「ここで待つよう言われたでおじゃるが……」 「神保殿は何故ここで?」 「わからぬ……」 ここは光の球場。 四天王最後の一人、朱雀こと佐古が率いていたチームと対戦した場所である。 判官と弁天、更に小倉は神保よりここで待機するよう言われていた。 小倉は途中の球場で出会った異世界の住人に尋ねた。 その名はクリーム――玄武チームの総監督、レア職業『人形師』である。 「クリームと言ったな。ここも異世界なのか? まるでシンガポールのカジノのようだぞ」 「異世界は異世界さ。でも、この世界はあんた達が行った世界とは違う世界だよ。ここは、この世界にあるカジノの傍に建築された球場みたいだけど」 「ほう……よく知ってるな」 「鐘刃様が言ってたからね」 「あの男にそんな力があるとはな」 「正確には違うみたいだけど……」 「違う?」 「四天王が試合する球場はそれぞれ違う世界に作られたものなのさ」 「ではお主もか」 「うん、ボクだけじゃない。エルパソもカルバリンもそう――みんな、それぞれ違う異世界の住人なのさ」 「神がかり的な力の持ち主だな。鐘刃という男は……」 小倉はゴクリと唾を飲んだ。 自分達が――アラン達が試合う相手は、人智を越えた能力を持っていることに少なからず恐怖していた。 それは共にする判官と弁天も同様。しかし、彼らは恐怖を乗り越えようとする勇気を持っている。 心の内には『NPBを守る』という確固たる意志の炎を燃やしている。 そんな炎を燃やしながら、判官と弁天はクリームに言った。 「お主、何故我々と共にきたのでおじゃるか?」 「敵でありながら、メガデインズの試合を見たいと申された時は耳を疑い申した」 途中で出会った鐘刃四天王達、既にメガデインズに倒され体力が尽きていた。 そんな中でも、このクリームが小倉達の同行を申し出たのである。 「彼らのような人間の生末が気になるだけさ。どんな試合をするのかを――」 試合が終わればノーサイド。 鐘刃に闇の野球を学びながらも、スポーツマンシップというものを概念だけでも学んでいた。 その概念はクリームの中で新鮮であった。 人間でもなければエルフでもない、これまで差別を受けてきたハーフエルフのクリーム。 小倉達がいた世界にある国籍、性別、種族全てが公平に楽しめる野球――スポーツというものに憧憬の念を抱いていたのだ。 「それよりもまだ寝ているのか」 「左様でおじゃるな」 「解せんな」 光の球場は朱雀チームの本拠地である。 無論のことキャプテンである佐古がニンフの膝枕で安らかに眠っている。 「野球の裏切り者をアランは許したのか」 小倉は青バットを手に握り、佐古の元へと駆け寄る。 「な、何をするのですか!」 「ま、まさか……」 「待って下さい! この方は!」 ニンフ達が佐古を守ろうと必死だ。 だが、小倉は問答無用とばかりに上段にして構える。 「活を入れねば気がすまぬわッ!」 バットを振り下ろそうとした時だ。 「わわっ! 待った! 待ってくれ!」 佐古が目覚めた。 「さ、佐古様!」 「起きてらっしゃったのですね!」 驚くニンフ達。 その様子を見て、弁天が静かに笑った。 「ふふっ……やはり狸寝入りか。美しき女人の膝枕は涅槃の心地であったであろう」 「う、うぐっ……!」 そう佐古の意識は既に戻っていたが、ニンフの膝枕を楽しみたかったので寝たふりを続けていたのだ。 小倉は呆れた様子でバットを肩に担いだ。 「お主、引退したらタレントにでもなった方がよいな」 「か、かもな……」 佐古は気まずそうな顔をする。 鐘刃に恐怖したとはいえ、自分は野球――人々を楽しませるスポーツを裏切った立場である。 そして、肉体の衰えもある。野球を辞めなければならない状態は近い。 小倉の言う通り、引退した後はタレントに転身しようかと真剣に思うのであった。 「しかし……いつまで待機すればよいか」 小倉が目を閉じそう思っていると、 ――キュキュッ…… 固形物を紙に擦りつける音がした。 「誰でおじゃるか!」 「姿を見せられよ!」 何者かの気配を感じた判官と弁天、二人が構えるとそこには……。 「な、なんでおじゃると!?」 「ホグミ! 確かメガデインズのマスコットの!」 そこには, ピンクのモフモフが腕を組んで仁王立ちしていた。 ホグミ、ホッグスくんの妹的な存在のマスコットキャラクターである。 『ちょいと時間はかかったが、応援に行くぞ』 ホグミのカンペにはそう書かれていた。 カンペを再びめくると、またもやサインペンで文字を書き始めた。 「お、お主は一体どこから……」 小倉の問いに構わず、ホグミはカンペを突きつけた。 『護衛を頼む。試合場には魔物がウヨウヨいるだろうからな』 護衛――その文字に小倉達は異口同音に叫んだ。 「「「ご、護衛!?」」」 ホグミが頷くと、クイクイと後ろを指差した。 そこには―― 「小倉選手!全12球団の応援団の護衛を頼みます!」 「メガデインズを応援するために結集したんや!」 「俺達のプロ野球を――全ての野球を守るメガデインズを応援するけん!」 「今の私達は12球団の壁はないわ!」 太鼓やトランペットを持った全12球団の応援団、野球ファン、老若男女問わず大勢の人々が集まっていた。 「こ、これは一体どういうことなんだい?」 クリームの問いに判官は苦笑いし、弁天は手を合わせるばかりだ。 「ノホホホ! ファンの応援は力になるでおじゃるな!」 「ど、どうやって、ここに来たかは知らぬが南無阿弥陀仏」 すると、応援団の中から一人の女性が出て来た。 黒いフードウォーマーを被り、茶色のジャケットを着ていた。 女性はフードウォーマーを脱ぐと小倉に頭を下げた。 「小倉様、私達の護衛を頼みます」 「お主は?」 「黒野秀悟の母、静香でございます」 「黒野?」 「母として、悪に堕ちたあの子を止めねばなりませぬ!」 静香と名乗る女性は涙を流している。 小倉は、静香と集まった野球ファンを見て何かを察した。 詳しい事情を理解せずとも、心で理解出来たのだ。 「よく理解出来ぬが――」 小倉は青バットをクルクルと回転。 ピタリとバットの先端を天へと向けた。 「ご婦人! 野球ファンの者達よ! 我々に任せられよ!」 力強い言葉だ。判官も弁天も無言で頷いた。 ホグミはカンペにまた文字を書くと人々に掲示した。 『試合は終盤に盛り上がる! ゲームセットまで応援だ!』 ――応オオオオオオォォォォォ!! 応援団を『赤い意志』と『黄金の炎』が包み込んだ。 これより、全ての野球ファンが最終決戦へと参加するのだ。
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