勇球必打!
ep113:暗黒ピッチング

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 絶望と孤独――その言葉を聞いて僕は何も言えなかった。  黒野は二軍で苦しんでいたようだった。  厚い、それは厚い『プロの壁』というものにぶつかっていたのだろう。  育成選手は、ドラフト指名の選手より早く結果を出さなければならない。  そうしなければ早く首切りにあってしまう。解雇という恐怖はプロの選手なら誰しも抱えている。  それに黒野の焦りは、それだけではなかっただろうと思う。  僕も彼と同じテスト生上がりの育成選手。でも育成ドラフトでは、僕は黒野より下の順位だ。  しかし、思ったよりも僕は早く選手登録され一軍へと抜擢されてしまった。  追い抜かれてしまった気持ちだったんだろう。  ――異世界チート野郎のインチキ。  黒野の言った言葉だ。  ――俺が心底ムカついていることさッ!  黒野の怒りだ。  才能という壁にぶつかり苦しんでいる黒野にとってみれば、僕のような異世界人がスキルや特技、魔法を駆使して野球やっていることが腹立たしかったのだろう。 「次の打者! 来いよッ!」 (黒野……)  マウンドにいる黒野を改めてみる。  憎しみ、怒り、劣等感という負の感情――暗黒のオーラが少しづつ漏れ出ている。  球を投げれば投げるほどに、その黒さはより一層出ている。 「アラン君」  僕が黒野を見つめていると、片倉さんが話しかけてきた。 「彼は君がいた世界でいうところの――暗黒騎士ダークナイトの能力に目覚めて来ているようだ」 「暗黒騎士ダークナイト!?」  暗黒騎士ダークナイト。僕のいた世界に存在している禁断の職業クラスの一つ。  負の闘気を巧みに使用する暗黒剣で戦う。暗黒剣は強力だが、自らの生命力を削りながら戦うため一長一短。  また、この職業クラスになるには邪神との契約を結ばなければならないため、僕達のいた世界では忌み嫌われる職業クラスだった。  この職業クラスになるものは、強さのためなら全てを犠牲にし、冥府魔道へと突き進むと覚悟したものだ。裏を返せば人間を捨てたものしかなれない。 「……そんなバカな」 「いいか、黒野君の投げる姿を見るんだ。特に指先だ」  既に6番の鳥羽さんが打席に立っているが、 「ストライク!」  ストライクを取られていた。 「ぬゥ……」 「捕手のリードを活かした打撃を見せてくれよ! 鳥羽先輩!」 「黒野、お前……」 「ハッ! 育成の俺でも名前を憶えててくれましたか!」  マウンド上で笑う黒野。  よく見ると指先には黒いオーラを放出させていた。 「あ、あれは!」 「そう、ボールに負の闘気を込めている」 「特技【暗黒剣】を応用した投球……」 「本人は無自覚だろうが確実に能力を覚醒させてきているな。おそらく、彼も異世界野球留学により能力が付与されているのかもしれんぞ」 「黒野が!?」 「あやつの仕業に違いない……」  あやつ? 誰のことかはわからない。  ただ言えることは一つ、片倉さんの黒野を見る目がとても鋭いということだ。  まるでグリフォンが得物を見るような目……一体何が? ――カツーン!  そうすると乾いた音が響いた。  鳥羽さんが低めのスローカーブを打ったようだ。 「よっしゃ!」 「いいぞ! 鳥羽くん!」  マリアムと天堂オーナーの声が聞こえた。  打球はショート方向の強烈なゴロだが「ハッ!」とゼルマの気声が聞こえた。  半身の姿勢で、鳥羽さんの打球を捕球したようだ。 「ぬゥ!」  体勢を崩しかけながらも、ジャンピングスローでファーストのブルクレスへと送球。 「アウト!」 『ま、まるでバタフライッ! ゼルマの好守備でアウトだァ!!』  鳥羽さんは惜しくもアウトになってしまった。 「ゼルマちゃ~~ん!」 「人食いバタフライのような動きだったぜェ!」 