勇球必打!
ep109:ホグミ

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 瞑瞑ドームでのメガデインズ対BGBGsの試合が行われる中――  遊瞑島に近い海港に一人の女性が海を見ていた。その視線の先は遥か遠く―― 「あれが遊瞑島……」  服装は茶色のジャケットに黒いフードウォーマーを被っている。  見るからに怪しい――目元に少しのシワが刻まれていることから年齢は40台だろうか。  だがキリッとした目元は美しく、年齢よりは若く見えなくもない。 「さっきからずっと立ってんな」 「かれこれどれくらいだ?」 「ざっと1時間、いやもっとか」 「疲れないんだろうかね」 「知らね」  漁港で働く漁師達は不思議そうにこの女性を見ていた。 「野球のユニフォーム着た連中に船貸してやったけどよ」 「前金はいつ貰えるんだよ」  どうやら、一部のチームに船を貸したのはこの漁師達のようだ。  金銭を要求している。がめつい――いや、鐘刃からの危険があるかもしれないのだ。当然の報酬の要求であるとも言えるだろう。  ピンクのモフモフとした手が漁師達に札束を手渡す。 「うひょう! こ、こんなに貰えるのかよ!」 「ひゃ、百万くらいはあるんじゃね!?」 「いやいや! もっとあるんじゃねェか!?」  思った以上の報酬をもらったようで狂喜乱舞する漁師達。  それを見たピンクのモフモフは『ホグミ』。  メガデインズのホッグスくんの妹という設定のマスコットキャラクターである。  ホグミは漁師達の姿を見て、ノンバーバルに〝やれやれだぜ〟といったジェスチャーをする。  そして、漁港に一人佇む女性の肩を叩いた。 「……行くのですね」  その言葉にホグミはコクコクと頷く。  よくよく見ると女性の傍にはモーターボートがあったのであった。  二人が見つめる場所は遊瞑島である。 「秀悟……」  女性はポツリとそう呟いた。 ☆★☆ 「ハッハッハッハッハッハッハッハッ!」  嗤う――黒野が僕達を嗤っていた。 ――カ"ツ"ー"ン"! 『あ、悪夢……』  ヒットで出塁したヒロが、 『これは悪夢ですッ!』  ホームベースを踏む。 『ツ、ツーランホームランンンンンッッッ!』  黒野がダイアモンドを一周していた。 『この回ッ! とうとう逆転ッッ! BGBGsが逆転しましたッッッ!』 ――WAAAAAAAAAA!  魔物達の歓喜する咆哮が瞑瞑ドームを揺らす。  7回の裏、僕達にとってのアンラッキーセブンが始まってしまった。  スコアは――――8-9! BGBGsに逆転されてしまったのだッ! 「うっ……ううっ……」  投手の湊はマウンドでうずくまり、 「バカな……低めのボール球を掬い上げてホームランなどと……」  リードとした鳥羽さんは歯噛みし、 「ちっ!」  ネノさんは地面を蹴り上げる。  他の面々も唐突な逆転劇に放心状態だ。 「俺達の逆転だ!」  暗黒の笑みを浮かべる黒野、バク転をしながらホームイン。  ベンチに戻り、BGBGsのメンバーとハイタッチをかわしている。  指揮官の西木さん、悔しそうな表情を浮かべ、 「くそッ!」  腕を組みベンチに座り込んだ。  コーチの赤田さんと神保さんはお互いの顔を見合っている。 「吸血鬼を打ち取った時は球にキレがあったが……」 「2番打者のデホを上手く打ち取ったから、大丈夫だろうなァ……と思ったんですがね」  ベンチの端に座る片倉さんはマウンド上の湊を見ていた。 「間に合わなかったか――どうやら魔法がきれてきたようだ」  西木さんが不思議そうな顔をしている。 「ま、魔法?」 「彼は異世界の住人の生まれ変わり――しかし、この『この世界の人間として生まれた』からには、その世界の力でプレイせねばならぬ」 「どういう意味ですか」 「君達が異世界で得た力には――時間制限があるのだ」 「な、なんですと!?」 「本来であれば異世界転生者は、じっくりとシーズンを積み重ねることで力を覚醒せねばならぬ。それを無理矢理に目覚め起こした。時間がなかったので仕方がなかったが……」 「そんな後付け設定な!」 「後付けでも何でも、それが厳しい現実――急にヤツがこの世界に介入するとは思わなかったからな」 「ヤ、ヤツ?」 「試合が無事に終わったら説明する」  何やら二人が話しているようだが、外野からなので聞き取れない。 「特に今回は緊急事態だったので、異世界の力を即物的に君達に与えた。他の者達もそろそろ元の力に戻る頃合いか……特にアラン、レアスキルなどという急ごしらえのバグを、オディリスが実装させたから心配だ」  片倉さんを見る神保さんは何故か距離を取り始めた。 (き、気まずいなァ……) 「神保、どうしたんだ? 顔色が悪いぞ」 「な、なんでもありませんよ赤田コーチ! ふ、ふんばれ湊ッ!」  残酷な逆転劇、それでも試合終了するまではプレイが続行する。  動揺する湊は直球を投げるも……。 ――カツーン! 『ブルクレス! 強烈弾丸ライナーッ!』  5番のブルクレスが打った。打球は左中間へのライナー性の当たり。  外野の守備は僕がセンター! オニキアがレフトだ! 「エアカンダス!」  オニキアはエアカンダスを唱え素早さを上昇、守備範囲を大きくする。 「相手に流れを渡してたまるものですか!」  戦士の一撃により打球はグングンと伸びる……! 『思ったよりも打球は速いぞッ!』 『フェンス直撃か? 抜ければ長打は固いぜ!』  彼女だけに任せるのは申し訳ない。センターの僕も全速力で追う。  打球方向からいけば僕が何とか捕球できる位置だ。 「うっ!?」  まただ! 体が重くなった! それにまた全身が倦怠感を襲う! 「く、くそ……」  脚が失速する――こうなれば僕もエアカンダスで……。 ――シールレス! 「な、何ッ!?」  魔法を封印を封印された! 一体誰が……。 「ククッ! 魔法はせこいばい!」  ライト側観客席にいる妖魔アイレンが呪文を封じられてしまった! 「勇者! ここはビジターということを忘れとるばい!」 「流石はヨハネさん!」 「見事な魔法でした!」 「お、叔父さん……そんな卑怯な」 「ノア、相手は人間たい! パウロを殺された恨みを忘れるでなかッ!」  何てことだ……このままでは打球が左中間へと確実に抜けてしまう!  その時だった。 「アラン! 守備は私に任せて!」 「無理だ、君一人の力じゃ……それに君は元々ピッチャー!」 「信じて! 私達は仲間でしょう!?」  彼女は天を舞った! まるで空を司る精霊シルフのように!  美しくも――そよ風のようにッ! 『オニキア! スーパープレイ!』  ボールをキャッチ! だが空を舞うシルフレフトのオニキアは……。 「きゃあっ!」 「オニキア!?」  ――フェンスに激突した。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません