勇球必打!
ep127:色を失った虹

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 私の名は空下浩。  東京の六大学野球で活躍し、戦争がなければ職業野球人になっていた。  しかし、戦局の悪化により学徒出陣により動員。  徴兵された私は貴重な時間を失うことになる。  戦争は終わり、平和の象徴として職業野球が再開された。  私といえば命からがら南方より日本に戻ることが出来た。  大学に復学した私はリーグで活躍、多くのチームのスカウトが訪れた。  そんなある日、よれよれのスーツ姿の男が現れた。  案の定、職業野球のスカウトだったが……。 「頼む空下君! 我がチームに君の力が必要なんだ!」  男の名は天堂一茶――つまり浪速メガデインズの初代オーナーだった。  資金ぶりに苦しむメガデインズは、他のチームのようにスカウトを雇う余裕はなく、オーナー自ら有望な選手の元へと訪れ入団交渉をしていたのだ。 「ああ……確か新設球団の……」  この時代、ドラフト制度はなく自由競争だ。  東京サイクロプスや大阪ライガースのように、人気かつ資金が豊富な球団は有望選手を乱獲していた。 「メガデインズは人気も実力もない灰色のチーム! 君の力で色を染め上げて欲しいんだ!」 「色?」 「情熱の赤、自由の青、希望の黄――美しい七色を君は持っている! スター性があるッ!」  戦後、時代はまだ混沌としていた。  物乞いをする子供、体を売る女性、戦地から傷だらけで帰ってきた兵士。  人々は夢を見ることを忘れ、生きることだけに集中していた。  幸い私は野球が出来る恵まれた状態だが、多くの人々はただその日を食うだけで精一杯、何かを楽しむことなど忘れていた。 「この日本に空下浩という〝七色〟を見せて欲しい!」 「夢……」 「人々に夢と希望を見せるんだよ!」 「私が?」 「あの舞い上がる打球でさ!」  当時の野球は低いライナー性の打球や犠打が至高とされていた。  まだこの時代は戦時下の影響が強く、チームのために己を犠牲にすることを美徳としていた。  フライをあげようものなら『天ぷら屋』と、監督から揶揄され注意されるのだ。  ただ、私は本塁打というものに拘っていた。 「君は和製ベーブ・ルースだ!」 「ベーブ・ルース……」  私は子供の頃に日米野球でベーブ・ルースを目撃した。  その高々と舞い上がる打球、まるで虹を描くような本塁打に憧れを持ってしまった。  あの美しい打球を生み出したい……私はひたすらに追い求めた。  それ故に学生時代は監督からにらまれ、本塁打を量産するもスタメンから外されることもしばしばあった。  しかし、数字という実力があれば否応なしに黙るしかない。  現に六大学の本塁打王になった私に多くのチームから誘いがあった。 「一緒に日本を盛り上げよう!」  天堂は野球を愛していた。  富や名声、金持ちの娯楽ではない清貧とした野球。  金の話ばかりしかしない他球団のスカウトと違い、私と野球のことをよく理解していた。 「契約金は他球団と比べ少ないのは事実――でも、君の本塁打を是非とも球場に架けて欲しい!」  金のことなど、どうでもよかった。  私の野球道を追求出来る場所はメガデインズここだ。 「わかりました」  私は入団を決意した。  親や監督、チームメイト達は驚きと反対をしたが、己の意志を貫いた。  清き精神でプレイ出来るのは、このメガデインズしかない――そう確信したのだから。 (私の本塁打で人々の心を豊かにする!)  日本を豊かに――。  人々に夢と希望を――。  私はこうして名打者、虹を描く勇者としてNPBにその名を残すことになる。 ☆★☆  9回の裏。  10-9で僕達メガデインズ勝ち越した状況だ。  この試合を押さえれば勝利、NPBに再び夢と希望が戻る。 「ふっ……」  僕は息を吐いた。  体と心を落ち着かせながらマウンドに立つ。 ――拍手! 拍手!  古めかしい音楽が瞑瞑ドームに流れる。  これまで入場曲など流れなかったのに……。 ――フレー! フレー! フレフレフレ! (高度経済成長期を迎え……確かに日本は豊かになった……)  バッターは3番のヒロから始まる。  マスターマミーではあるが、それは転生した姿。  彼はこのメガデインズの偉大なるOBだ。 ――かっとばせっ! かっとばせ! フレー! フレー! フレー! (それと同じくして、プロ野球も華やかで賑やかになった……)  左打席で構えるフォームは理にかなっていない。  バットのグリップはへそ前に置き、立てて構える。  テイクバックも所謂ヒッチ、当たれば大きいがミート率が低くなる。  そんなオールドスタイルのフォームであるが打たれている。  僕はヒロに打たれているのだ。 ――ホームラン! (しかしどうだ! 現代の職業野球は金に女にドーピングと高潔なる精神を忘れた!) ――ブ・ギ・ウ・ギ! (人々の心がさもしくなった! 金と名声だけを求める『さもしき成金野球』に変わり果てたのだ!)  音楽が終わった、見るとヒロのバットはこれまでと違っている。  古い木製バットを持っていた。  しかし、あのバットから異様なオーラを感じる。  まるで伝説の剣のような……。 「私が再び職業野球に高潔さを取り戻させる……」  ヒロが何やら述べると、 「我が虹の打球で!」  バットをレフトスタンドへと向けた。 『こ、これはホームラン宣言だ!』 『マンダム――とんでもなく強気だぜ』  ホームラン宣言。  ヒロは僕からホームランを打つつもりだ。 ――ウオッ! ウオッ! ウオッ! ウオッ! ウオッ! ウオッ! 「予告本塁打だ!」 「ヒロならいけるぜェ!」 「同点のホームランを打ってくれ!」  魔物達は大興奮の様子だ。 「ヒロ選手からの要望たい! 鳴り物は禁止ばい!」  レフトスタンドから鳴り物は一切聞こえない。  瞑瞑ドームには人々の声だけが聞こえる空間だ。 「がんばれーっ! ヒロ!」  ホーム側の内野席から子供の声が微か聞こえた。  見るとゴブリンの子供らしき姿があった。 「これだ……鳴り物や応援歌などない野球ファンだけの歓声が響く球場……」  ヒロ選手の目が僅かに緩んだ。  それは何か遠い過去の良い思い出を懐かしむような目だ。 「野球は常に歓声と球音だけが響けばよい」  ヒロはそう述べるとゆったりと構える。  これから始まるのだ……最後の投球ターンが……。 「いくぞ!」  僕は振りかぶり、足を高く上げ……。 『まずは第一球を――』  投げた! 『投げました!』  投げた球は直球。  糸を引くようなストレートだ。 「むんッ!」 ――カツーン!  響いた。  乾いた打球音、ヒロに初球を打たれた。 「ファール!」  しかし、打球はファール。  後ろのバックネットを越えていった。 「球が速くなっているな……勇者よ……」  ヒロは僕を睨む。  土留どどめ色の包帯から覗かせる目が鋭い。 「それは先程から見える伝説のアドバイスが効いたか?」 「ッ!」  僕は目を見開いた。  ヒロは僕の背後に立つ―― 『アランちゃん。彼は私の姿が見えるらしいね』  村雨球史が見えるらしい。 「村雨球史と同じ投球型――神に感謝するしかあるまい」  ヒロはそう述べ、静かに構え直した。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません