――ビュンビュン! ビュンビュン! 『BGBGsの2番バッターはデホ! まるで燃えよドラゴンと言わんばかりだ!!』 以前と同じだ。 デホはバットをフレイルのように振り回しながら右打席に立つ。 「站ッ!!」 大きく左足で踏み込むとバットを構える。 以前対戦した時とは違い、短めに持っている。軽打あるいは単打狙いか。 先程の派手なバットパフォーマンスと違い、確実性を求めるかのようなスタイルだ。 「アラン、鐘刃様に教えて頂いた新フォームを拝ませてやるぜ!」 デホはそう述べるとバットを肩に担ぎ、少しオープンスタンス気味に構えた。 「あの構えは……」 そのフォームは変わっていた。 バットを斜めに寝かせ小刻みに揺らしてタイミングを取っている。 更にギリギリまでバッターボックスのラインに立ち、外角のボールに狙いを絞っているようだ。 非常にインコースが投げにくい構えをしている。 「あ、あれは〝松之内打法〟!」 声の主は三塁側の内野席で戦況を見つめるマリアムだ。 「マツノウチダホウ?」 「昔、大阪ライガースに所属してた松之内雅也選手の変則打法の名称や! ウチがテレビを何気なく見てた時にベテラン芸人が一発芸でやってたからよう覚えとる! ――ちなみにネタが古すぎてスベっとったけどな」 どうやらデホが取っているものは、昔の選手が使っていた構えの事らしい。 僕が改めてデホの変則打法を注視しているとドカが言った。 「アラン! 相手の形に惑わされたらあかんで!」 続いてサードを守る森中さんも声を出した。 「所詮、細かすぎて伝わらないモノマネだ! 大胆にしっかりと投げやがれ!」 二人が僕に気合を入れてくれる。そうだあの形に動揺してはいけない。 僕のピッチングをしっかりとやらなければならない。 一塁側ベンチでは鐘刃が不敵な笑みを浮かべ何かを言っている。 「室町時代の能役者である世阿弥が記した『風姿花伝』より……」 鐘刃の笑みが気にはなるが、僕の対戦相手はデホだ。 スキル【律動調息法】を発動させ、体の力を入れる部分と抜く部分を均等にしていく。 「〝真似ることが学ぶことに通じる〟とある」 ドカのサインは内角の直球だ。 「模倣も極めれば――」 投球モーションに入り体を鞭のように全身をしならせる。 「オリジナルを生むッ!!」 これから左足に体重をかけ指先にしっかりとスピンをかけよう。 そう思った時だ。 「アラン! 俺は主人公を越える!!」 デホは1、2の3でタイミングで踏み込んで来た。 ――特技【踏鳴】! ドンと強く踏み込まれた振動が僕に伝わる。 特技【震脚】の上位互換である【踏鳴】である。 確かに【踏鳴】は【震脚】よりも強力な補助技能であるが一つ欠点がある。 それは一度踏み込んだら、体の身動きがしにくくなるということだ。 従って内角の厳しいコースが来ても避けることが出来ず、そのままボールが直撃する危険がある。 デホは当たってもよい――そういう強い覚悟で打席に立っていたというのか。 「うっ……」 リリースする瞬間に指先よりも手首で投げそうになる。 手投げ気味のフォームは失投を生み痛打を浴びる確率が大きくなる。 そんな時にふとある言葉が頭をよぎった。 ――青年よ樹に学べ。 そうだ、樹に学ばないといけない。 僕は高橋さんとの特訓を思い出していた。 ☆★☆ 兎角さんの試練を終え、次なる試練が待ち構えていた。 僕の前には長身の左投手、高橋さんが立っている。 「よくぞ来た」 プロ野球選手らしくない細身の体ではあるが、プロ7年目の中堅投手。 ローテーションの一角を担っておりコントロールが武器だ。 僕の印象としては、寡黙で影の薄い人。 そう思っていたが、高橋さんは樹魔トレントの転生者だった。 「ワタシの試練……それは『山川草木』の力に打ち勝つこと!」 ――風水術 カヤノヒメ! 高橋さんがそう叫ぶと、地面から蔦が生えてきた。 蔦が僕の足元に絡みつく。僕はもがくがどうすることも出来なかった。 「自然の力を知り、そして超えるのだ」 高橋さんが使用した特技は風水術。 自然の力を用いて攻撃するレア職業風水師の技能だ。 そういえば何かの文献で呼んだことがある。 レア職業に転職出来るアイテムがいくつかあると。 その文献で紹介されていたのは3つのアイテムだ。 1つ目は魔法剣士にクラスチェンジ出来る『ルーンの書』。 2つ目はモンクにクラスチェンジ出来る『聖林のロザリオ』。 そして、3つ目に風水師にクラスチェンジ出来る『森羅のベル』である。 「風水術!?」 「2周目の引継ぎアイテムで、これを持っていたのでな」 高橋さんの右手には苔色のベルが握られていた。 そうか――あれが森羅のベル。僕も見るのが初めてだ。 あのアイテムは、植物系の魔物が持っているとのことであるが―― 「アランも知っているように、ワタシの転生前はトレント。今は人間になったので『森羅のベル』を使用し風水師としての力を得させてもらった」 そう述べると高橋さんは不敵に笑い始めた。 「フフッ……久方ぶりの異世界での戦闘。魔物だった頃の本能が呼び起こされる」 「魔物だった頃の本能? それはどういう意味――」 僕が戸惑っていると、高橋さんは無言で何かの固形物を投げた。 ガッチリ握るとそれは『ひのきの棒』という最弱の武器であった。 元々は畑を耕す農民や羊飼い、女性の護身具としての武器である。 「いくぞ……打ち返せ」 「た、高橋さん!?」 高橋さんの左手には石つぶてが握られている。 そして、たおやかな体から繰り出される投球モーションから、 ――ブン! 一気に投擲へと入った! ――スキル【投擲】発動。 高橋さんはスキル【投擲】発動。 僕の胸元目がけて、石つぶてを投げたのだ。 「くっ!」 僕は持っているひのきの棒で何とか打ち返す。 ――風水術 ミサクジ! すかさず高橋さんは、風水術によりボールぐらいの石を地面から発現させる。 そして、鉄仮面のような表情で言った。 「どこへ打ち返している。私に返さねば試練をクリア出来ぬぞ」 高橋さんは再び石つぶてを投擲、今度は山なりで頭よりも高い位置だ。 「これくらいなら……」 打てる。 そう安易に思って打ち返そうとひのきの棒を動かした時だ。 ――ククッ! 「えっ!?」 石つぶてに突然スピンがかかったのだ。 振り込んだひのきの棒は空をきり、石つぶてが僕の左大腿部に直撃した。 「ぐっ……」 衝撃が大腿部から脳に伝わり鈍痛が走る。 それほど速くないにしろ、固形物が当たるということは痛みを生む。 大ダメージでないにしろ、僕の集中を削ぐには十分なものであった。 「風水術シナツヒコ……風の力で空気抵抗を呼び起こし、カーブを発動させてもらった」 オニキアが使用した風の魔力を用いた魔球、それの風水術バージョンということか。 僕は気を持ち直し、ひのきの棒を構えて迎撃態勢を取る。 「流石は勇者……いやプロ野球選手だ」 ――風水術 ミサクジ! 高橋さんは風水術で再び石つぶてを発現。 打ちあぐねる僕に一言アドバイスした。 「青年よ樹に学べ」
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