勇球必打!
ep58:曇りのない偽善

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「――にしても、何て顔して寝てやがるんだ」  ネノさんは野球ニンフの膝枕の上で眠る佐古さんを見つめる。  裏切者であるも己の運命に満足して散った顔はどこか穏やかだ。  ……死んでないけど。  安らかな顔をしている佐古さんを見て野球ニンフ達は言った。 「この方は衰える肉体に悩んでおりました」 「スポーツ選手としての運命に真摯に向き合えなかった哀れな人……」 「ですが、許してもらえないでしょうか」  腕組みして立つ安孫子さんが言った。 「どういうことだい?」  野球ニンフの一人は静かに答えた。 「恩人なのです」 「恩人だァ?」  ネノさんの言葉に野球ニンフは続ける。 「私達は実験台で処分される寸前、佐古如水このお方に命を救われたのです」 「実験台? どういうことだい」  僕の質問に対し別の野球ニンフが答えてくれた。 「私達は生物に特技やスキルを覚えさせるための実験体です」 「特技やスキルを覚えさせる!?」  僕は驚愕すると同時に謎は少し解けた。  野球ニンフ達の言葉から察するに、この世界の住人にあらゆる職業クラスの技術を使用させることを可能とさせたのはそのような裏事情があったのか。  では、そういう技術を鐘刃に教えたのは誰なのか?  新たな疑問が出てくるのだが、野球ニンフ達は言葉を続けた。 「異種族の者を召喚して実験する毎日……」 「その過程で多くの命が犠牲になりました」 「私達はその生き残りです」  多くの生命が散ったというのか……。  僕達が怒るべきは鐘刃周か。  安らかに眠る佐古さんを膝枕する野球ニンフは言った。 「そして、生物に特技やスキルを人工的に与える術法は完成。私達は用済みとなり、本来であれば殺される処分される対象でしたが……」 ――おーいニンフ達、野球しようぜ! 「佐古様のその一言がなければ死んでいるところでした」  野球ニンフ達の感謝の響き……それは佐古さんへの敬慕の念だ。  僕達にとってはお調子者、裏切者、うつけ者の三冠王。  日本プロ野球を裏切り、悪魔に魂を売り渡したどうしようもない人だ。  しかし、彼女達にとってはかけがいのない存在なのだろう。 「そうは言っても強引で後付けっぽいぞォ!」  野球ニンフ達の言葉に天堂オーナーは異議を唱えた。 「こいつを許せと言いたいのかい!?」  佐古さんが僕達を裏切って寝返ったのは違いない。  許せない気持ち―――  何もそれは天堂オーナーだけではないだろう、多くのメガデインズメンバーは彼を許せないでいたが……。 「許してやったらどうや」 「マ、マリアム君……」 「佐古こいつはアホやが、結果的に野球で命を救ったみたいや。ちょっとでも善良なる人の心が残っていた……それだけで十分やないか」  アルセイスのマリアム……。  僕達のいた世界では魔物のポジションはボスの手先、部下、捨て駒。  また人間にとっては倒すべき侵略者であり、経験値狩りの対象だ。  その地位と存在は限りなく低い、どんな理由であれ実験材料であった魔物達を佐古さんは救ったのだ。  その行為はまさしく『正義』……安っぽい言葉ではあるが善良なる人間が想い、起こす行動なのだ。 「天堂オーナー、僕からもお願いします。西木さん達も――」  僕が頭を下げようとした時、西木さんはチームを代表して述べた。 「人は過ちは犯す……私も彼を許してやろうと思う」 「に、西木くん……」  西木さんの言葉に天堂オーナー、更にはチームメイトやMegaGirlsは静かに頷いた。  佐古さんの処遇は後で考えることにして、僕達はクリアしなければならない目標があるのだ。 ――ブゥーン…… 「こ、これは魔法陣が浮かび上がったぞォ!!」 「四天王は全て倒したってことは……」  小前さんとブロンディさんの実況と解説が言うまでもなく、鐘刃四天王の『朱雀』を倒したのだ。  