勇球必打!
ep17:支配下登録

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 ――京鉄一筋20年。  ワシの名前は鈴草魂魄。300勝投手じゃ。   最多勝3回! 最多奪三振8回! オールスター出場15回!  プロの世界で酸いも甘いも経験してきた。  この鈴草魂魄の名前を知らんものは球界にいないほど。  じゃが、このアランとかいう新人はワシを知らんらしい。    許せんことじゃ……この鈴草魂魄を侮辱しとる。  プロの洗練と言わんまでも、ちょいと手首付近へ投げてやった。  当たってケガをしたらどうするって? そんなもんは知らん。  若いうちに天狗の鼻は折っとかんとな。優しくしたら舐められる。 「投げたらアカン!」  そう投げたらアカン。  若者に失敗は付き物、これに懲りて……。 ――ゴン!  ワシは渾身のストレートを打たれた。  あの内角の球を打つのは至難の業……。  チュン、チュン。 「小鳥ちゃんの鳴き声が聞こえる」 「鈴草さん、やっと目が覚めたんですね!」  ワシが目を覚めると元山だ。正直言って美女の方がよかった。  そんなことはどうでもええとして……。 「ここはどこや」 「医務室です。ホームランを打たれた後に気を失っていたんですよ」  ワシはどうもマウンドで失神していたらしい。  二十歳もいかん若造に、内角の球を打たれたショックのせいだろう。 ――キィ……  そうすると医務室の扉が開いた。  入って来たのは、ユニフォーム姿の女じゃ。 「失礼します。オニキア・ワイスです」 「何しに来た!」 「元山さん、あなたは座って下さい。用があるのは、そちらの300勝投手さんです」 ――ツカツカ……  オニキア・ワイス。  京鉄――いや日本プロ野球では例がない女性選手じゃ。  最初は球団の軽チャー路線か? と思っていたがそうじゃない。  ブルペンで一緒に投げたから分かる、この女は本物じゃ。  それにしても、このワシに何の用事か。 「引退なさい」  衝撃の一言じゃ。  自他共にこの鈴草魂魄はワガママと言われておる。  小娘がそんなワシに引退勧告を……。 「キ、キサマ、鈴草さんに向かって――」 「鈴草さんも気付いているんでしょう」  オニキアは元山の言葉を遮って伝えた。  ワシの本当の姿を……。 「自分の力が落ちていることを」 ――!  図星じゃった。  ワシは年々力が落ちていることを実感している。  ここ数年は駆け引きや投球術で誤魔化し続けてきた。  だが、それも限界じゃ。あのアランって若造に打たれた。  これが全盛期だったら、空振りか打ち取っている自信がある。 「元山、その女の言う通りじゃ」  オニキア・ワイス、恐ろしい女じゃ。 ☆★☆  オープン戦は終わった。  結果は4-3でメガデインズの勝利。  僕は結果的にサインを見落としてしまい、次の回で交代させられてしまった。 「ライトはアランに変わって当金や」  懲罰交代というやつらしい。結果は良くても野球はチームプレイなのだ。  僕はそそくさと一軍の宿に帰っていった。  ロビーで待つマリアムに事の顛末を伝えると……。 「アホ! これでもう支配下登録はなくなってしまったやないか!」 「ゴ、ゴメン」 「ゴメンもメンコもあるかい!」  当然の如くカンカンに怒られた。  泣きっ面に蜂、その前は福井さんにも怒られている。  ガミガミとマリアムに怒られる中、後ろから誰かが来た。 「おいおい、何でお前がここにいるんだ」  河合さんだ。  おかしい、一軍と二軍は宿が違うはずだ。 「な、何であんたが」 「細かいことはいいの。何で二人してコソコソしてるの?」 「うるさいな、ほっとけや」 「ロミオとジュリエットごっこも大概にしとけよ」  河合さんは僕達を見てニヤニヤしている。 「河合さん、僕に用事ですか?」 ――クイクイ……  河合さんが親指で後ろの方角を指差している。  そこには入団テストの時に投げてくれたおじさんがいた。河合さんの父親だろう。 「オヤジがあんたに用事があるとよ」 「用事?」 「行けば分かる」  僕は指示通り、河合さんの父親の元へ行く。  ヨレヨレのスーツで、何だか頼りなさそうだけど目は鋭い。 「河合兎角とかくってもんだ。顔覚えてる?」 「え、ええ」 「モブ扱いでなくてホッとしたね。まっ……今日はあんたと話したい人がいるんでな」  話したい人って誰だろう、僕は不思議に思うも外には黒い車が用意されていた。 「乗んなよ」 「は、はい」  僕は兎角さんに促され車に乗り込んだ。 「ちょ、ちょっとアラン! どこに行くんや!」 「アランちゃんは大事な用事があるの。ところでアランとはどんな関係だ?」 「た、ただの知り合いや」 「ふーん……知り合いねえ」 ☆★☆  僕はトカクさんに、宮崎の高級レストランに連れてこられた。  テーブルには、これまでかという具合の豪勢な食事が並んでいる。 「よく来たね! ささっ冷えないうちに食べなよ」  会いたがっている人というのは、メガデインズのオーナーである天堂雄一さんのことだった。 「この間のオープン戦、初球を見事に打ったね!」  おかっぱ頭で白スーツ、胸にはバラのブローチをつけている。  かなりテンションが高い。 「君のホームランは鈴草に引導を渡したみたいだよ」 「引導?」 「ネットニュース見てないの? 速報で鈴草が引退を発表したよ、そこで君の名前が出ていた」  何ということだ。  僕のせいで鈴草という人は引退を決めたらしい。  プロの世界は生存競争だが、たった一回の失敗でもダメなのか。  ある意味、僕がいた世界とは違う厳しさがある。 「選手が行方不明になっちゃうし、紅藤田達のせいで週刊誌に色々書かれてイメージダウンしてたし、困ってたんだよ」 「は、はあ」 「そこで! 君を沖田元気くんと一緒にプロデュースすることにしたよん! 顔のいい二人を売り込めば、きっと我が球団のイメージも向上出来る! うんうん!」 ――パチン!  勢いよく天堂オーナーが指を鳴らすと、メイドが何やら運んできた。  それはメガデインズのユニフォームだ。 「君を支配下登録する」 「し、支配下登録?!」 「君の背番号は『6』開幕は4番にするように言ってるからね」  え、えええ?!  支配下登録に加えて、開幕も4番を打つことになった。  しかし、現場の話も通さずにいいのか……。 「楽しみだな! FAの選手やメジャーリーガーも億単位の金を支払って獲得したし、ドラフトでは沖田くんもゲット! これなら優勝間違いないでしょ! ホッホッホッ!!」  能力の高い選手を集め、天堂オーナーは鼻高々だ。  でも何だろう、どこかで見たような流れだ……。

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