勇球必打!
ep21:インプのトルテリ

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 試合はボロ負け。開幕初戦から暗雲が立ち込めている。  福井さんはカンカンだ。ミーティングでは重い空気が流れている。 「タオルがなァ」 「ううっ……」  福井さんは滅多打ちにあった沖田を見ている。  沖田はどんよりとした表情だ……まあ仕方がない。 「外れだし」  外れだし? どういう意味だ。解説が必要だ。  隣りに座る神保さんがそっと教えてくれた。 「〝期待外れやな。今後の使い方を考える〟って言いたいみたいだね」  なるほど……辛辣で厳しいコメントだ。  それにしてもよく神保さんは福井さんが言いたいことが分かるな。 「次、麦田でいくからな。絶対勝ちにいくで!」  福井さんは次の試合に向け僕達に発破をかけた。  明日の先発は麦田さんか。  話ではメガデインズの真のエースは麦田さんだと聞いている。期待できそうだ。 「それにしても……」  あの体の違和感はなんだったんだろう。それにオニキアは結局何もしてこなかった。  彼女は確かに言った、僕を『野球の中で殺す』と……。 「どうしたんだい、まだミーティング中だよ?」  隣にいる神保さんが僕に話しかけた。  しまった……つい考え事をしてしまっていた。 「そうそうコレ、アラン君に渡しておくよ」  神保さんからこっそりとボールを僕に渡した。 「これは?」 「君のプロ初ヒットのボール。大事にするんだよ」  プロ初ヒットのボールか……。  今は余計なことを考えているヒマはない、次の試合は是が非でも勝たなくては。 ☆★☆  場所は変わり、ここは人気のいない京都ドーム内。  大きな影がオニキアと話をしていた。 「何故、当てなかった?」 「まだ殺すには早いかと……」  大きな影はボールを持っていた。  それは彼女にとっては、この世界に来たプロ初勝利のボールである。 「君を復活させてあげたのは、球転がしをするためじゃあないんだぞ」 ――ジジッ……  焦げ臭い匂いが立ち込める。 「殺さなきゃ」 ――ボッ……  ボールに赤い火がともる。 「このゲームの勝利者にならないと……」 ――サラサラ……  ボールは炭屑と化した。 「君は元の世界に帰ることが出来ない」 「も、申し訳ございません」  その時、オニキアは跪いた。それは強者への恐怖と服従を表す。  それは魔王イブリトスの時と同様の姿勢、許しを請う型でもあった。 「情は捨てろ。魔王イブリトスに命乞いしてた時のことを思い出せ、己の事だけを考えていただろう?」 「は、はい」 「トルテリ、君もいるんだろ」 「うへっ……やはりバレておりましたか」  暗い通路に声が響いた。そうすると闇の中から異形の怪物が出てくる。  大きさはテディベアサイズで小さい、体色は紫色で頭から小さなツノと背中からはコウモリの翼が生えている。  その怪物の名はトルテリ、俗にいう悪魔インプである。 「話は聞いていたね」 「はい、そりゃもちろん」  トルテリの返事を聞いた大きな影は無言で小さな紙袋を投げ渡した。 「ビシブルの粉だ。君の『グラビティロック』には期待している」 「お任せあれ」 ☆★☆  ――翌日。  僕は違和感残るまま、京鉄との第2戦が始まった。  メガデインズの先発は麦田さん、対する京鉄の先発は――。 「南無阿弥陀仏」  弁天行信28歳。高卒プロ10年目の選手であるが、ここまでの通算勝利は14勝。  今年はクビをかけたシーズンであるがオープン戦より突如覚醒。紅白戦や練習試合を含め好投が続いているらしい。 「花梨も、よう2戦目であんなやつ使うな」  ベンチに座る福井さんは少しバカにした口調だ。何も知らないのだろう。  弁天はもう普通の選手ではないのだ。僕達の世界の技術を使っている。 ――カツン……  佐古、安孫子、ハイデンは三者凡退で初回はスタートした。 「何故だ……球速表示は140キロ前後、変化球もそれほど変化していないのに」  ヘッドコーチの日暮里さんは首をかしげている。確かに端から見たら打てそうなボールを打てないで、ヤキモキするだろう。  だが僕は気づいている。弁天はトリックを使用しているのだ。 ――特技【震脚】  本来であれば武闘家が使う補助的な特技。足を大きく踏み込むことで発生させる震動で、相手のバランスを崩し足止めさせる。 「あんなヘボ球打てんのかい」 「そうは言っても、地震が起きたように足元がグラつくんですぜ。ミートポイントがズレちまうんだ」  ベンチでは昨年、北海道カムイから金銭トレードで移籍してきた遊撃手の安孫子さんと一軍打撃コーチの金光さんが言い合っている。  早くもメガデインズのベンチは混沌としている、僕はフッと溜め息を吐きながらライトの守備へと向かった。 「アラン、頑張りや!」  一塁側の京鉄のファンがいる中、応援する声が聞こえる。 「マリアム?!」  応援に来てくれたのか、というか一人だけメガデインズのユニフォームを着て大丈夫か。  回りにいる観客や応援団がスゴい顔をしているぞ……。 ――カツーン! 「新人、ボールがそっちにいったぞ!」  センターを守る佐古さんの声がした。後攻の京鉄の攻撃は既に始まっていた。 (何をボサッしているでおじゃるか!)  一番ショートの判官が、ライト方向にフライを打ち上げた。 「よし……」  僕が平凡なフライをとったときだ。 ――潰れろ!  声がした、また後ろからだ。 「ぐぅ!」  フライは取ったが僕は体に重みを感じた。先日の試合以上の重みだ。  体に甲冑を何重も取り付けられたかのような……。  重い……? そうかこれは! 「おい新人、何をやっとるのかね」  佐古さんが不思議そうな顔でこちらに近付き、僕のグラブを触った。 「ボケッとしとらんでボールを渡せ」 「離れて!」 「はぁ? 何を言って……」 ――ドグシャ!  佐古さんは固い地面に倒れこんだ。周りの観客達は突然のことに驚いている。 「何だ?」 「急に倒れたぞ」 「昨日の酒でも残っているのか!」  観客が気づかないのも無理もない。  これは土属性の重力呪文『グラビティロック』。  重力を与えることで相手の動きを鈍くさせる呪文だ。僕にはそれほどダメージはないが、この世界の人にとって耐えられない攻撃だろう。 「ぬぐゥ! 何で体が……」  す、凄い立ち上がった。体を地面に打ち付けたが無事なようだ。  初級クラスの戦士でも数ターンは動けないのに……プロ野球選手――侮れない職業クラスだ。 「大丈夫ですか?」 「な、何とかな」  続く2番セカンドの金剛、3番レフトの粟橋。  麦田さんは淡々として投げ打ち取る。そして2回表、攻撃はメガデインズ。  ――次の先頭は僕からだ。

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