――カン! 「ホンマにバットを上から叩きつけたらアカンやろ!」 「あ、ああ……」 入団記者会見も終了し『キャンプ』というものが控えているらしい。 それまでの間、僕はマリアムに連れられバッティングセンターという場所で経験値稼ぎを行う。 ここで基本的なスキル【バッティング】を習得中させるとのことだ。 「バットを水平に出さんかいな!」 アドバイス通りにバットを水平に出すが、ボールを真上に打ち上げてしまう。 どうも上手くいかない。 「体を開くのが早い! ヘッドが下がっとる! もっと後ろ軸足に体重をかけて!」 色々とアドバイスを受けるがチンプンカンプンだ。 マリアムに、パソコンという不思議なアイテムでプロの打撃映像を見せられた。 ……が形しかマネ出来ない。 「だからバットを上から叩け…… それさっきの大根斬りやろ!」 だんだんと混乱してきて型が崩れていく。 そういえばこいつ、状態異常魔法が得意だったな。 まさか僕に混乱や幻惑呪文をかけていないだろうな。 「アカーン! もう隣の小学生の方がメッチャ打っとるやん!」 ふと左を見ると、年端もいかない男の子が見事なまでに打っている。 「勇者が子供に負けてどないすんねん!」 「うっ」 ザコモンスターのアルセイスにボロカスに言われる勇者。 僕はだんだんと勇者の自尊心が削られていく気分だ。 「ガキんちょに打撃指導か」 後ろからどこかで聞いた声がすると思い振り返った。 河合さんだ。赤い革のジャケットに、黒のズボンという出で立ちだった。 「お前さんのツレ高校生っぽいな。あんまり連れ回すと職務質問されるぜ」 河合さんの雰囲気は、以前出会った盗賊に似ている。 軽い感じながらも、そこはかとなく油断がならない。 「だ、誰や!」 「河合さんだよ。僕と同じギルドメンバーの」 「それを言うならチームメイトだろ」 河合さんはヘラヘラと笑っている。その態度にマリアムもムッとした様子だ。 「何しに来たんや」 「別に俺の勝手だろ」 そう述べると僕の右隣のボックスへと入った。 そこは左打席専門、河合さんは左バッターのようだ。 赤い皮手袋を付けた手でバットを握り、鉄の箱へとコインを入れた。 「お前さん力み過ぎなんだよ。バットは最短最速を意識し、ボールを真芯で捉えりゃいいんだ」 河合さんは膝を深く曲げ折りたたむように構えた。 バットは体にひきつけ立てている。そこには力感が全くない。 「ボールを引き付け……バットを振る時はコマみたいに回れば――」 ――カン! 「いいだけだぜ」 河合さんはボールを次々と打ち返す。 右、真ん中、左……見事なまでに打ち分けていた。 「凄いルーキーが入ったもんやな……」 僕もマリアムも河合の動きに見とれていた。 優雅な舞を踊るようにバットを振りボールを打っていった。 その動きはまさに職業踊り子だ。 「参考になったかい?」 「……は、はい」 河合さんはバットを直すと僕を見て言った。 「オヤジがお前のこと気になってるらしくてな」 「オヤジ?」 「お前が入団テストの時に投げてただろ」 「あっ!」 そう言えば思い出した。 僕が打撃の試験をする時に投げていたおじさんだ。 あの人は河合さんの父親だったのか。 「相も変わらずデタラメなフォームで見てられん。少し指導してやったぜ」 それにしても、河合さんはどうして僕がここにいると知っているんだろう。 「どうしてここが?」 「色んな伝があるのさ」 意味深なことを呟き、河合さんはニヤリとするとボックスから出た。 そして、マリアムの頭を軽くトントンと手を置いた。 「じゃあな、名コーチ殿」 「ムッ!」 それだけ述べると河合さんは口笛を吹きながら後にした。 突然現れてのアドバイスだったけども参考になった。 「なるほどな」 コインを再び入れてスキル習得の再開だ。 河合さんの言ったように力を抜いて構える。 バットを棍棒と意識し過ぎて肩に力が入り過ぎていたのだ。 「ボールを引きつけ……」 ギリギリまでボールを引きつける。 狙いはボールの真ん中だ。 「コマを意識して打つ!」 バットを振る時はコマを意識して回転! 「何やねんあいつ! 失礼なやっちゃな!」 ――カン! 「あ、当たった」 アドバイスが効いたのか。 僕は打ったボールの行方を見ていた。 ☆★☆ 僕達はクエスト通商に戻った。 店の二階ではマリアムが一人で怒っている。 「あの河合ってヤツなんやねん! 調べたらコネ入団疑惑出とるやないか!」 ずっとパソコンというアイテムを使っている。 河合さんにからかわれたことを根に持っているようだ。 「ボールを引きつけ……」 「ムカツクから誹謗中傷の書き込みしたろ。『期待値低すぎ。頑張っても守備要因くらいにしかならないでしょうね』……っと」 「コマを意識して打つ!」 「ちょい……さっきから部屋の中で素振りすんなや」 僕は黙々と素振りをしていた。 河合さんのアドバイス通りにしたらスムーズに振れた。 この感覚を忘れないようにしたい。 「外でしなはれ」 「でも外は雪が降っているし……」 「うるさい! うるさい! さっさと出んと毒魔法かけるぞ!」 「わ、わかったよ」 ハァ……うるさいやつだ。 僕は仕方がないので下へ降りることにした。 一階では店じまいをしたオディリスが黒い飲み物を飲んでいる。 「マリアムは何をプリプリ怒っているんだい?」 「いや、まあ色々あって」 「ふーん……それよりも大変なことが起きちゃったよ」 オディリスは神妙な顔つきになった。 一枚の紙を取り出した。新聞というアイテムだ。 「これがどうかしたんですか?」 「面白い記事があったんだ」 オディリスがパラリとめくると……。 ――京鉄バイソンズに女性選手が誕生! オニキア・ワイス選手と正式合意! 「こ、これは!?」 見覚えのある顔だった。 彼女は仲間だった賢者オニキアだ。 「彼女は確か……」 「君と同じく死んだハズだ。それに蘇生も出来なかった」 「それがどうして……」 「分からないから困っているんだ」 僕はバットを握り込む。死んだ彼女が何故? 手にはこの寒さなのに、熱さと汗が出ているのを感じた。 「すみません。少し外へ出ます」 「どこに行くんだい?」 「練習ですよ」 僕はそのまま店を後にした。 オディリスは飲み物を口しながら何やら言っていた。 「むう……僕の趣味で与えたクエストだけど、S級難易度になりそうだな」
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