「コントロールはハチャメチャだが素晴らしい球威だ。技術さえ磨けば投手としてやっていけるかもしれない」 現れたカタクラという老紳士は笑顔でそう語った。 誰なんだこの人……。 「おっと挨拶が遅れたね」 カタクラさんは笑顔を浮かべると僕にカードを渡した。 それはカジノで使うようなトランプでこう書かれていた。 ――浪速メガデインズ スカウト 片倉 国光 オディリスのお陰で、この世界の言葉は分かるようにはなった。 だが、ピンとこない。 スカウトとは一体どういう職業なんだろう。 「試すようで申し訳なかったね」 片倉さんが頭を下げた。どういうことだろう? 「元山に野球勝負をけしかけさせたのは私だ」 「あなたが……?」 「せや。あんたが投手としてもやっていけるかどうかテストしたかったんやと」 「我が球団は元山の獲得を検討中でね。そこで彼もテストの一環として1打席勝負をさせた」 何とモトヤマが僕に勝負を挑んで来たのは、この片倉さんの差し金だという。 それにマリアムもマリアムだ。 このことを知っていたなら早く教えてほしいところだ。 「さてと……アランちゃん、クエスト通商に帰るで」 「何で?」 「これから指名挨拶や。ギルド登録の具体的な説明と言えば分かるやろ」 ギルド登録? そうか僕は選抜されただけで、きちんと正式入団はしていないのだろうか。 何にせよ僕はクエスト通商に戻ることになった。 ☆★☆ 「契約金無しの年棒250万円?! たったこれだけかいな!」 クエスト通商にマリアムの大きな声が響いた。 「それが我が球団の評価だよ。素材は良いが技術が未知数過ぎるのでね」 「育成は一般的に240万円から400万円って言われているからね」 オディリスも同席した形で契約書類に目を通している。 この世界の貨幣価値は分からないが、マリアムの口ぶりや態度から低い評価らしい。 「支配下登録されれば年棒も上がるよ。期限は今年の7月末もしくは来年以降になるけどね……活躍しなかったらクビだけど」 オディリスはフォローするもマリアムは納得できない様子だ。 「アラン! あんたどうすんねん、ハッキリ言って最低評価やで」 「ここで断ったらイベントが先に進まないだろ?」 「う、うぐう……確かに」 ここで断っても仕方がないのだ。 僕は少しでも早くこの試練をクリアしなければならない。 オディリスが与えた野球という名の試練。 そこで僕が得なければならない力……友情、信頼、チーム力を本当に身に付けられるのだろうか。 「決定だね」 オディリスは笑顔だ。 これで本格的な神の試練『野球』の正式なスタートということだろうか。 「片倉さん、アランのことを宜しくお願い致します」 「それよりも監督さん、あなた彼にちゃんと野球は教えたんですか?」 「む……ま、まぁ一応」 片倉さんの言葉にオディリスは頭をかいている。 一方の片倉さんは何か不思議そうな顔だ。 「それにクエスト硬式野球倶楽部は、日本野球連盟に今年クラブ登録したようですが公式戦はおろか練習も――」 「アハハッ! そんなことはどうだっていいじゃあないですか。それより片倉さん、お土産に生命樹のティーセットはどうですか?」 これはオディリスから後で聞いた話だ。 『神の力』なる不思議パワーで、僕はこの世界の住人『ニホンジン』という種族で登録されているらしい。 他人の世界を弄ってよいかどうかは別として、都合のいい力もあったものだ。 ☆★☆ その晩、僕はマリアムの野球講義を受けていた。 これから僕が入る『プロ野球』という世界のチュートリアルとのことだ。 マリアムはホワイトボードに書いて説明し始めた。 「まず基本中の基本を教えたる。これから入るメガデインズは、日本プロ野球リーグのワダツミリーグ……つまり『ワ・リーグ』と称される連盟に登録されているチームの一つや」 「ワ・リーグ?」 「せや。そのワ・リーグは以下の6球団で構成されとる」 1.浪速メガデインズ 2.大宮レオンズ 3.長崎ファルコンズ 4.京鉄バイソンズ 5.北海道カムイ 6.房総ブッフオライオンズ 「でもそれだけやない。実はもう一つリーグがあってな」 「もう一つ?」 「それがエクスパンスリーグ。通称『エ・リーグ』も同様に6球団ある」 1.東京サイクロプス 2.大阪ライガース 3.名古屋ドラグナーズ 4.陰陽ガンリュウ 5.神奈川アンモナイツ 6.大江戸エリクトマンドラゴラ 「この二つのリーグは公式戦を総当たり25回の125試合、そして各リーグのチーム同士が戦う交流戦が18試合。つまり合計143試合で行われる。そして、各リーグの優勝チームが最終決戦となる『日本シリーズ』で雌雄を決するというワケや。ここまではOK?」 「はい」 「よっしゃ、でもその前にトーナメントが開催される。それが『クライマックスシリーズ』!」 「クライマックス?」 「各リーグの上位3チームまでが出場できるトーナメントや。上手くいけば3位でも優勝できるボーナスシステムやな。以上……簡単やけど終わらせてもらうで」 マリアムの説明は終わった。 どうやら143回戦闘して、各リーグ強い上位の3ギルドまでがクライマックスシリーズに出場。 その優勝者が最終決戦である日本シリーズに出れるというワケか。 「そうか……とにかく勝ち続ければいいんだな」 「そういうこっちゃな」 なんだ簡単なことじゃないか。 戦闘、いや試合に勝ち続ければいいのだ。 それなら前にいた世界と同じこと、負けが許されない闘いは何度も経験している。 僕が自信満々になると、マリアムはジト目でこちらを見つめている。 「あんた、まさか前の世界と同じ感覚とちゃうやろうな?」 「え……」 「顔に書いとるで『勇者である僕だけが活躍すればいい』ってな」 「ぐふっ」 図星だった。 マリアムはドンとホワイトボードを叩きながら言った。 「野球はパーティプレイ! 一人だけで勝つのは難しいゲームや。特にあんたがこれから入るメガデインズ……去年の順位を知っとるか?」 マリアムの質問に僕は答えた。 「さ、3位くらいかな?」 「いいえ」 「じゃ、じゃあ4位」 「いいえ」 「5位だ!」 「いいえ」 「も、もしかして……最下位?」 「はい」 ――ズガガッ! 心に会心の一撃を受けた。 最下位ということは弱小ということではないか! ゴブリンかスライム程度の強さ。 いや、曲がりなりにもプロを名乗るのだ。オーガやゴーレム程度の強さはあるはずだ。 「去年だけやない。その前もその前の前もずっと最下位で、偶に4位か5位や」 「そ、そんな……」 現実は残酷だ。 メガデインズは、ホブゴブリンかポイズンスライムくらいの強さのようだ。 僕が暗い顔をするとマリアムは慰めるように言った。 「大丈夫、あんたは勇者様。灰色のクソザコチームに、勇気と希望を与えられるハズや!」 慰めになっているようで慰めになっていない。 僕はこの神の無理ゲーを果たしてクリア出来るのだろうか。
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