勇球必打!
ep132:窮鼠猫を嚙む

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 僕の頭にハテナマークが浮かび出た。 「ホグミ?」 「知らないのかよ。ホッグスくんの妹的な存在だぞ」  安孫子さんがそう解説してくれた。  ホッグスくんには妹がいたのか……マスコットだけど。 「そんなキャラクターいたんですか」 「一応いるにはいるんだよ、でも滅多に公の場に出なくてよ。出たとしてもファン感謝デーの登場だ」 「そ、そうなんですか」  それはわかったとして何故ホグミちゃんが? 「この試合が終わるまでは大人しくしてもらおう」  ホグミちゃんから声が聞こえた。  若い女性だ。  着ぐるみから声を放つなんて珍しい。  しかし、どこかで聞いたような? 「ふ、ふふっ……貴様がいたとは思わなかったぞ」  黒野トロイアの口調は強気ながらも焦った様子だ。 「お前がいるということは、あの『決斗の神』もいることになるな。しかし、あいつは一対一での勝負事が……」  黒野トロイアは、まだぶつぶつと言っている。  一塁から離れないことにイラだったのか、ホグミちゃんの口調がきつくなった。   「無駄口はいいから戻れ。ブッ飛ばされたいのか?」 「う、うぬゥ……!」  見えないオーラというか圧を感じる。 「か、神のパシリがエラそうに」 「聞こえてるぞ!」 「くっ……」  塁上の黒野トロイアは歯軋りしている。  しかし、あいつは何も出来ない。 「お、覚えていろよ」  如何にもな捨て台詞を残し、黒野トロイアは自軍のベンチへと戻った。  その姿は何か怯えているようにも見える。 「デ、デーモン0号様……ま、まさか震えていらっしゃるのですか?」  ベンチで田中が声をかけた。  心配する様子を見せている。  だが、黒野トロイアはそんな田中をどやしつけた。 「馬鹿者! これは武者震いだ!」 「も、申し訳ございません」  武者震い。  そうじゃない、あのホグミちゃんに恐怖したのだ。  ドラゴンを前にするスライムのように体をぷるぷると震わせていたのだ。  僕にはわかる。  あれこそ、圧倒的な強者を前にする震え……未熟だった頃の僕が体験した現象だ。  それにしても……。 (隙がない……)  そう、隙がなかった。  ただ立っているだけなのに威圧感がある。  魔王以上の強さを感じたのだ。  あのイブリトス以上の――。 「審判、再開プレイボールだ」 「あっ……は、はい!」  ホグミちゃんの呼びかけに審判は応じる。 「プレイボール!」  ともあれ試合は再開だ。  一方の黒野の母親は、不安な顔でBGBGs側のベンチを見つめる。  息子が邪神トロイアに乗っ取られたのだ。  無理もない……。 「秀悟は……あの子は、プロになれたことだけでも奇跡でした」  祈っていた。  何か呟いているようだが聞き取れない。  その傍らには、ホグミちゃんが立っている。  黒野の母親の話を聞いているようだ。 「秀悟は昔からプロ野球選手になるのが夢……高校の野球部は弱小で注目されませんでしたので、自分で複数球団のテストを探し受験しました」 「だが、どれも不合格だった」 「はい……あの子はそれほどなかったのです」 「野球の才能か……」 「はい、それでも懸命でした。プロがダメなら、大学や社会人、独立リーグの強豪チームの入団テストを受験したのです」 「結果は?」 「全てが不合格。普通なら、そこで諦めるでしょうがあの子は諦めなかった。そして、最後のチャンスとばかりに受けたのが、メガデインズの入団テストでした。弱小球団なら合格するだろうという甘い想いで――」 「母の予想はこれまでと同じく〝不合格〟であるハズだったが」 「〝合格〟してしまったのです」 「一意専心――だけでは片付けられぬだろう。お主の息子の執念は願となり、邪神を呼び寄せた……この世界の真なる依り代として選ばれたのだ」 「秀悟は助かるのでしょうか?」 「勇者が助けるであろう」  2アウト……。  