「見ろよ! メガデインズの選手どもの絶望した顔を!!」 「うひゃひゃ~~! 地獄へ落ちやがれィ!!」 ――ウオッ! ウオッ! ウオッ! ウオッ! ウオッ! ウオッ!  魔物達のテンションが上がってきたようだ。  1点差とはいえ、試合の流れは完全にBGBGsだ。 「がんばれーっ! メガデインズ!」  マリアムが声を張り上げるも……。 ――ウオッ! ウオッ! ウオッ! ウオッ! ウオッ! ウオッ!  魔物達の声にかき消された。 「……冷や汗をかいた」  鳥羽さんがベンチに戻ると早々に出た言葉だ。 「鳥羽さん?」 「おかしなことが起こった。見ろよこのバットを――」 「はっ!?」  鳥羽さんが握るバットのヘッドが、 「そんな!」  黒く変色――つまり腐っていたのだ。  そのバットを見た西木さんが、珍しくも動揺した表情を見せた。 「ど、どういうことだ……バットが……」 「負の闘気よ」  オニキアがそう小さく述べた。 「負の闘気だァ!? なんだよ、その中二病臭い言葉は!」  元山の驚く言葉に、オニキアは淡々と続けた。 「人間の深層にある『絶望』『怒り』『嫉妬』といった負のエネルギー。触れたものの生命力を削る力があるわ」 「な、なんじゃそりゃ?」 「私達の世界に、その負のエネルギーを具現化することに成功した職業クラスがあるの――それが暗黒騎士ダークナイト!」 「ダ、ダーク……ますます中二病じゃねェか!」  元山を始め驚くメガデインズナイン。  オニキアは静かに言った。 「アラン、あの黒野って人はこの世界の住人なのよね?」 「う、うん。それは間違いない」 「そちらのおじ様――いえ神様なら何か知っているんじゃないの」  オニキアは僕の傍に座る片倉さんを見た。 「アランとの会話を少し聞かせてもらったわ。何で黒野って人が、暗黒騎士ダークナイトの能力を身に付けているの?」  続いて、西木さんと赤田さんも言葉を投げかけた。 「試合が終わるまで聞くまいと思っていましたが、そろそろ教えて頂けませんか」 「シーズンが始まってデタラメ続きだ! 鐘刃はあなたのことを神であると言った! それに……それに……」  赤田さんはライトを守る、マスターマミーのヒロを見た。 「この事態が何故起こったのか! 我々プロ野球人は全てを知る権利があるッ!!」  拳を握る赤田さん、それを見た僕達は一斉に片倉さんを見た。 「最初は私の気まぐれから始まった」 「気まぐれ?」 「私は初代オーナー、天堂一茶からの付き合いだ」 「ええっ!?」  なんと片倉さんは、天堂オーナーの祖父からの付き合いだというのだ。  僕達は端的であるが、片倉さんに全てを教えられた。  自分は神として旅行気分でこの世界に来たこと。その時に一茶さんと出会ったこと。  そして、野球という人間が生んだ素晴らしいスポーツの存在を知ったこと。 「私はメガデインズを強豪チームにしたかった」  神の時代、片倉さんはチームに有望選手を集めるため、片っ端から異世界の勇士達を野球選手として転生させていったとのことだ。  身体能力に優れる異世界の住人ならば、すぐに野球に順応し、チームは強くなっていくのではないかと。  その真実を聞かされたメガデインズメンバーは沈黙する。 「……命と魂を弄んでいませんか?」  僕は小さくそう述べた。  片倉さんの事情を知るに、気持ちもわからないでもない。  人間との友情を結び、その願いを叶えてやりたいという純粋な思いだ。  だけど、神がそんな自分の都合で生命を利用していいはずがない。 「だから罰を受けた――私は人間へと転生したのだ」 「人間……?」 ――バシッ! 「ストライク!」  主審の声と鋭いミット音が響いた。  メガデインズの攻撃は、7番の神保さんから始まっていた。

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