何だか急展開だ。 僕は支配下登録され、開幕4番の大役まで伝えられた。 ――ただ同時に面倒なことが起きてしまった。 プロの一流投手と当たったとき、彼らは僕に全力で挑んで来たのだ。オープン戦といえど容赦がない。 「ドラグナーズの燃える男、月野! 調子ブッこいてる新人はワシが育てる!」 ――カツーン! 「アンモナイツのリーゼント隊長、柴浦千早! ウオラアアアァッ!!」 ――カツーン! 「マンダム、オレは陰陽ガンリュウのブロンディ。昨年のエ・リーグ最優秀防御率だ。アランって若造よ、男の世界を教えてやるぜ」 ――カツーン! どうも京鉄の鈴草って人を、引退に追い込んだ原因が僕にあるらしい。目の色変えて投げ込んでくる。 ただ、降りかかる火の粉は払わらなければならない。勝負を挑まれれば、僕も全力でそれに応えるしかないのが礼儀だろう。 「アウト!」 時々三振したり打ち取られたりするけど、ここまでは順調だ。 気付けばオープン戦の首位打者、本塁打共に全球団トップになっていた。 「ええやん、ステキやん」 「オーナーのゴリ押しだが、クリーンナップに相応しい実力だ」 「こいつは拾い物やね」 福井さんを初め首脳陣もどうやら喜んでいる。 いよいよ開幕までもう少しか。 陰陽ガンリュウとの試合も終わり、僕はロッカーで着替え外に出た。 「アラン選手! オープン戦では大活躍ですね!」 「ファンクラブも出来るとの噂が……」 「好きな女性のタイプは?」 まただ……球場外には取材陣が僕を待ち構えていた。 新人入団発表では、全く相手にされなかったのに不思議なものだ。 「ごめんなさい。取材はまた後で……」 ――エアカンダス! 僕はエアカンダスを唱え逃げ出した。 「ちょっ……アラン選手?!」 「足速すぎだろ」 逃げるのは決まってあの場所だ。 偶々だが球場近くに木の多い公園を見つけた。ここは人が少なく落ち着けられる。 「ふぅ……参ったな」 前まで人がいなくなって大騒ぎになっていたのに――。 人の記憶は薄れやすい、今では僕のことで大騒ぎだ。 特に京鉄戦以降、取材陣がよく話しかけてくるようになった。 「二軍の皆は元気かな」 ポツリ、僕がそう呟いた時だ。 「二軍が懐かしい?」 「誰だ!」 ――ザッ…… 「オニキア!?」 木の茂みからオニキアが現れた。 京鉄のユニフォームではない。 薄桃のシャツに黒いロングパンツ、この世界の服装をしていた。 「オニキア……何の用事だ」 「それは―――」 ――ブン! 音がした、これは風を切る音……。 僕が音の方角をみるとボールが投げ込まれていた。 それも普通のボールじゃない、闘気が込められたボールだ。 「くっ!」 ボールは堅い木にめり込んでいる。 危ないところだ、僕は咄嗟に避けなければ当たっていた。 「やるわね。まあ……こんなところで死んでも困るけど」 「オニキア! お前!!」 僕はバッグを地面に捨て、飛びかかろうとした。 「オニキア様に触れるでない下郎!」 誰だ?! 誰かが僕の後ろにいる。 一瞬小柄な男の顔が見えた。男は竜騎士のように高く跳躍して消えた。 「ここじゃ、ここにおる」 声の方を振り向くと、男は木の上にいた。 何という身体能力、これほどの跳躍力をこの世界の人間が出せるのか。 「マロは京鉄の遊撃手、判官華王」 「魔物か!」 「否、断じて否!」 ――ドッ! 「なっ?!」 判官に気を取られ油断していた。 土から闘気が噴出、僕はひらりと身をかわしたが当たればダメージを受けていた。 「我々は人間ぞ」 前方に大柄な男がいることに気づいた。首からはロザリオをぶら下げている。 男が繰り出したのは【地竜拳】職業武闘家の特技の一つだ。 「拙僧の名は弁天行信。同じく京鉄でポジションは投手をしておる」 ベンテンと名乗る男も京鉄のユニフォームを着ていた。 僕は飛び退き間合いを取る。 ホウガンとベンテンはオニキアの元へ行き、護衛するように立っていた。 「人気ボケも大概に、少しこの世界に慣れ過ぎているわ」 「こいつらは何者だ」 「見ればわかるでしょう、人間よ」 人間……確かに人間だ。 だが、僕達がいた世界ならまだしも、この世界の住人にしては人知を超えすぎた能力を持っている。 特技やスキルを何故使えるのだ。 「判官と弁天はこの世界の住人、職業はプロ野球選手」 「マロ達は素晴らしい力を与えられた」 「拙僧ら二流選手だったものも呪文や特技、スキルを駆使すれば、超一流プレイヤーの仲間入りよ」 僕達の世界で駆使する魔法や特技を使えるようになっただって?! 誰が教えたんだ? まさかオニキアが……。 「ノホホホ! 呪文とやらも扱えるでおじゃるよ」 ――ウィンドスラッシュ! ホウガンが風属性の攻撃呪文【ウィンドスラッシュ】を唱えた。 真空の刃が僕を襲う。 「ぐゥ!」 風属性初級魔法で、それほどダメージはないが何故これを。 「何たる素晴らしい力でおじゃるか」 「判官、いい加減になさい。ここは『法治国家』というヤツでしょ? 殺すのなら試合の中よ」 「も、申し訳ございません」 オニキアの声は冷たい、心臓を刺すような冷たさだ。 その声に恐れをなしたのか、ホウガンという男は申し訳なさそうに視線を下げていた。 それにしても、試合の中で僕を殺すだって? 「僕を殺す?」 「フフフ……そう貴方を野球の中で殺す。それが今回のゲーム内容よ」 「ゲーム内容?」 ゲームとはどういう意味なのか。 僕が混乱しているとオニキアの口からは思ってもない人物の言葉が出た。 「オディリス――あれはとんでもない神様よ」 オディリスの名前が出たのだ。 何故オニキアがオディリスのことを知っているのだろうか。 僕は反射的に少し前のめりになりながら尋ねてしまった。 「な、何で君がオディリスの名前を!」 「あはっ! 驚いた顔をしているわね」 オニキアは僕を見て嗤っていた。 『あんたは主人公なのに何も知らないのね』といった表情。 まるで、試験の答えを知らずに困っている生徒を見て楽しむ教師のような態度だ。 そういった具合のオニキアであるが、即座に冷たい表情に戻る。 「彼は『悪戯の神』――アラン、あんたは神の玩具にされているようね」 悪戯の神? そもそも何でオニキアが、オディリスのことを知っているんだ。 「気まぐれにあなたを蘇生させ、自分が作ったゲームで遊んでいる」 「ど、どういう意味だ!?」 「今日は挨拶に来ただけ、それでは開幕ではお気をつけて……これからあなたが待っているのは野球地獄よ」 ――テレポレート! オニキア達はそのままいなくなった。 オディリスが悪戯の神? 自分で作ったゲームで遊んでいる? どういうことなんだ……。 それにこれから待ち受ける野球地獄とは……。
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