勇球必打!
ep99:最終試練

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「俺が求めるのはチームの勝利! 必ずや追いつく!!」  防具という心のかせが外れ、恐怖を克服したブルクレス。  真の戦士へと覚醒し生まれ変わったが―― (僕は野球界の未来を護るため――君を討ち取る!)  昔の仲間であろうとも僕が、僕達が目指す目的のためなら……斬り捨てる!  僕は〝黒い意志〟と〝鬱金色の炎〟を胸に投球モーションに入る。  そう最終試練で手に入れたこのレアスキルで仕留めるのだ。 ☆★☆  兎角さん、高橋さん、麦田さんの試練を乗り越えレアスキルを習得した。  そして、これからあるであろう『最終試練』……。  そこに待ち受けていたものはとんでもないものであった。 「光が見える……」  洞窟のダンジョンはクリア目前か、外からの光が見える。  ここまで誰とも会わないということは試練はクリアしたということだろうか? ――ザッ…… 「誰だ!」  後ろから物音が聞こえた……この洞窟にいる魔物か?  僕は警戒しながら振り向くとマリアムがいた。 「ようアラン」 「マ、マリアム!?」 「何でこんなところに」 「ハハッ! そんな細かいことはいいじゃないのさ」  マリアムはつかつかとこちらに近寄って来た。  彼女は何故かグラブを持っている。 「キャッチボールしようぜ」 「キャ、キャッチボール?」 「いいじゃんか。あんたとキャッチボールをしてみたかったしさ」 「ん……」 「どうしたんだい? さっさとグラブを受け取りなよ」 「あ、ああ……」  少し違和感を抱きつつも、僕はグラブを受け取った。  それにしても、何でこんなところにマリアムが……。 「ところであんたさ。変化球はチェンジアップとシュートだけかい?」 「そうだけど」 「もう少し投球の幅を広げようぜ。変化球を教えてやるからよ」  マリアムはボールの握りを見せた。  中指を縫い目に引っ掛けるように合わせて握っている。 「これが基本的な変化球『カーブ』だ」  そう述べると手首を捻り、ボールの外側から転がすように投げた。  ゆっくりと投げられたボールは、弧を描きながら僕のミットに納まった。  なるほど、これがカーブの投げ方か。 「リリースする時は縫い目にボールを引っ掛けて、指で弾く。くれぐれも肘や手首を外側に捻らせるような投げ方にしたらダメだぜ、ケガに繋がるからな」 「はい」 「よし……とりあえず投げてみな」 「えっ?」 「いいから投げてみろって」  グラブは構えながらマリアムは笑顔だ。  しょうがない、物は試しだ。僕は彼女に教わった通りに投げることにした。 「やるもんだ。ちょいと教えたら技術を習得できるのは才能だね」  ボールは弧を描きながら変化する。  思ったような変化はしないが、マリアムのミットにストンと納まった。  マリアムはうんうんと頷いた。 「あんたは天才だ。野球以外のものをやらせても色んなことを学習し結果を出すだろうな」 「そんな、僕は天才じゃないよ。皆の支えがあったからここまで――」  マリアムは僕の言葉を遮った。 「その才能を異世界の住人のために使うのはもったいない。この世界の人達のために使うべきだ」 「もったいない?」 「オディリスの無理ゲーにこれ以上付き合う必要はない。野球なんて今からほっぽりだしてさ、強力な仲間を集め魔王イブリトスをとっちめに行ってもいいんじゃないか」  マリアムから突然の申し出だった。  確かにここは異世界――僕がいた世界だ。  マリアムの提案は確かに最もだ。  オディリスが僕に課した『日本シリーズ優勝』というクエスト。  それをクリアしないと元の世界に戻れない――手筈だった。  それがどうだ、突然に現れた鐘刃による野球テロリズムによるNPBの改革。  1リーグ制となり課せられたクエストはクリア出来そうもないのが現状だ。 「もう辞めようぜこんなこと。人々は魔王イブリトスに今も苦しめられている、だから――」 「ダメだ! 」 「ダメ?」 「僕はあの世界の人々に世話になった! 野球を通して様々なことを教えてもらった!」  僕はどちらも救いたい。  あの世界の人々から鐘刃に奪われたプロ野球という娯楽を取り戻す。  この世界の人々から魔王イブリトスに奪われた平和な世界を取り戻す。  どちらか片方だけなど選べない! 「アラン……」  マリアムは妖艶な笑みを浮かべると俺の耳元に近付いて来た。 「あんたのことが好きなんだ」 「マ、マリアム? それって……」 「女としてだよ」  僕はドキリとした。  そうするとマリアムは目を少し潤ませながら僕の顔に近付いた。 「これ以上、アランが知らない世界の人達のために傷ついて欲しくない」  何かおかしい、このマリアムは変だ。  口は悪いが性格は真面目、中途半端なことを絶対に許さない。  僕はメガデインズを優勝に導くどころか、鐘刃という傲慢なコミッショナーを倒してもいない。  野球を辞めるということはイベントを途中で投げ出すことと一緒だ。  そんなことをマリアムが許すはずがない。  それに何だかんだで彼女は野球が好きだ。  好きだからこそ、ルールなどの細かいことも覚えている。  鐘刃が改悪したNPBを元に戻すことを誰よりも待ち望んでいるはずだ。 「どうしたんだい? さあ一緒に――」  それに何より! 「猛虎弁じゃない!」 「モ、モウコベン?」 「マリアムはあの世界で覚えた独特の言葉を使う! お前の言葉はどちらかというと標準語!」  僕はマリアムを騙るアルセイスに指を突き立てた。 「何者だ!」 「ちっ……」  アルセイスは舌打ちするとボールを投げ込んだ。  僕はバットで弾くと、カンと乾いた音が洞窟内に響いた。 「甘い言葉に惑わされず、よくぞ正体を見抜いたと褒めてやるか」 「質問に答えろ! お前は――」 「それを答える必要はない!」  アルセイスは冷たい表情となった。  どこからか小刀を取り出し逆手で構えている。 「最終試練だ。今までの試験はお遊びに過ぎねえ! ここからは命と命を賭けたリアルバトル!」  その言葉と共にアルセイスは忽然と消えた。  僕はキョロキョロと辺りを見渡すも姿は見えない。  やつは一体どこに……!? 「フッ!」  背中から無声の気合が聞こえる――それは声を押し殺した暗殺の斬撃だ。  僕は即座に避け、持っているバットを振り下ろそうと上段で構え叩き落すが、 「どうしたい?」  僕はバットをピタリと止めた。  どうしてもバットを振り下ろすことが出来なかったのだ。 「甘いね!」  険しい表情になったアルセイスは真一文字に僕の胸を切り裂いた。  薄皮一枚斬られた程度だが、ユニフォームが血で滲んでいた。  ……本気で僕を殺す気だ。 「ただのアルセイスに攻撃できないのかい?」 「くっ……」 「これまであんたは何体もの魔物を殺して来ただろう? その要領でサクッと殺っちまえばいい」  確かに僕は勇者時代、襲ってくる邪悪な妖精アルセイスを何体も倒して来た。  だがアルセイスという魔物に対し、今の僕は特別な感情が湧いているのも確かだ。  マリアムと過ごすうちに僕は―― 「あんたが来ないのなら、こっちからいくぜ!」 「こ、これは……」  戸惑う僕にアルセイスは容赦しない。小刀を構え、多重の影を作り出した。  分身――冒険で戦った魔物の一部が使う特技だ。

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