勇球必打!
ep115:トランス

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 8回の表ツーアウト。  打席には神保さんがバットを構えて立っていた。 『ここで打席には神保錬が立ちます!』 『マンダム――DH制のワの投手。打撃には期待出来ねェが……』 『そう塁に出るしかありません! 走者を出して塁へ返さねばならないのです!』 『プロの世界見せてやれ!』  メガデインズはDH制を導入しているワ・リーグに所属している。  打席に入ったことがないワの神保さん投手だ。果たしてどこまで出来るのか……。 「おらァ! 神保デッドボールに当たっててでも出塁せんかい~~!!」  マリアムの荒っぽい野次が飛ぶ。  左打席に立つ神保さんの構え、バットを横に寝かせたミートを心がけた打法だ。  それにしたって―― 「力が抜け過ぎていませんか?」  まるで気の抜けた構えだった。  バットを横にして構えているが、戦士が扱うアクスのように肩に担いだだけだ。  そんな神保さんを見て、黒野はロジンバッグを手に取りながら言った。 「まるでやる気がない……まァ、あんたはワの投手だから仕方ねェよな」 「私みたいなロートルを覚えていてくれて光栄だね」 「昔は期待されてたんだろ、神保さん。岐阜県出身、左投げ左打ちの投手。15年前にビリケンガスからドラフト1位で浪速メガデインズに入団。ドラフト1位ながらも、オープン戦で滅多打ちに合い二軍スタート。その後は1軍と2軍を行ったり来たりする典型的なエレベーター選手。ドラフト1位かつ左投、メガデインズという超弱小チームだからこそ生き残ることが出来た」 「よくご存じで」 「親近感がある。入団して数年間、あんたは期待外れと蔑まれたが、あんたは幾多の困難を乗り越え、チームの主力投手となった」 「いやァ……私と君では立場が違う」 「ああ! あんたはドラフト1位! 俺は育成選手だったからな!」  黒野は一球を投じた。  やや内角のストレートだ。 ――バシッ! 「ストライク!」 「俺はあんたを目標にしていた」  ワンストライクをとった。  神保さんはバットを振る素振りすら見せない。 「神保君! 一、二の三でバットを強振したまえ!」 「しっかりせんかいな! バットを振らんと始まらへんぞ!」  天堂オーナーとマリアムの喝が聞こえた。  神保さんは一度打席を外して、バットを振っている。 (好き勝手言うよ……あの殺意のこもった暗黒球を打てば、私の腕がお釈迦になるかもしれないのに)  そして、再び神保さんは打席に立った。  マウンドの黒野は氷のような表情を浮かべている。 「びびったかい?」 「ああ……びびっている。今の球――恐ろしく怖いよ」 「流石だな」  びびっている? 恐ろしい? 怖い?  確かにあの球は暗黒闘気が込められている。  打てばバットが腐食して、ゴロに打ち取られるだろうが―― 「あんたは助けようと思ったんだがな」 「助ける? 君は何を言っているんだい」 「いやな――先程の投球で気が変わったんだよ。あんたは俺の投球で潰さなきゃならない」 「あれかい? あれは密かに専門のトレーナーやピッチングアドバイザーを雇って指導してもらってね、一から体を鍛え直したり、投球の幅を広げたんだよ。それに栄養士の管理下でアンチエイジングの食事も実践した。いや~~玄米食ばかりで辟易へきえきしたなァ」  黒野はフッと微笑すると、 「そんな短期間で、あんな神がかったピッチングが出来るハズがないだろ――」  投球モーションに入った。 「悪戯の神! オディリス!」  オディリス!?  やはり神保さんの正体はオディリスだったのか! 「神だと? 神保が?」  西木さんを始めとしたメガデインズメンバーに衝撃が走る。 「ど、どういうこと?」 「あいつが……オディリス?」  異世界の住人であるオニキアとネノさんも驚いている。  特にネノさんは、僕と同じようにオディリスに蘇生、転移させられたので驚いた様子だ。  それは応援するマリアムも同じようで……。 「神保がオディリス様やと!? ど、どないなっとんねん……」  一方、ベンチを共にする元神である片倉さんは叫んだ。 「オディリス! 絶対に打つな!」 ――シュッ!  球が放たれた。  コースはど真ん中高め直球、長打にするには絶好の球だ。  まるで、優秀な打撃投手が投げたかのようなボールだ。 「ワザと打ちごろのボールを投げたのはわかるよ……」  スコアは8-9で負けている。  ここで塁に出れば、小柄だがチャンスに強い森中さんに続く。 「でも『打つな』と言われてもねェ」  神保さんはテイクバックをとった。  右脚を振り子のように振り上げ―― 「ここで打たねば! 誰が打つッ!」  黒野ピッチャー側に体重移動しながらスイングした! ――ピカッ!  えっ!? どういうことだ!  神保さん――いやオディリスのバットが光り輝いている! 「正体を現したか!」  黒野の口が動いた。  その声はどこか低い! 別人だ! 別の誰かの声だ! 「それは君の方だろ! 改悪の神よ!」 ――神の一撃トールハンマー!  脱力した構えから光の一閃が僕達を照らし出す!  その光はスペンシーさんの特技【聖十字撃】以上だ! ☆★☆  私はオディリス。『悪戯の神』と他の神々からは揶揄されている。  そもそも、悪戯といえばロキでしょ?  まっ、確かに彼と私は似たところが多いがそれはそれとする。  ある日、クソ真面目な神々が何やら話をしていた。 「ラウスが人間に転生させられたらしいぞ」 「神のルールを破るからだ。森羅万象に背き、生命の魂を弄ぶからそうなる」 (へぇ……面白そうなことをやってるな)  ラウスのことは知っていた。  彼は『不純の神』と呼ばれ、各世界を旅行し楽しんでいた。  行った先々の人間達にちょっかいをかけているので、他の神々から苦言を常に呈されていた。  それがとうとう許されざる罪になったようだ。  別世界から別世界に人間を転生させるわ、物を持ち出すわ、タブーの数々に触れてしまったらしい。  それは全て〝ヤキュウ〟なる人間の考えた遊戯のせいらしい。 「ヤキュウか。どんな遊びか気になるな」  最初は興味半分、遊び半分。  物見遊山気分で、そのヤキュウというゲームがある世界に飛び込むことにした。  私も人間の考えた〝ゲーム〟なる遊戯世界に飛び込むことにハマっていたからだ。 「ここがそうか」  ついた場所はコウシエン。  どうやら、ヤキュウなるスポーツの聖地のようだ。  丁度、コウコウヤキュウの大会が始まっているようだった。 「ほう、なかなか賑やかだな」  奏でられた音楽、汗一杯に踊るチアガールなる踊り子達、応援する人間達。  若い人間の男達が勝っては喜び、負けては号泣する。  人間の感情、命の光に満ち溢れていた。 「あれっ?」  泣いている選手を見て、何故か私も涙を流していた。  これが〝感動〟というやつだろうか?  神が各世界に降り立つ場合、受肉という作業に入るがその際に魂や感情も付加される。  その影響なのだろうか? 兎にも角にも、私は試合が終わっても観客席から離れられなかった。  これがヤキュウ――いや、野球との初めての出会いだった。 「ラウスがハマるわけだ」  不思議と私は言葉が出てしまった。

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