勇球必打!
ep133:代打屋ガルアン
「後一人! 後一人でゲームセットや!」
マリアムの声が聞こえる。
まるで近くにいるかのように響く。
そうだね、後一人でゲームセットだ。
「この試合を終わらせる」
僕はポツリと一言。
次の打者、カイザートロルのレスナーをアウトにすれば……。
――タイム!
その時だ。
瞑瞑ドームに男の声が木霊した。
人間と魔物の完成を切り裂いての鋭い声。
「誰だ!」
僕は周りを見渡す。
それは僕だけじゃない、メガデインズメンバー全員がそうだ。
「この声は?」
と鳥羽さんが。
「どっからだよ!」
と元山が。
「あそこだ!」
ネノさんは指を差す。
「なっ!」
「なンだ!?」
驚く安孫子さんと森中さん。
ネノさんの指差した方向はBGBGsの敵軍ベンチ。
そこには男がいた。
「バッター交代だ」
若い男だ。
年齢は僕と変らない。
灰色の長い髪、み空色の瞳。
人間だ、人間の男だ。
ただ肌は青白い、まるで幽霊のように。
「何者だ!」
僕の問いに男は答えた。
「デスモンクのガルアン!」
「デ、デスモンク!」
僕は身震いした。
そう言えば聞いたことがある。
武闘家が心を邪悪に染め上げることで覚醒するレア職業。
その条件は呪われた武具を装備し、108体の魔物を倒す事。
感情を捨て、禁欲的に修行を積み上げたデスモンクの一撃は絶大。
どんなS級の魔物であろうと、一撃必殺で倒す力を秘めていると言われている。
「来たかガルアン!」
BGBGsの総大将、黒野は喜んでいた。
拍手をして彼を出迎えている。
「デ、デーモン0号様」
「この男は?」
驚く田中とゼルマ。
このガルアンという男を知らないようだ。
同じチームメイトのはずなのに。
「この男はガルアン! かつて、勇者アランの仲間だった男だ!」
――ドギャーン!
僕、いや僕達に衝撃が走った。
「あ、あんな男は知らないわ!」
オニキアは叫び。
「ガ、ガルアンなんて知らねえぞ?」
デホは眉をしかめ。
「俺達の仲間などと……」
ブルクレスは首を傾げる。
「……僕はガルアンなんて知らない」
僕といえば息を呑むしかない。
ガルアンという男に全く見覚えがなかった。
だが、ガルアンという男はそうでもない様子だ。
「久しぶりだなアラン!」
怒りと憎しみの表情を浮かべている。
まるでアークデーモンのような相貌だ。
「ぼ、僕は君のことなんて……」
「忘れたとは言わせんぞ! あの最終決戦地――イブリトス城でのことをッ!」
イブリトス城。
その名の通り、魔王イブリトスが住む魔城。
つまり、最終決戦地だ。
そこで僕達パーティは進み、魔王イブリトスとの最終決戦に挑んだ。
その時のパーティはオニキア、デホ、ブルクレスだ。
ガルアンなんて男はいなかった。
「俺はお前達に見殺しにされたんだ! 凶暴な魔物との戦いでな!」
「ど、どういう意味だ?」
「白々しい……俺達は戦っただろ。ベノムジャイアントと!」
「ベノムジャイアント!?」
ベノムジャイアントとは、凶暴な巨人族の魔物だ。
その怪力と猛毒のベノムブレスが実に厄介。
倒すのが非常な困難な超S級モンスターだ。
イブリトス城の途中に現れたのは覚えている。
だが、僕達パーティは難なく退治したはずだ。
「ボンハッドもいるのに、前衛に俺だけ置きやがって!」
ボンハッド?
このガルアンという男は、何を言っているんだろうか。
ボンハッドなんて全く知らない。
僕は何のことだがさっぱりわからず、ガルアンの言葉を聞き続けるしかなかった。
「俺はベノムブレスの直撃を受け――死んだ!」
「し、死んだ?」
「本当に忘れたようだな。仲間を駒にしか見ていなかったようだな」
身に覚えはないが、ガルアンの言葉が胸に刺さる。
僕は野球と出会う前、仲間のことを駒として見ていなかったからだ。
ガルアンは続ける。
「貴様らはエンディングへ行けたようだが、途中で死んだ俺にそれはなかった! ハッピーエンドに行けなかった俺はどんなに悔しくて無念だったか――」
ガルアンは憤怒の表情で僕を指差す。
「てめェに理解るかよ!?」
「き、君は……」
「黙れ! 復活した俺は過去の俺じゃねェ! 呪いの装備をものともしない最強の武闘家!」
――ブン!
ガルアンはバットをこちらに向ける。
「デスモンクへとクラスチェンジしたのだから!」
「そ、そのバットは!」
驚いた。
ガルアンはムラマサバットを手にしていたのだ。
あの鐘刃が使っていた呪われしバットだ。
しかし、それだけではない。
彼が装備する、アームガードやレガースにも注目せねばならない。
まずはアームガード。
武闘家の最強武器『ファラオの手甲』に似た形状だ。
黄金に彩られ、はめる部分は古の王の顔を模った形をしている。
ただし、ファラオの手甲を装備すると魔物との遭遇率が高まる。
次にレガース。
素早さを3倍に上げるが、同時に防御力を下げるアクセサリー『二角獣のブーツ』に似た形状だ。
漆黒の色に染め上げられ、膝の部分には二角獣の絵が白に描かれている。
何れの野球具も、僕達が住んでいたレアアイテムをモデルに作られているように見えた。
だけども、これがクセモノだ。
どれも呪われた装備品、曰く付きのアイテム。
普通の人間では扱えない。
だけども、このガルアンという男の職業はデスモンクだ。
デスモンクは一撃必殺の打突を繰り出す以外に、もう一つ特徴がある。
それは呪われた装備品を自由に扱えることだ。
「頼んだぞガルアン! 貴様を見捨てた勇者を殺すのだ!」
「言われるまでもありません」
ガルアンはムラマサバットを引きづりながら動いた。
向かう場所はバッターボックスだが、
「ま、待て! 次はこのレスナーだ!」
ガルアンの前に、カイザートロルのレスナーが立ち塞がった。
「お前は交代、これは監督命令だ」
「な、納得がいかぬ!」
レスナーはベンチの黒野を見た。
「下がれ。お前ではアランを打てぬ」
「そ、そんな……」
落胆するレスナー。
このチャンスの場面に選手交代は屈辱だろう。
「おい、木偶の坊。お前は打撃も守備も走塁もダメなんだよ、さっさと下がりな」
「ぬっ!」
そんなレスナーをガルアンが追い打ちをかける。
屈辱的な言葉は更に続く。
「皇帝と大層なもんだぜ。ウボァーなんて断末魔がお似合いだ」
「な、何だと……」
「早く引っ込めよ。ベンチ裏にある、何とかの鏡でそのブサイクな顔を拝んどきな」
「ぐぬぬ……人間の分際で!」
レスナーはバットを振り上げた。
ガルアンの脳天をカチ割るつもりだ。
「最強のトロル族! カイザートロルに侮辱は許さんッ!」
「ふん!」
――トッ!
打った。
ガルアンはレスナーの胸を軽く打ったのだ。
すると、
「ウボァー!」
レスナーの全身から血を吹き出した。
ズン、と地響きを鳴らして倒れた。
「軽くやったんだが……立てるか?」
ガルアンは声をかけるも返事はない。
おそらく、息を引き取ったようだ。
「弱いな」
体にレスナーの青い返り血を浴びるガルアン。
舌なめずりをすると、
「勝負!」
右打席に立った。
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