勇球必打!
ep63:呼吸はリズム

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 僕とスペンシーさんは三塁ベンチに戻った。  西木さんと赤田さんが心配そうな顔をしている。   「二人ともどうしたんだ」 「何かやられたのか?」  二人の言葉にスペンシーさんはウインクする。 「ボス、我々は大丈夫だ」    僕達はチームの要だ、こんなところでケガか何かでリタイアしたら戦力が大幅に削られる。  それにチームメンバーも少ない。  ここで9人以上グラウンドに立てなければ、以前のサタンスカルズ戦のような没収試合となる。  あの時は僕達がルール上の勝利を得たが今度は逆の立場だ。  そんな悔しい負け方だけはしたくない。 「行こうか」 「はい」  スペンシーさんに促され、僕はマウンドへと向かう。  オディリスに与えられた、このセイントドラゴンをはめる。 (それにしても……)  一歩一歩踏み出しながら守備につく内野陣を見る。  やはり心配なのは安孫子さんとスペンシーさんだ。 「ひなてぃ……」  何があったのか分からないが、安孫子さんの動きはいつものようにキレがなく―― 「ファイトだ!」  いつにもなく、スペンシーさんが大きな声を出している。  先程のグラビティフォールによる抗重力でのスイングでダメージを負った影響だろうか。  声を張り上げることで、気を保っているように見えなくもない。 「大丈夫だろうか」  二人とも守備の構えが何だか様になっていない。  腰高の姿勢が少し気になるのだ。  それに僕が言った『大丈夫だろうか』は二人に対するものではなく自分自身の事だ。  ブラックメガデインズから鐘刃四天王戦まで連投に次ぐ連投だ。  肩は少し重く、腰の筋肉が張っているが―― 「アラン! NPBの命運を賭けた闘いや!! 気合を入れるで!!」  バッテリーを組むドカがそう述べるとボールを投げた。  僕はガッシリとボールを受け取り、白球を凝視する。 (余計なことを考えちゃいけない。皆から教わったものを実践しなきゃ)  『弱気は最大の敵』だ。  連戦で疲れているのは皆も一緒、僕達は負けるわけにはいかないんだ。 ☆★☆ 『1回の裏! BGBGsの攻撃は一番ショートのゼルマ!!』 『小柄だが油断しちゃならねえ。あの体つきは本物だ』 『え……ま、まさか、ブロンディさん……』 『バ、バカ野郎! 俺が言いたいことはそんな変態コメントじゃねえ! あの足だ、足の太さを見ろ!!』 『あ、足ですか?』 『それにケツもだ!』 『あ、あのう……』 『マンダム! いい女とバッターってのはケツと足の筋肉が発達している!』 『あなたは〝むっつりスケベ〟ですッ!!』  さて……1回の裏はショートのゼルマというアルセイスから攻撃が始まる。  マリアムと同種族の魔物だ。顔も彼女と似ていて少しやりづらさを感じる。  左打席に立ち、バットのグリップを胸の前まで下げている。  内側へと絞り込むような構えは内に秘めたパワーを感じさせる。 (油断ならない)  それが僕の率直な感想だ。 ――タラララ~ッ♪  どこからともなく不思議な音が聞こえる。  ゼルマが打席に立つと同時に奏でられた金管楽器の音色だ。  三塁側の内野席で観戦する天堂オーナー達が周囲を見渡している。 「な、なんだ? なんだ?」 「音が流れてる……」 「トランペットの音かしら?」 「上手な演奏ですゥ」 ――チャラララ~♪ チャッチャッチャ~♪ チャラララ~♪ 「あ、あそこや!」  マリアムがライト側スタンドを指差している。  僕が振り返り見るとそこには異形の応援団がいた。 「ゼルマ! ゼルマ!」 「ここまで飛ばせよゼルマ!」 「かっ飛ばせー! ゼルマ!!」  いつの間にやら魔物の軍勢がライトスタンドに大挙していた。  旗を振り、メガホンを叩き、トランペットや太鼓を奏でる。  つまりは魔物の応援団だ。 「こ、これは……」  僕が驚いていると、森中さんが言った。 「アレだけじゃねェ! バケモンの気配をまだ感じるぞ!?」  