抜けたパームを打たれ、サヨナラホームラン。  仲間達は全員立ち尽くすのみ。これまでにない敗北感があった。  放心状態の湊、誰かがマウンドに近寄る音がした。 「ようやった」 「か、監督?」  顔を上げるとそこには監督がいた。  帽子を深く被り表情は見せないが泣いているのは分かる。 「ナイスピッチングや!」 「ううっ……」  それに合わせナインも近寄り労いの言葉をかけた。 「湊! お疲れさん!」 「俺達はあの杏蔭に善戦出来たんだぜ!」 「帰って残念会を開かないとな」 「みんな……ありがとう……」  監督や仲間は湊を責めなかった。  あるのは爽やかな敗北感と満足感だった。 ☆★☆ 「ぼ、僕がドラフト指名?」 「せや。育成やが、プロ野球選手の誕生は我が野球部始まって以来の快挙やで!」 「僕がプロ野球選手……」  その秋、湊はドラフト指名された。  育成ドラフト3位指名、チームは浪速メガデインズ。  ここ数年は低迷しているが、大昔は日本一になるなど強豪で知られていた。  湊は素直に嬉しかった。野球人ならプロ野球は夢の舞台だ。  だが、それと同時に不安もある。この厳しい世界で本当にやっていけるのか。  不安な気持ちが起こるが、今は悩んでいてもしょうがない。  そして、その夜から湊は不思議な夢を見るようになった。 「聖闘気セイクリッドドライヴ発動! 弱悪なる者よ滅せよ!!」  RPGのような世界だった。  自分は勇者と呼ばれる金髪の美青年。  傍には白いローブの魔術師と剣を持った戦士がいた。 (またこの夢か)  その夢は毎回同じだった。  魔王イブリトスという名前の魔王を倒し世界に平和をもたらす――というありがちなもの。  この不思議な夢は、プロに入ってからも月に数回起こった。 「そういえば――」  二軍での練習後、テレビに映るアランを見て湊は思い出した。  そういえば、同期のアランは夢で見る青年に似ていると。  その時、彼の脳裏にある出来事がフラッシュバックした。 「ん……!?」  そこは白い空間で光しか見えない。  ぼやけているが人がいて何やら言っている。 『勇者アラン、君は寿命を迎え死んだ。このまま神界のルールに乗っ取り天国へと送り届ける――といいたいところだが、協力してもらいたいことがある』 『協力?』 『ちょいと、私の実験に付き合って欲しいんだ』 『実験?』 『英雄クラスの人物をテンプレ的な転生で、別世界に送るとどうなるか? という実験さ。それに生まれ変わった先でキチンと野球をやるのかも確認したい』 『ま、待て! そんな簡単に……』 『えーっと……日本の茂武家っと……両親共に野球好きで、ごく普通の家庭ね。うん! これなら子供に野球をやらせるだろう!』 『ヤ、ヤキュウって?』 『答えは聞いてない!』 ――トン  湊の肩を誰かが叩いた。  振り向くと二軍の投手コーチがいた。 「湊、明日から一軍だ。それに先発だとよ!」 ☆★☆  湊は異世界と関わり、スペンシーとの修行を通じてようやく理解した!  断片的な記憶しかなかったが、ようやく全てを思い出したのだ!  自分は勇者アランの生まれ変わりだと!  それにシンクロしたのか! バッテリーを組むドカは思い出した! (お、思い出した! ワイは――戦士ボンハッドや!)  ドカは仲間であった戦士ボンハッドの生まれ変わり!  そして、スペンシーは頼れる大僧正アークビショップ聖闘気セイクリッドドライヴの概念と技を教えてくれたディード!  別次元の勇者パーティの絆は一つになった! ――聖闘気セイクリッドドライヴ発動!  変化球を投げる瞬間、高校時代の仲間や監督を思い出す! 「パームボールをもう一球!」  スペンシーとの修行を通じて得た、いや思い出した聖闘気セイクリッドドライヴ!  てのひらに闘気と聖属性の力を込めて投げる!  このヴァンパイアを聖なる力で滅するためだ! ――ガギィ!  鈍い音がするものの……。 「バシィ!」 「アウト!」  ファールチップ!  強烈な打球! 威力ある打球!  戦士ボンハッドの生まれ変わりであるドカは!  キッチリとボールを離さないでいた!  それが正義の心を持つ前衛である戦士の矜持!  いや! プロ野球のキャッチャーとしての矜持なのだ! 「こ、このアルストファーがアウト……アウトだと――ッ!?」 ――ビシ……  バットが割れる。 ――ビシビシ……  バットの亀裂が……。 「GYAAAAAAッ?!」  アルストファーの腕から体……。 ――ビシビシ……!  顔から手足、隅々まで亀裂が入っていく。  そう聖属性を弱点とするヴァンパイアに聖闘気セイクリッドドライヴは天敵!  聖闘気セイクリッドドライヴを込めたパームボールを打ったため、その聖なる力がバットを通し、アルストファーの邪悪なる体を滅したのだ! 「こ、このアルストファーが……高貴なるヴァンパイアである私が――私がッ!?」  哀れ、アルストファーは断末魔を叫び灰と化した。
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