突然の出来事に僕は混乱していた。 メガデインズだの、スタジアムだの初めて聞く言葉だ。 それにこの人は誰なんだろう。 「あなたは誰なんですか?」 目の前に現れた黒いハットの男に問いかけるも、彼はニコニコと笑うだけだ。 「それよりも君、もうすぐテストが始まっちゃうよ。受付まで急ごう」 「ちょ、ちょっと」 黒ハットの男に手を引っ張られる。 気配のない、隙もなくスッと手を取られた。 本来なら警戒するであろうが、不思議な事に僕は抵抗を出来なかった。 僕は促されるまま、流されるままコロシアムにまで連れて行かれる。 (もしかして、ここは死後の世界なのか?) 摩訶不思議な出来事の連続に、僕はそう思うようになってしまった。 ☆★☆ 「おっ! まだ受付さんがいるね、こりゃありがたい」 流されるままコロシアムの前についてしまった。これから何が始まるんだろう。 「あの連れが、メガデインズの入団テストを受けに来たんですが」 「ん――外国人?」 「国籍は日本です。一応ね」 「ふーん」 何やら声が聞こえる。 黒いハットの男がコロシアムの受付をしているようだ。 机の前に座っているのは、紺色の髪を後ろに束ねた女の人だ。 年齢からいって20歳半ばだろうか。 「あのさ……」 女の人は遠くから僕を見つめているのがわかる。少しけだるそうな表情だ。 というよりも呆れた顔と言った方が正解か。 「ここはコスプレ会場じゃないんだよ」 女の人の不機嫌そうな声が聞こえてくる。この最強クラスの鎧が珍しいのだろうか。 これはドラゴンアーマー、ドラゴン族の魔物が低確率でドロップする装備品だ。 ありとあらゆる魔法攻撃が身を守り、状態異常が効かない優れた鎧だ。 「冷やかし半分で来たなら帰りな」 「すみません。こんな格好していますがプレイは上手いんですよ」 女の人に黒いハットの男はペコぺコしている。 それよりも、この不思議な男は一体何者なんだ。 待てよ……よく見ると耳が少し尖っている。まさかエルフ? 「ところでさ、あんた誰なんだい。受付なら本人が来るべきでしょ?」 「私、彼が所属しているクラブチームの監督をしてまして。あの子はちょいとコミュ障でね」 「コミュ障に野球が出来るのかい?」 「細かいことは別にいいでしょう。名前は〝碧アラン〟ポジションは外野」 「珍しい苗字ね。まっどうでもいいか」 女の人は机に置かれた紙を確認している。何が書かれているんだろうか。 「名簿にはあるね。『クエスト硬式野球倶楽部』……聞いたこともないチームだ」 「アハハ! 今年、出来たばかりのチームですので」 女の人は机に置かれた紙と僕の顔をせわしなく見た。 よく見ると女の人はキレイな顔立ちだ。 以前立ち寄った、街の冒険者ギルドの名物女主人に何となく似ている。 きっと色んな冒険者達に言い寄られただろう。 「応募書類の写真も本人に間違いないようだね。スタジアムに入りな、直ぐにテストは始まるだろうから急ぎなよ」 「こりゃどーも♡」 いや待て、僕はアランという名前だが〝アオイ〟というのは何だ。 僕は少し苛立ちと焦りを覚え、黒いハットの男の顔を見る。 どういうことなのか、キチンと説明して欲しかった。 そんな思いを無視して男は笑っていた……ちょっと不気味な笑いだ。 エルフと思わせて、実は魔族の手先ではないか。 警戒し構える僕に、黒いハットの男はお構いなしに近付いて来る。 隙がなかった。この男、只者じゃない。 「君は〝金髪碧眼〟の色男だからね。直観的に〝碧〟という苗字をつけさせてもらった」 「ま、待ってくれ。それよりもここはどこなんだ、お前は一体――」 ――パチン! 黒いハットの男は指を鳴らした。すると足が勝手に動き出した。 体のいうことが効かない。何か特別な呪文か? 「あ、足が勝手に……」 焦る僕――小走りにコロシアムのゲートへと入っていく。 僕はチラリと男を見る。何もかもが意味不明だ、しっかりと説明して欲しい。 そんな困惑する僕に、彼は神妙な顔でこう言った。 「勇者アラン。君はこれから野球を通じて〝大事なもの〟を学ばなければならない。魔王イブリトスを倒し世界に平和をもたらすために……」 ヤキュウ? 何だそれはそんなものは聞いたこともないぞ。 それに魔王を倒すために学ぶ〝大事なもの〟って……。 困惑と混乱する中、足はずっと小走りに動き続ける。 どんどんコロシアムの暗い廊下を通り、階段を駆け上がっていく。 「光だ……」 光、そう光が見える。 この先にどんな魔物が待ち受けているのだろうか。 いや……その前に僕はイブリトスとの戦いに敗れ死んだ。 つまりこの光の先は天国か? いや地獄かもしれない……。 「ここは?」 不安が駆け巡る中、僕は大きな広場に来た。 地面は美しいまでに緑が広がっている。 土だ土の地面、遥か遠くには大きな緑の壁がある。 「これより入団テストを開始する!」 大きな声が響いた。よく見ると大勢の人達が集まっていたのだ。 「まず先に50メートル走を行う。順番に並び走ってもらう」 男の人が大声で叫んだ、その人は黒い上着に青い帽子を被っている。 帽子には、山吹色の文字で『M』が刺繍されている。 への字の口で、ちょっと頑固そうだが威厳が感じられた。 彼は腕利きの冒険者だろうか。 「何だその恰好は」 「ぼ、僕のことですか」 「お前しかおらんだろ」 男の人に目をつけられてしまった。この中では目立ちすぎるほどの格好だからだろう。 他の人は、様々な色やデザインをしているが同じ様式の服装だ。 何かのお祭りだろうか、一人だけ違う格好なので気まずくなってしまった。 「何だアイツ」 「コミケ会場か何かと勘違いしたんじゃないか」 「あの恰好、ゲームのキャラクターか?」 何だかざわつき始めた。 中には含み笑いをする人もいる。 「静粛に!」 男の人の声が響いた。 「さっさと列に並べ」 男はため息を吐いたが目が怖い。怒っているようだ。 僕は男の威圧感に押され、他の人達と同じように並ぶことにした。 勇者の威厳もどこかすっ飛んでしまった。 「アメリカ人かな?」 「カナダ人かも知れねえぞ」 「外国人が何で受験してるんだよ」 「野球を嘗めやがって」 周りにいた人達は、僕をジロジロと見つめてくる。 呆れる者、笑う者、怒った表情の者、それぞれに反応はバラバラだ。 「よし、では始め!」 順番に皆並んでいき、一斉に白いラインから走り始めた。 皆、必死に走っている。 「お前、ボーッとしてないで早くしろよ」 「君は?」 僕は傍にいた黒髪の若い男の人に声をかけられた。 年齢は僕と同じか、18歳くらいだろうか。 背は僕よりも少し小さいが目がギラギラしていた。 「俺の名前なんていいだろ、そこに並べよ」 「は、はい」 彼に促され、他の人達の後ろに並んだ。 何かのイベントクエストが開始まったのだろうか。
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