勇球必打!
ep43:クサナギシュート

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 味方打線が攻撃中、僕はあることを教授してもらいたくオニキア達の元へと行っていた。  オニキアは判官への回復呪文による応急的な治療を終え全MPを消費。  仲間の弁天達と共にベンチの端で試合を見守っていた。 「オニキア……」  顔は憔悴しきっていた。  こちらが話しかけても無言、それに視線も合わせようともしてくれない。  僕は無理にでもオニキアの顔を突き合わせた。 「教えて欲しいことがあるんだ」  真剣な眼で僕が見ていることが分かると、虚ろな目で小さく答えた。 「鐘刃って男の話かしら」 「それは後だ。君がしていた指先に風の魔力マナを込めるコツ教えて欲しい」 「私が? 何であんたに」 「試合に勝つため」  僕はそう答えて、ボールをオニキアの手に握らせた。 「これであんたを殺すかもしれないわよ」 「そんな魔力マナはもう残っていないはずだ」 ――カツーン!  打球音が聞こえた。  オニキアはメガデインズ打線が奮闘する姿を見ながら笑って答えた。 「今は勝たなきゃ生き残れないものね」  オニキアの大きな瞳が僕を見据える。 「その前にあんた、ウィンドスラッシュは出来る?」 「一応は……」 「基本はあの呪文の応用」  そう述べるとオニキアはボールを空中に投じる。 「これが普通のボールなら……」  ボールをキャッチし、オニキアは再びボールを空中に投げた。 「これが風の魔力マナを使ったもの」  投げたボールは回転が効いていた。  これだ、このボールをオニキアは投げていた。 「コツはリリースの瞬間、一気に魔力マナを放出することよ」 「ありがとう」  その言葉を聞いたオニキアに一瞬ではあるが生気が戻ったような気がする。  ――ありがとう。  そういえば僕はオニキアに初めてそんな言葉を言ったのかもしれない。 「その言葉を私は……」 「えっ?」 「何でもないわ」  その光景を見ていた弁天は僕に言った。 「それよりもお主、変化球は投げられるのか?」 「い、いや……」  弁天の言葉に僕は口をつぐんだ。  投げられるのは直球、後はチェンジアップくらいだが――。 「俄仕込みで使えるか知らぬが、拙僧の六波羅蜜シュートを伝授しよう。何もないよりかはマシである」  あのキレのいいシュートボールか。  ストレートの軌道で突然内角に切り込むあのボールはまさに妖球。  その企業秘密である決め球を僕に教えてくれると言うのか。  そんな二人の姿を見ていた判官は項垂れながら笑っていた。 「ノホホホ……オニキア様も弁天も、敵に塩を送るか」  敗軍の将……判官の姿は夢破れ、絶望した者の哀れな姿だった。 「君達はもう敵じゃない。球友だ」  ひとりでに口にした〝球友〟という言葉。  その言葉を聞いた判官は何故か目を潤ませていた。 「このつまらぬ浮世で、久しぶりに聞いた言葉でおじゃる」  判官は腕を涙を拭うとこう言った。 「その新球、お主独自のボールへと昇華すればいい」  僕はドカを見た。 「……ドカ、頼むよ」 「理解わかってる。どんな球でも受けるのがキャッチャーや」  ありがたい。  これで思いっきり投げられる。  そう思っていると判官が言った。 「その新球、勇者に相応しい名前をつけなくては……」 ☆★☆ ――アランはクサナギシュートを覚えた!  その名もクサナギシュート。  判官曰く、この世界の聖剣から由来するらしい。 (ストレートではない!)  指先に風の魔力マナを込めて放出。  オニキアのアドバイス通り、忠実に投げることができた。 (この軌道は……シュート!?)  回転が効いたボールは、ストレートの軌道から深く内角に食い込ませることに成功。  弁天直伝のシュートボールを再現することができた。 (い、いかん。スイングが止まらん――)  シュランのバットに当たらなければ問題はない。 (お、折れッ!?) ☆★☆ 『バットをとっては日本一の強打者とッ!』  僕が投げたクサナギシュートは……。 『夢は大きな青年バッターがッ!』  シュランの赤バットの根元に当たり。 『その野望は折れたアアアァァァッ!』  真っ二つにした。 「む、無念!」  僕は何者かの声が聞こえた。その声はシュランのものではない。  何故だろうか、あの手に握るバットから聞こえたような気がした。 「あっ!?」  ドカが叫んだ。  シュランがそのまま打席で倒れたからだ。 「だ、大丈夫か?」  審判やドカが倒れたシュランに呼びかけるも返事はない。  奇怪だ……どうやら意識を失っている様子だ。  呼びかけ続けるも返事はなく、審判団が集まり始めた。 「ならばこの試合は……」 「うむ」  主審の万字さんはマイクを片手にして述べる。  壊れかけた球場のスピーカーからは思いもよらない答えが返ってきた。 「シュラン選手が再起不能。この試合は野球規則に乗っ取り〝没収試合フォーフィッテッドゲーム〟と見なし、浪速メガデインズの勝利と致します」 『な、なんと! 試合は没収! け、決着なのかァ!?』  この判定を聞いたデホを始めとする鐘刃サタンスカルズ。  ベンチから飛び出して来た。 「ど、どういうことだ!?」 「没収試合だと!」  判定に納得出来ない様子だ。  だが主審の万字さんはキッパリと言い放った。 「野球は9人でしか出来んだろう」 「あっ……」  全員が押し黙ってしまった。  球場を強襲したものの鐘刃サタンスカルズがギリギリの9人しかいない  以前マリアムにもらった野球規則にはこう書かれている。 【野球規則】 一方のチームが競技場に9人のプレーヤーを位置させることが出来なくなるか、またはこれを拒否した場合、その試合は没収試合フォーフィッテッドゲームとなって相手チームの勝ちとなる。 『思いもよらない決着! 試合の勝者は浪速メガデインズだ!!』 「勝ったッ! 勇球必打完!」 「メガデインズが勝ったのよ!」 「やったァ♡」  スタンドに残る天堂オーナー達は喜んでいる様子だ。  だが、マリアムは何だか納得できないみたいだ。 「何か後味が悪い勝利やな……」  さて、僕は折れた赤バットに近付いた。あの声は間違いなくこのバットから聞こえたものだ。 (やるな勇者様よ)  声が聞こえた。そうか、このバットの正体がシュランか。 (一応はお前の勝ちだ)  この世界において、何者かにリビングアーマーのような存在に転生させられたようだ。装備した者の魂を乗っ取り、憑依したのだろう。  悪人であるシュランではあるが、変わり果てた姿に少し哀れみを覚える。 「アラン、何を見とるんや。ワイらの勝ちやで」  ドカが笑顔でそう言った。 「そ、そうだね」 「それにしてもビックリな勝利やな」  そう述べるとドカは折れたバットを握った。 「この折れたバットは危ないから回収や」 ――ブン!  ドカが突然、拾い上げたバットを斜めに振り下ろした。  折れた切っ先は丁度刃物のようになっている。  僕の頬は斬りつけられ、ジワリと血が噴き出した。 「まだバトルは終わらねえぞ!」  そこに柔和なドカの顔はない。  眉間にシワを寄せ、悪鬼のような醜悪な顔が浮かびあ上がる。  その表情はシュランの生前と全く同じであった。

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