勇球必打!
ep48:転生魔王のコミッショナーライフ

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 僕は自分の世界へと戻って来た。  だが残酷で無茶苦茶な現実、即ち神の悪戯を教えられた。  人や魔物達の命や魂を玩具のように扱うオディリスを僕は許せないでいた。  だけど……。 「とんでもないこと?」 「ボーイが怒るのも無理はないが『神にチェーンソーを持って挑むのは後にしろ』ということさ」  スペンシーの水晶玉から何やら映像が映り出された――― ☆★☆  静寂した暗く大きな部屋……。  ピアノ音が響く、奏でたる曲は『魔王』。  ゲーテ作詞、シューベルト作曲の古めかしくも名歌曲である。  音の元はこれまた古めかしいレコード、時代錯誤であるが逆に味わいを呈している。  そのレトロな音を聴きながら、男は満面の笑みを浮かべ美女からワインを注いでもらっていた。 「ロマネ・コンティ……この世界にもワインというものは存在し……」  高級な書棚やイス、周りには猛獣の剥製や壺や絵画といった骨董品アンティークが並べられている。  はっきり言うと悪趣味、露悪的であるが、こういった雰囲気の方が男の心を鎮まらせてくれる。  常人ならぬものを楽しんでいるのは鐘刃周。  日本野球機構、つまりNPBのコミッショナーである。 「味も最高――そして君も美しい」  若く美しい女性の手に軽くキスをする。  女は頬を赤らめ恥ずかしさを表す、鐘刃のカリスマ性に魅せられているようであった。  自らの富と名声、地位に酔っていると男が一人入って来た。 「12チームの配置は完了しました」  男は野球のユニフォームを身に付けている。  背番号は『19』……だが、男の背番号は元々『019』という重く不安定な数字だった。  男の名は『田中国勝』元浪速メガデインズの育成選手である。 「ご苦労。よし、君も元の位置に戻っていいぞ」  女性はペコリと丁寧にお辞儀して部屋から出て行く。  田中は女性が出て行くのを見計らうと口を開いた。 「また、こんなものが届きましたよ」  田中は鐘刃に紙の束を渡した。 「1リーグ制反対の署名か」 「ええ、そのようで」  NPBが一方的に決めた1リーグ制導入とルール改正。  そして、傍若無人な鐘刃サタンスカルズの野球テロ行為。  当然ながらファンや評論家の批判は相次いだ。  無論、署名活動やデモが行われたがNPBはこれを悉く無視。  各球団の全選手を強制的な自由契約とし、鐘刃子飼いの選手と総入れ替えされた。  またメガデインズはオーナー不在による無期限の活動停止、バイソンズは経営不振による解散を余儀なくされる。  その後、NPB主導で鐘刃サタンスカルズの所属の選手によるエキシビション試合がテレビやネットで放映。  最初こそ反発は強かったものの、超人野球を展開していくうちにファンもエキサイトな試合に満足し沈黙。  また評論家達も買収或いは懐柔されていき、鐘刃達の行為を擁護や応援する言説を取るうちに1リーグ制が指示されるようになった。  それでも僅かに抵抗する者達もいる。  僅かな希望『署名』という正当なる抗議ではあるが……。 「下らぬ」  だが、鐘刃はまるでゴミを見つめるような目で署名を見つめ――。 ――ボッ!  指先から火を出して焼却処分した。  正当なる抗議の光、巨悪なる意志の前では豆電球よりも劣る光であった。 ――ジジジ……  署名に灯された火は黒い炎……。  これなるは、火属性と闇属性の合成魔法『ダークファイア』である。 「この新しく生まれ変わった姿、転生した世界で再チャレンジをさせてもらおう。ここ『遊瞑島ゆうめいじま』にて、次なる私の野望を実現させてもらう!」  そうここは遊瞑島……太平洋に浮かぶ八角形状の人工島である。  昨年より密かに作られ、ここをNPBの新たなる本拠地として建設された。  島には、ドーム球場兼NPB本部の『瞑瞑ドーム』を囲うように『12の球場』が設置されている。  そこでは野球だけではなくサッカー、バスケ、アメフト、テニス等々……。  あらゆる球技が出来るように作られている。  その目的は一体何なのか? それを代弁するかのように田中が言った。 「鐘刃様、その野望とは?」 「全ての球技を支配させてもらう!」  その野望とは『日本における、全ての球技を支配すること』という実にシンプルな目的だ。  