白い光と黒い光がドーム内で混ざる。 鐘刃が投げた黒い回転とスペンシーさんの白い一閃が交錯していた。 「ぬうううゥゥゥッ!!」 肘を外側に抜き、体を開きながらの見事なインコース打ちだ。 しかし、バットとボールが互いに押し合っている。 「消えるがイイイィィィッ!!」 鐘刃の投球モーションは既に終わり、その様子を凝視している。 その表情は絶大な自信から来る傲慢な笑みだった。 そして、勝利を確信したのか……。 「その衰えた体で、我が暗黒の回転を振り抜けるはずがなかろう!」 悔しいが確かにその通りだ。 ブラッドサンダーを応用した魔球ではあるカオスボルグ。 暗黒の力を使った真っスラではあるが、あれは呪文だけに頼った変化球ではない。 元々の鐘刃の身体能力が高いのだろう。目視ではあるがおそらく160キロは越えている。 長年の経験と技でバットに当ててはいるが―― (なんという威力……ッ!) 球威に押されている。 このままでは―― ミシィ……。 バットにヒビが入る。 ミシミシ……。 亀裂音がここまで聞こえる。 「スペンシーさん!」 僕の声にスペンシーさんが答える。 「案ずるな! こんな変化球など――ッ!!」 ミ"シ"ィ"ミ"シ"ィ"……。 「バットにヒビが入りまくっているぞォ! そのままこの世から消し飛べ大僧正ウウウゥゥゥッ!!」 勝利を確信した鐘刃の咆哮だ。 対するスペンシーさんは白と黒の光に包まれながら―― 「我が神聖なる一撃の前に不可能は無しいいいィィィッ!」 ――グ"ワ"ン"! 体を旋回させて振り抜いたッ!! ――メ"シ"ャ"ッ"!! バットが粉々になろうともッ!! ――グ"オ"オ"オ"ン"ッ"!! というおかしな音をたてながらもッ!! 「魔王転生者! 二度とこの世に現れるではない!」 スペンシーさんは自分を信じて振り抜いたのだッ!! ――カ"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ッ"!! 閃光が僕達を包み込む。 メガデインズも……BGBGsも……観客も……。 ドーム内にいる全ての人間と魔物達は大きな光で見えなくなった。 「うぎゃああああああああああァァァ――ッ?!」 誰かの断末魔が聞こえた―― ☆★☆ フッ……。 ボールが空中で浮いていた。 勝ったのは鐘刃か? スペンシーさんなのか? パシッ。 勝負の前に革製の球体――つまりはNPBの公式球をグラブで掴む音がした。 「アウト!」 球審の万字さんの声だ。 どうやら無事だったらしい。 ということはこの打席の勝負は鐘刃の勝利ということだろう。 その前にボールを掴んだのは誰なんだ? やはり鐘刃か……。 「クワカッカッカァー!」 いや違う。鳥の亜人だ。 あいつは――鳥人間のフレスコムというヤツだ。 鳥人という空中を飛べる特殊な体躯を活かしてボールをキャッチしていた。 「むぅ……」 「スペンシーさん!?」 打席にはスペンシーさんはいた、生きてはいたが―― 「最大出力の聖闘気でもダメだったか」 闘気と魔力を使い果たしたのだろう。 鍛え上げらえた太い体は縮まり、急激に老化していた。 腕も、脚も、胴回りも細くなっている、顔のシワは一層刻まれている。 「ハァハァハァ……」 鐘刃はマウンド上で、四つ這いとなり崩れ落ちていた。 ユニフォームは少し破れ、息を乱し、大量の汗をかいている。 その姿を見たアルストファーとゼルマは素早く駆け寄る。 「か、鐘刃様!」 「ご無事ですか!?」 二人の声に鐘刃は伏せたまま答えた。 「危なかった――正直危なかったぞ。命を懸けた一撃は『よきかな』と褒めてつかわす」 そして、鐘刃は立ち上がると高笑いした。 「ハハハッ! この勝負は私の勝ちだ! これで二度と聖闘気を使えまい!!」 よろめきながらも何とか立ち上がったスペンシーさん。 鐘刃を指差し震えながら言った。 「確かにバットで振り抜いた――私はヘッドを向け、ピッチャー返しになるようコントロールさせたハズだ」 「不思議に思うかね?」 「感触は完璧だった。確実に私はカオスボルグを攻略したはずだ」 「ああ……打った。確かに貴様は私のカオスボルグを打ったよ」 その言葉と共に三塁側の内野応援席にいるマリアムの声が響いた。 「ああーっ! う、後ろにおった魔物達がおらへんで!?」 「な、何だって!」 僕はベンチから出てマリアム達がいる応援席を見ると、鐘刃に招待されていたBGBGsを応援する魔物達の一部がいなくなっていた。 どういうことだ……僕が不思議に思っていると鐘刃は言った。 「魔物どもをマウンドに召喚して肉壁にさせてもらった。相当な光の一撃だな、盾にした魔物達の骸を残さず全て消し飛んでいる」 何ということだ。 部下であり、BGBGsを応援する魔物達を盾にしたというのか。 それには二塁と三塁上にいる、安孫子さんやネノさんは怒りの声を上げた。 「な、なんてヤローだ! 自分のチームを応援するファンを何だと思っている!!」 「どこまで汚いヤツなんだ」 「何とでもいえ。勝つことが最大のファンサービスだ」 一塁の国定さんは冷静な口調であるが、 「何がファンサービスだ。生き物の命を何だと思っている」 と手を強く握りしめている。 「ザコモンスターは私の道具に過ぎん。道具をどう使おうと私の自由……ヤツらも私のために死ねて本望だったろう」 魔王転生者の残酷な言葉だ。 魔物を……部下を……命をヤツは道具と言い切った。 BGBGsに選出された魔物達は、鐘刃の言葉を聞いて何とも思わないのだろうか。 グラウンドにいる彼ら――人間であるデホやブルクレスも表情を崩さず一塁ベンチへと戻る。 彼らは魔王転生者に従うのは何故なのか……僕には理解出来なかった。 「結果はスリーアウトチェンジ……次は我々の攻撃だ」 マウンドに残った鐘刃は悠々と自軍ベンチへと歩みを進めている。 その顔は悪びれず勝ちを確信した表情だ。 でもここまで僕達が3-0とリードしている状況は変わらない。 このまま0点に抑え、命を何とも思わない外道には必ず勝たねばならない。 「うぐっ……!」 僕が必ず勝利をもぎとると決意したときだった。 スペンシーさんが打席で倒れてしまったのだ。 マックスで繰り出した聖闘気の代償は大きかったのだ。
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