このパターンで言うと――何を意味するのか大体の予想はつくだろう。  野球ニンフはどこか硬い表情で言った。 「その先にお進み下さい」 「勇者ご一行の皆様……」 「いよいよ最終決戦ラストバトルでございます」 ――ゴクッ……  僕達は息を深く、強く、呑んだ。  マリアムは魔法陣をじっと見つめながら言った。 「この先にアイツが待っているんやな……」  その言葉を聞いた一同、静かなる緊張感に支配される。  再び仲間となったオニキアは考え深そうに腕を組んでいた、魔法陣を見つめる視線は厳しい。 「私とアランにとっては、2度目の最終決戦ラストバトルね」  最終決戦ラストバトル……懐かしくも苦々しい言葉。  先で待つであろう鐘刃を倒して日本プロ野球……いや野球界に元の秩序を、平和を取り戻す。  それに僕自身もこの『最終決戦ラストバトル』という言葉、概念に雪辱を晴らしたいのだ。 ――コッ…… 「ア、アラン!」  西木さんが僕の名前を言った。指揮官よりもはやく踏み出したからだ。 「先に行きます」  今は『プロ野球選手』であるが『勇者』であることは変わりない。  目的を達成するため、魔法陣へと勇気ある一歩を僕は踏み出したのだ。 ☆★☆ 「ここが……」  召喚された場所は暗黒のドーム球場内だった。  暗く静かで冷たい、邪悪な雰囲気が漂っている。 「最初に来たのは君か、勇者アラン……いやプロ野球選手アランよ」  グランドに一人の男が立っていた。 「『よくぞここまで来た』とテンプレな賞賛を送ろうか」  銀色の長髪に白い肌、まるで吸血鬼のような貴族服に身を包んでいた。  これまでのスーツ姿でないところにヤツの拘りを感じさせる。  それと同時にプライド、傲慢さ、威厳を醸し出す演出とも言えるだろう。 「鐘刃……周……ッ!!」 「コミッショナーと呼びたまえ」  ラスボス―――いや邪悪なるNPBのコミッショナー鐘刃周だ。 「他のお仲間はまだ来ていないようだが?」  先陣を切って魔法陣へと突入した。  まだ他の仲間は来ていないようだ。色々と準備をしているのかもしれない。 「まさか逃げ出したのかい」 「戦闘試合の準備がまだ出来ていないだけさ」  僕はバットを握り、グラブを手にはめ、スパイクで地面を踏み込む。 「お前が何をしたいのか、何が目的なのかはあっちの世界で見させてもらった」 「ふーむ……そうかそうか。それならば細かい話は無用だね」  鐘刃はそう述べるとお約束ともいえる言葉を吐く。 「もし、私の味方になれば球界の半分をアランにやろう」  下らない言葉だ。僕の返答は当然決まっている。 「いいえ」  鐘刃はニカリと笑っている。  そういう返答をするだろうなという顔だ。 「やっぱり君はプロ野球選手の前に勇者だ。スライムの小便にも劣るクソで独善的な正義だ」  鐘刃は両手を掲げて叫んだ。 「私が行うことは曇りのない正義! 」 「曇りのない正義だと?」 「私は前に言っただろう、ファンも選手も勝手過ぎると。贔屓チームが勝てなければ暴れ、野次などという品位に欠ける行動をするファン。球団側が手塩にかけて育ててもメジャーに行ったり、経営状態も顧みずに年棒を吊り上げようとする選手達……どちらが暴力的で傲慢なのか?」 「それは建前だ! 自分の野望を隠すための隠れ蓑だ! ただひたすらに人々を支配したいだけの方便だ!」 「偽善者め!!」  お互い相容れないであろう会話は当然ながら平行線。  まるで、その会話は勇者と魔王がぶつけ合う『曇りのない偽善』。  ただ、この『偽善』は間違ったものではないと僕は思う。 「偽善で結構さ……僕の僕なりの理由で闘う意思をそう言うならばそう言ったらいい」 「どういう意味だ?」 「僕に大切なことを教えてくれた『野球』に……『球界』に秩序を取り戻す!!」

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