この鐘刃、唐突な登場と野望を語るがその正体は一体何者なのか?  これまでの展開と鐘刃の言葉の節々から想像出来るが、読者諸君も正直言って戸惑い気味であろう。  従って説明させてもらおう。  鐘刃もまたアランのように転生、転移してきた男である。  その正体は魔王イブリトスである。  ただし、アランがいた世界との並行世界……つまりパラレルワールドにいた魔王イブリトスである。  この並行世界の魔王イブリトスは若く血の気が荒い存在、まだまだ野望という炎を燃やしていた。  だが勇者アランとその仲間に倒され夢は潰えたが……。 ☆★☆ 「こんなところで寝てないで起きたまえ」 「むっ?!」  魔王イブリトスは死んだと思ったら『鐘刃周』というT大卒のエリート官僚に生まれ変わっていた。  生まれ変わったこの姿で世界を恐怖に陥れたいとか、そんなちゃっちなRPGのノリをしたかったのだが、謎の存在からは否定される。 「時代は『力での支配』よりも『懐柔しての支配』を求めている。新しい強さ、そして支配を目指してみないか?」  謎の存在にそう説得された鐘刃。  最初こそは受け入れづらいものであったが――。 「それは新しい試みだ。挑戦する意義はある」  若く柔軟な思考を持ち合わせていたイブリトス――否、鐘刃はこれを承諾した。  己を高めるためにやる意義はあると思ったからだ。 「よろしい。そして、再び勇者を倒すのだ」  鐘刃は耳を疑った。  その謎の存在から勇者というワードが出て来たからだ。 「勇者だと!?」 「そう、勇者アランはこの世界に来ている。野球選手としてね」 「ヤキュウ?」 「この世界の遊戯の事だよ」  謎の存在からは『野球』というボールなどを使った遊戯を教わった。 「もし、アランに復讐リベンジしたいのならば直接的な殺人はタブーだ。それがこの世界のルール!」  縛りプレイとして、この世界では殺人はご法度。  もし、アランを殺りたいのならば合法的に行わなければならないとのことだ。 「バカバカしい! 今すぐ見つけ出して抹殺してくれる!!」  鐘刃はそんなルールを守る気は一切ない。  殺意の波動をほとばしるが――。 「このルールを破れば、私は君を消滅させる」  謎の存在から放たれる神々しいまでの光……。  鐘刃は謎の存在の正体が、人智を超える神的な者であることにようやく気付いた。 「ならばどうすればいい」  転生魔王らしからぬ冷や汗を流す鐘刃。謎の存在は笑いながら言った。 「ハッハッハッ! 君はまずNPBのコミッショナーになりなさい。次に勇者アランを野球という枠組みの中で殺るように仕向ければいい、やり方は問わない」  鐘刃はこうしてクエストを与えられた。  それと同時に謎の存在、つまりこの気まぐれな神から大いなる力を与えられた。  生物に特技やスキルを与える能力、異世界から魔物を召喚する術法、洗脳術……。  そして、並行世界の人間を召喚する術法及び蘇生させる術法である。 「オニキアよ、勇者アランを殺せ!」 「わ、私が?」 「元の世界へ帰りたくはないのか」 「あ、あなたは一体……」  こうして、オニキア達を蘇生させ仲間に引き入れ、魔物達も続々と召喚。  『勇者抹殺計画』を立て、勇者という存在に復讐しようとしたのである。 ☆★☆  野望に燃える鐘刃周、生まれ変わったこの姿で日本野球界を支配。  その後は日本の球技全てを征服、そして何れは全世界の―――。 「それよりも鐘刃様……この格好はもうよろしいですか?」  田中の言葉に鐘刃は答える。 「いいだろう」 ――ツケコロ!  変身呪文ツケコロを唱え、田中は真の姿を現した。  緑の肌をしたゴブリン……と言いたいところであるが肌は赤色。  ゴブリンよりも一回り大きい邪悪な妖精『ホブゴブリン』である。  ホブゴブリンは首をゴキゴキと鳴らしながら言った。 「スッキリしたァ!」 「田中……いやホブゴブリンよ、準備は出来たかね?」 「ハイ、もちろんでございますよ。鐘刃様の洗脳術は完璧です」 「ククク……そうかそうか。これで楽しいゲームが出来そうだ」  鐘刃は椅子から立ち上がり……。 ――バァーン!  体や手足を捩じらせた独特の姿勢を取った。  どこを指すとはいわないが、右人差し指を突き出している。 「ブラックメガデインズ!ゴーッ!!」

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