それに応じるように鳥羽さんが答えた。 「か、観客席を見ろ!」  ドーム内の観客席に魔法陣が次々と出現。  そこから現れたのは、スライムやゴブリンあるいはワーウルフといった魔物達だ。  突然の招かれざる観客達、BGBGsの選手兼任監督プレイングマネジャーである鐘刃が説明した。 「異世界から私が招待した観客達だ」  一塁側ベンチ中央に陣取る鐘刃。  魔王転生者に相応しい闇の闘将たる堂々たる態度だ。  それと同時に魔物達の野次が飛んでくる。 「やれ! 人間どものチームをやっちまえ!」 「勇者をブッ飛ばせ!」 「ゼルマ! ピッチャー返しや!!」  僕達は改めて敵陣にいることを自覚する。 『ドーム内でゾンビに出会った時から改めて気付かされます! 私達は実にRPG的な! ファンタジー的な! 異世界的な空間に紛れ込んでしまったのですッ!!』 『こいつァ……メジャーでも日本でも感じられなかった殺伐とした空気感だぜ』 ――スッ……  僕は冷たい殺気を感じた。  殺気を出しているのはバッターボックスのゼルマだ。  バットの先端を僕に向けている。 「さっさと投げろ」 「言われなくとも」  グラブのボールを強くも柔らかくも握る。  ここまで連投で疲れがあるが、逆にそれでいい。  疲れこそ脱力の源、体をムチのようにしなやかに投げれるはずだ。  そう……脱力した柔らかくも鋭い『綿中蔵針』を意識するんだ。  僕はレアチズ山の洞窟での特訓を思い出していた。 ☆★☆ 「さて……Lessonの開始だぜ」 「レ、レッスン?」 「これから野球選手……いや大事な力の使い方を教えてやる」  兎角さんがニヤリとしている。  大事な力の使い方とは何だろうか? 「まず俺が講師だ。クリアすると次のステージに上がれるぜ」  気付くとネノさん達がいなかった。  この最初の試練をクリアしなければならないということか。  おそらく与えられるイベントを順当にクリアすると洞窟から出られる、お約束的なシステムだろう。  兎角さんはデッドラビットの転生者らしくピョンピョンと飛び跳ねている。 「早速だが一緒に走ってもらう」 「えっ?」 ☆★☆ 「ハァハァ……」 「おいおい、もうスタミナ切れかい?」  僕は洞窟内で兎角さんとの特訓を行っていた。  何周も同じコースを走る地獄ランである。 「俺は毎日100球以上も野手陣に投げているんだぜ。打撃投手以下の体力じゃあ、この先が思いやられる」  洞窟内の空気は薄く苦しい。  何時間こうやって走り続けているのだろう。  意味のない練習だ――その考えを見こされたのか兎角さんが呆れながら言った。 「スタミナは基礎中の基礎能力だ。基礎体力ヒットポイント無しにスキルも魔法もねェ」 ――シュバ……  一緒に走りながら兎角さんは煙草を吸う。  そんな肺に悪そうなものを嗜んでいるのに何で息が上がらないんだ。 「ゼェゼェ……」  僕の呼吸方法が変わる。  肩で大きく息を吸い始めているのが自分でも分かる。 「うっ……」  僕は頭がフラフラとしてきて、道の途中で倒れ込んでしまった。 「こんなところで寝るなよ」  兎角さんは回復アイテムである『生命樹の雫』を使用。  精力の源を作り出す生命樹の樹液が僕の口に入る。  みるみると体力が回復した僕は意識を取り戻した。 「詰んだ状態だな。ゲームオーバーより質が悪い」 「す、すみません」 「ネノ達の試練はこんなもんじゃねーぞ」  洞窟内での特訓はまだ序の口ということか。  終わりの見えないイベントに気を落としていると兎角さんが言った。 「呼吸のやり方が間違っているんだよ」 「呼吸?」 「そうだ」  兎角さんはピョンと飛び跳ねる。 「力を込めたいときは息を止める!」  兎角さんはピョンピョンと飛び跳ねる。 「 逆にリラックスしたいときは大きく深呼吸!」  そして、ふかし終えた煙草をオシャレな携帯灰皿で処理した。 「呼吸はリズムだ。ホレ走るぞ!」

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