後一人で決着だ! ☆★☆ ――ワアアアアアァァァァァ!  歓声が瞑瞑ドームに木霊する。  人間、魔物とそれぞれが応援するチームを鼓舞する大声援だ。 『後一人! 後一人となりました!』 『マンダム――泣いても笑っても……ワンアウトで試合は終了だぜ』  マウンドに立つ僕は打者を見る。  ブルクレス――僕の仲間だった戦士だ。 「負けるわけにはいかぬ」  ブルクレスはそう呟いた。  バットはいつもより短めに持っている。  長打は狙っていない、ミート重視の打法。  何とか塁に出ようという強い意志を感じる。 「俺が出て……次につなげる!」  昔のブルクレスじゃない。  フォア・ザ・チームに徹している。  それは彼だけじゃない。 「いけーいッ! ブルクレスゥ!」  デホがベンチから気合を出す。  もう彼らは昔のように独りよがりじゃない。  野球を通して――試合を通して――成長したのだ。 「頑張って! 後一人よ!」  今度は自軍ベンチからオニキアが気合を出す。  独りよがりじゃないのは僕達も同じだ。  僕達も野球により人間として成長出来た。  それぞれが自チームのために勝とうと必死だ。 『最後の打者かもしれないな』  村雨さんが優しく声をかける。  まるで守護神のようだ。  野球の守護神……。 『でもね、ここで気を抜いてはいけない。この世界には〝窮鼠猫を嚙む〟という言葉がある』 「窮鼠猫を嚙む?」 『追い詰められたものが、土壇場で力を発揮することわざさ』  ……油断はしない。  鳥羽さんのサインは低めへのチェンジアップだ。  僕はコクリと頷き、第一球目を投げた。 「ストライク!」  ワンストライクを取った。  よし……まずは一つ。 「ボール!」  続いて、高めへのストレート。  これはボール球でいい。  目線を上をあげることで、三振までの方程式を組み立てる。 「アラン! 絶対に勝とうな!」  マリアムの声が聞こえた。  不思議なものだ。  マウンドと客席はあんなに離れているのに聞こえる。  思えば彼女とは色々なことがあった。 「集中だ」  僕は自分に言い聞かせる。  勝負はまだ終わっていないのだ。  しっかりと集中しないと……。 「ふぅ……」  左打席に立つブルクレスは息を吐いている。  彼もまた集中していた。  ここで凡退してはゲームセットだからだ。 「アラン!」 「はい!」  鳥羽さんはサインを出した。  2本指を立てるサインは『勇者の虹アラン・レインボー』! 「はあああぁぁっ!」  僕は気合を込めて投げた。  ストライクゾーンからボールになる変化球。  大振りするブルクレスなら……。 「ぬん!」  案の定振った。  これで空振り三振で――。 ――カツーン! 「なっ!?」  引っ張られた。  悪球打ち……。  それでも低めに決まったのだ。  ゴロにさえなれば仲間が――。 ――グオン!  打球はラインドライブかかった弾丸ライナー。  ファーストの元山の頭上を抜けようとする。 「うおおおっ!」  元山はジャンプするが、 『抜けたアアアアア!』  打球は抜けた。  一塁線ギリギリを通る。  長打コースだ……。 「勇者の虹アラン・レインボー破れたり」  二塁上のブルクレスは不敵に笑っていた。  ツーベースを打たれたのだ。 「投げると思ったよ。お前は新しい技を覚えるとすぐに使うからな」 「ブ、ブルクレス」 「ヒロとの勝負でボールの変化を見ていた。来る球さえ理解わかれば、どのようなボール、コースが来ようとヒットに出来る自信がある」  僕の新変化球を打った。  それもボールゾーンの低めに投げ込んだのに。  何という打撃技術だ。  ブルクレスは、この試合でプロ野球選手としても成長したようだ。 「――窮鼠猫を嚙む」  僕はその言葉を深く噛みしめる。  ツーアウト、二塁。  一打出れば同点、 (ホームランなら……)  逆転。

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