「皆、耳を塞ぐんだッ!」 僕は目一杯、声を張り上げて叫んだ。 その声に反応し球場にいる全員は急いで耳を塞ぐ。 頭痛と吐き気は収まり、体の自由が効いた。 そう……僕達はこんな単純なことに気付かなかったのだ。 「この魔笛唯一の弱点を突くとは……」 スタンドではノアという女性が焦りの表情を見せる。 それを見たマリアムは自分達に呆れ半分という感じだ。 「うちら、ただのアホやん」 他のMegaGirlsメンバーは同僚の突然の行動に困惑。 マリアムを除く残りの3人はノアに問い質していた。 「望愛、一体これはどういうことなの」 「説明して!」 「何でこんな酷い事するの!?」 それに対しノアは答えた。 「兄の仇……」 仇? 誰の仇だろうか……。 「何にせよ、アンタは裏切者ってこっちゃな! 容赦せえへんで!」 「ふん……アルセイスの分際で――」 「ボケっとすんなや!」 ――パシッ! マリアムの先制攻撃、ノアが手に持つ笛は弾き飛ばされた。 「こ、こいつ……」 「一対一で来いや」 「面白い!」 マリアムとノアの攻防が始まった。 素手対素手の格闘戦、常人の目では捉えられないほどのスピードだ。 「こ、これは夢だ……僕は漫画やアニメを見過ぎたんだ」 天堂達は目を点にして戦闘を見守っていた。 しかし、ノアの言っていた〝兄の仇〟とはどういうことだろうか。 僕は未だに分からないままでいる。 「た、助けて――」 いや……今は考えている余裕はない。 目の前で襲われている鐘刃サタンスカルズの選手を救うのが先決だ。 「某も加勢いたそう、野球以外にも古流武術を嗜んでいる」 「頼む!」 小倉が仲間に加わり、僕達は不死の魔物達に立ち向かう。 それは国定さんとスペンシーさんも同じだ。 「Mr.クニサダ、我々も闘るか」 「そうだな。この国には『餅は餅屋』という言葉があるように」 「異世界の力で蘇ったゾンビやスケルトンは――」 「身に付けた魔力で倒してご覧に入れよう」 また、オニキア達も同様だ。 彼女の掛け声を合図に弁天と判官が立ち上がる。 「判官、弁天!」 「マロ達も助太刀致そう」 「委細承知ッ!」 かくして異世界から訪れた者、また異世界の力を手にした者達での大バトルが始まった。 特技、魔法等々……この世界の住人には驚くべき展開が繰り広げられていただろう。 西木さん達、メガデインズのメンバーは呆然とその光景を眺めていた。 「ど、どうなっとるんだこれは……」 ――キュキュッ…… バトルを繰り広げる中、何かの音がする。 紙に固形物を擦りつけるようなそんな音が―― 『いい加減、お前ら野球しろ』 ――ホッグスくんは 極大浄化呪文『エターナルレイ』をとなえた! 白い光が球場を包み込んだ。 『これは何だ……光に触れると安心感や幸福感に包まれるような』 『おかしいな、何だか野球を恨むのが虚しくなったぞ』 『次に生まれ変わったときも野球をしてェ』 僕の目の前にいるゾンビやスケルトンは次々と浄化されていく。 一瞬であるが生前の姿らしくものが見えた、全員安堵した穏やかな表情を見せている。 白い光に包まれた亡者の魂は天へと昇っていったのだ……。 「バ、バカな! 亡者どもが昇天していっただと!?」 マリアムと戦闘中のノアは、昇天していく魂を見て驚いているようだ。 「くっ……閻魔門を発動させるにはシーズンが早すぎたか。中途半端なゾンビとスケルトンのままでなければ……」 「閻魔門? 何やねんそれは」 「兄が開発した呪いの魔曲よ。この魔曲は死んだ者を生前と同じ状態で蘇らせ、秋頃メガデインズと――」 ――バカッ! 「ぎゃいん!」 ノアは頭にボールをぶつけれられ気を失った。 投げたのは河合さんだ。 「設定の説明はいいの」 ☆★☆ 「ううっ……」 ノアが目を醒ましたようだ。 よく見ると耳が尖り、手足に鱗がある。 こいつは僕の世界にいた『セイレーン』という妖魔だ。 「目を醒ましたようだな」 念のためノアの手足を縛り拘束。 その状況に気付いたノアは吐き捨てるように言った。 「殺せ」 ノアの言葉に湊や鳥羽さんはキョトンとした表情をしている。 「殺せって言われても」 「お前、ここは法治国家だぞ」 「それはこの世界のルールだろ? 私の住む世界ではそんな下らないルールなどない」 食い下がるノアに湊は頭をかきながら答えた。 「キレイな女性が殺せなんて言ったらダメですよ」 「えっ……」 少しノアの頬が赤く染まったような気がしたが気のせいだろう。 とりあえず、僕は気になることがあるので質問をした。 「君の仇って誰の事なんだい」 「白々しい。パウロって男の事をもう忘れたの?」 「パウロ……」 ブッフ親衛隊のパウロの事か。 あの妖魔はノアの兄だったのか、それならば僕はノアの仇ということになる。 「あんたの【破邪稲妻斬り】を込めたホームランボールが当たり兄は死んだ。兄はオネエ言葉で私の香水とか勝手に使ったり、少女漫画や悪役令嬢系の恋愛小説を好んで読んだりする変わり者だったけど、誰よりも優しかった……そんな優しい兄をあんたは殺したんだ」 僕は黙って下を向いた。 お互い真剣勝負の中とはいえ、ノアの家族を殺した……この厳然たる事実は変わりない。 マリアムは俯く僕に言った。 「アランは気にせんでもええ……大義と大義がぶつかった中での殺生事や」 そう述べると、マリアムはノアを見ながら続けた。 「仇だの何だの不純物を持ち込むのは感心せんな」 「あ、あんたに何が……」 「命を賭けた真剣勝負に個人の感情を後付けで持ち込むのは、あんたの兄の名誉を傷つけるって言ってるの!」 「……ッ!?」 マリアムの言葉を聞いたノア、まるで雷に打たれたように目を大きく開いていた。 それは一部の人間にしか理解出来ない価値観だろう。 真剣な命のやり取りの中で何かを得る……そういった経験はこの世界ではご法度なのだ。 ――キュキュッ…… 緊張感が漂う中、ホッグスくんが何やら書き始めた。 そういえば先程の呪文、確かにホッグスくんが発動させたような……。 『おいおい、転移転生者のバーゲンセールになっているぞ』 転移転生という言葉を知っているだと!? まさか正体は――― 「な、何だアレは!?」 西木さんが空を指差した。 上空に亜空間が出現し、渦上の穴が見えていたのだ。 「な、なんやアレ?」 「天堂オーナー……」 「これは幻覚だ、幻覚に違いない」 僕がホッグスくんを見ると……。 ――キュキュッ…… 『勇者アランよ、一時的ではあるが戻してあげよう』 ――ズォオオオオッ!! 暴風が吹く。僕達は亜空間の渦へと吸い込まれていった……。 ☆★☆ 廃墟と化した浪速ブレイブスタジアム……。 そこにいたはずの観客や選手達はもういない、一人取り残された例外を除いては―― 『奇怪な熱戦を繰り広げていた両チームの選手、関係者は突如として消えました!!』 実況を務めていた小前樹(32歳)がこの不可思議な現象を端的に説明する。 『そして誰もいなくなった!』
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