勇球必打!
ep134:忘れられた仲間

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 盛り上がる瞑瞑ドーム。  場面は9回の裏、ツーアウト二塁。  一打同点、ホームランが出れば逆転である。  ピッチャーは勇者アラン。  そして、打者はデスモンクのガルアン。 「ノア、応援するばい!」  BGBGs専属の応援団、魔龍狂騒會まりゅうきょうそうかい団長のヨハネ。  打席に立つガルアンを見て、悪の希望を胸に抱いていた。 「お、叔父様、あの男は?」  ガルアンを初めて見るノア。  レスナーの返り血を浴びたままのガルアンに恐怖していた。  打席で立つその構えは、実にオーソドックス。  癖のない構えは脱力も程よく出来ており、強打者の風格がある。 「代打の切り札! ガルアン!」 「ガ、ガルアン……人間のようですけど……」 「そう人間ばい! あの鐘刃様が連れてきた人間と!」 「か、鐘刃様が……」  そう、打席に立つガルアンは鐘刃が連れてきた人間。  彼もブルクレスやデホのように一度死んだ人間。  蘇生復活し、デスモンクという悪の職業クラスに目覚めた男。 「いくぜ……アラン!」  ガルアンはバットの先をアランに向ける。  並々ならぬ殺気を放っていた。 (このガルアンという男、一体何者なんだ)  対するアランは、この男の存在に首を傾げていた。  魔王イブリトスに挑んだ際のパーティは、勇者アラン、戦士ブルクレス、武闘家デホ、賢者オニキアの計4名。  ガルアンという仲間などいた覚えはない。  それもそのはず……。 「何故だろう。僕はあのガルアンという男を見たことがある」  センターを守る、勇者が転生した存在である湊。  彼は勇者アランの生まれ変わりである。  もう一人の勇者アランである。  その湊は、このガルアンという男の顔に見覚えがあった。 「思い出せない……」  しかし、思い出せなかった。  若く猛々しいパラレルワールドの魔王イブリトスを打破した彼。  その際のパーティは、勇者アラン、戦士ボンハッド、大僧正アークビショップディードの計3名。  この縛りプレイにも近いパーティではあるが、 「僕は大事なことを忘れている気がする」  実はもう一人、仲間がいたのだ。 ☆★☆ ≪イブリトス城≫  イブリトス城の奥深く。  魔王イブリトスとの最終決戦ラストバトルは近い。  勇者アラン一行は難敵と戦闘をしていた。 「パハアアアッ!」  その名はベノムジャイアント。  毒々しい紫色の肌を持つ巨人の魔物。  皮膚や筋肉、骨、更には体液や臓器の全てが毒物で構成されている。  口からはベノムブレスという、毒の息を吐き、獲物を殺す。 「うぐわあああッ!」  このベノムブレスに、灰色の拳法着を着る若き武闘家がやられた。  名はガルアン、勇者アランの仲間である。  正面からベノムジャイアントと戦闘し、ベノムブレスの直撃を受けたのだ。 「ガ、ガルアン!」  ガルアンを救おうとするアラン。  だが、ボンハッドとディードは止めていた。 「アラン、近づいてはいけない!」 「ボンハッドの言う通りだ。正面から突っ込んでは、あのブレスにやられるだけだ」  全てはアランの作戦ミス。  ガルアンの素早さを買い、ベノムジャイアントの攻撃をかわせるだろうと前衛に置いたのが失敗だった。 「ぐゥ……うぐわっ!」  ガルアンはもがき苦しむ。  ベノムブレスの毒の痛みが全身を駆け巡る。  それは熱した針を全身に刺す痛みのようだった。 「ア、アラン……」  そして、勇者の名前を最後に事切れた。  死んでしまったのだ。 「そんな……」  放心するアラン。  自らの采配ミスで仲間を殺してしまったのだ。  冷静なディードは、ボンハッドに指示する。 「ボンハッド、そのブリザードソードで吹雪を出せ」 「わ、わかった!」  ボンハッドは、ブリザードソードと呼ばれる剣をかざす。  この剣は、かざすと水属性の魔法呪文が発動する特殊効果がある。 「くらえっ!」  ボンハッドのかざした。  ブリザードソードから吹雪が放出される。 「グルア!」  ベノムジャイアントの紫色の肌に霜が振りつく。  凍てつく吹雪が動きを止める。  その隙をディードは見逃さなかった。 「――神聖なる稲妻の光、敵を焼き尽くせ!」  手に白い電撃の塊を溜め、 「ディバインボルト!」  解き放った。  ディバインボルト、聖属性の魔法攻撃である。 「ギャアアアアアッ!」  哀れ、ベノムジャイアントは白い光に包まれ消し飛んだ。  勇者アラン達は戦闘終了。  だが、失ったものは大きかった。 「ガ、ガルアン……僕のせいで……」  アランはガルアンの遺体を見て泣いた。  まさか、こんなところで仲間を失うとは思わなかった。  それもこれも、全ては自分のミス。  勇者は己を責め、悔やんでいた。 「泣いている余裕はないぞ」 「ディード……」  気丈にもディードは言った。  このラストダンジョンであろうイブリトス城。  今更、後に引き返せないのだ。 「アラン、我々は進まねばならぬ」 「ガルアンを置いていけないよ。戻ろう、彼の墓を作ってやらなきゃ」 「お前は勇者だろう! ここで止まってどうする!」 「で、でも……」  ディードの一喝。  彼らは魔王イブリトスを倒さねばならない。  命を失う長い旅。  最初に出会った酒場で、アラン達は各々に覚悟していたはずだ。  仲間が死んでも冒険を止めないと。  ボンハッドは言う。 「俺達は魔王イブリトスを倒し、世界に平和をもたらせると心に誓っただろ」 「ボンハッド……」 「俺達は歩みを止めてはいけない。死んだガルアンもそう望んでいるはずだ」  アランは再びガルアンの遺体を見る。 「そうだったね。僕達はここで止まってはいけない」  勇者は涙を拭い、再び歩む。 「行こう。魔王イブリトスを倒しに――」  勇者アランの一行。  これは無論パラレルな世界、別ルートのお話。  彼らは仲間の死を乗り越え、魔王イブリトスを撃破。  たった3人だけで最終決戦ラストバトルを制し、世界に平和をもたらしたのだ。  そして、エンディングへ……。 ☆★☆  だが、 「お前を打ち……」  エンディングを経験出来なかったものは悔いが残る。  幸せと希望が満ち溢れていた世界、それを経験出来なかった。 「俺という存在が勝つ!」  死の覚悟は出来ていた、それはそうである。  しかし、しかしだ。 「俺という存在を忘れた世界に復讐する!」  ガルアンという武闘家は忘れられていた。  一体誰に?  それは人々、プレイヤーだ。  あくまで、彼はユニットという存在としか見られていない。  魔王イブリトスを倒してしまえば、もうその存在は忘れられる。  死亡し、エンディングにも登場しなかったから余計だ。  もうお気づきだろうか。  この物語は――。

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