勇球必打!
ep61:ミスショット

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――ささやき戦術。  それは敵チームの打者に話題を振りかけ、集中力を削ぐ心理戦のことである。  持ちかける話題は配球やちょっとした挑発、全く野球とは関係ない日常の会話まで様々。  特に野球とは全く関係のない話題……これが相手にとっては非常に厄介だ。 (何で俺が秋葉原にいたことを……) 「スキャンダルはNG♪ アイドルはいつだって清楚なの♪」  アルストファーは突然歌を口ずさんだ。 「でもでも♪ パンドラの箱を空けるのが正義なの♪ ゴメンねファンの皆さん♪」 「そ、それは……」 「私って本当は悪い子なの♪」 「それはブービーアイドルの『パンドラを知る』じゃねェか」  『殺し屋ジョー』という物騒なニックネームを持つ安孫子譲。  世間ではクールでニヒルなイメージを持たれている。  だが、それは本人の努力により作り出された虚像のキャラだった。 「今度、日本橋で公演があるらしいですね」 「そ、それは本当か! 吸血鬼くん!?」  安孫子譲はアニオタでドルオタだった。  最近ハマっているのは、女性アイドルグループ『ブービーアイドル』。  推しのメンバーは村岡陽茉璃ひなり、ひなてぃの愛称で呼ばれる身長153センチのミニマムフェアリーである。 「ええ……ひなてぃから直に教えてもらいましたから」 「じ、直に?」 ――ポト…… 「おっと! 彼女の写真を落としてしまいました」 「こ、これは……ひなてぃ!」 「二人で深夜の密会デートした時に撮った写真です」 「デ、デート? なんで?」 「聞こえませんでした? ならばキッチリハッキリ言いましょう] ――スゥ……(息を吸うアルストファー) 「ひなてぃは私の彼女です」 ――ズガガッ! 「おぐわあああッ!?」  痛恨の一撃!!  安孫子の精神は999のダメージを受けた!!  安孫子の心は死んでしまった。 ☆★☆ 「安孫子さん! 安孫子さん!」  打席で三振し、ベンチでグッタリと項垂れる安孫子さん。  僕は必死に呼びかけるも返事がない、生きているがただの屍のようだ。  安孫子さんに何があったというのだ。僕だけでなくチームの皆が心配そうな顔をしている。 「ジョーさん、しっかりしてくれよ」  ネノさんがそっと傍によった。  今回はDHがないため外野に回されているが、公式戦では二遊間を組む二人だ。  相棒の異常事態を、ネノさんはかなり心配している様子だ。 「何故ど真ん中のボールを見逃したんだ。それにさっきから――」  安孫子さんは終始虚ろな目をしている。 「ひなてぃ……」 「ひ、ひな?」 「2つしかくれないの……握手券……ボクはたくさん欲しいのに……」 「あ、握手券?」  元山が困惑するネノさんの肩をポンと叩いた。  同じ元北海道カムイのメンバーとしてか、はたまた同じ野球選手としてか。  その瞳からうっすらと涙を浮かべている。 「ゲッ〇ーの隼〇を意識したキャラを演じることで支えてきた自我。その実――一度も彼女がいなかったと解した今―――」 「も、元山、あんた何言ってんだ」  ネノさんの言葉に、元山はシリアスな顔で答えた。 「カミングアウトしよう。カムイ時代のジョーは、一部選手の間ではアニオタでドルオタで有名だったんだ」 「それが何だってんだよ」 「まあ聞け、ジョーがぶつぶつ言っている『ひなてぃ』っていうのは、ドハマりしているアイドルの名前だ。俺は開幕前、そのひなてぃが謎の男と密会デートしている画像をSNSで発見してしまってな」  元山はアルストファーを見て言った。  その顔は苦々しく、親の仇を見るような表情だ。 「似ているんだよ、ひなてぃと熱愛報道されている男に……ジョーは彼女の理想とする『クールでニヒルな男性』になろうとするために頑張ったのだが……」  拳を握り涙を流す元山。  そんな元山を見て、ベンチの端に座るオニキアが言った。 「何であんたもアイドルの事を知ってるのよ」 「は"う"わ”!?」  何でもない忘れよう――  さて、試合の方だが、次は2番の国定さんがバッターボックスに立つ。 「マントを羽織ったままですか、大魔導師ハイウィザード殿」 「……」 「無視ですか」  国定は魔凛のマントを羽織ったまま静かに構える。 「非常に脱力された良き構えですね」 「……」 「集中なされているようで」  マスクを被るアルストファーも同じく静かにサインを出す。  ピッチャーマウンドに立つ鐘刃、投球モーションに入ると……。 ――ブン!  内角への直球だ。 「ストライク!」  不思議な事にそのフォームはサイドスロー。  安孫子さんの時はオーバースローで投げていたのに、突如として変則投法だ。 『サイドでの内角ギリギリをついた!』 『左対左にとっては死角からのボールは恐怖だぜ』  左投手対左打者の闘い。  左打者の国定さんにとって、サイドから投げられるボールは背中から来るので恐怖だろう。  対戦相手により、変則的に様々なフォームを使いこなす鐘刃。  体の強さや器用さがなければ肩や肘を壊す、常人では無理な投球スタイルだ。  それを易々と使いこなす……人間の体ながら、魔王の強さを持つという証明か。 (伝説的な大魔導師ハイウィザードゾージュ、その転生者である国定よ。神の悪戯によって選ばれたお前が……)  鐘刃は再び投球モーションへと入る。 (どの程度の力を秘めているのか……) ――ブン! (見せてもらおう!)  再びサイドからの速球を内角に投げ込まれる。  大胆な配球、魔族の王であったものの驕りか、2球続けての内角への直球。  打てと言わんばかりのボールなのは間違いない。 (甘い! 我が『ライジングストーム』にて振り抜かせてもらう!!) ――カツーン! 『引っ張った!』  一二塁間の早いゴロ。  普通ならば、抜けていてもおかしくないボールなのであるが―― 「シィッ!」  セカンドを守るデホが逆シングルに捕獲。  素早く一塁のブルクレスへと送球する。 「アウト!」 「くっ……」  国定さんはセカンドゴロ、これでツーアウトとなった。  ベンチにいる僕達は、惜しい当たりに悔しがった。 「上手く引っ張ったと思ったのに」 「あの弁髪野郎、巧い守備している」  森中さんと鳥羽さんが悔しがる中、オニキアは少し険しい表情で国定さんを見ていた。 「何故『ライジングストーム』をしなかったんですか」 「……」 「私との対戦した時のように、合成魔法をバットに練り込ませれば――」  ベンチに戻って来た国定さんは、バツの悪そうな顔をしている。  何があったのだろうか。 「上がらなかった」 「えっ?」 「ストライクゾーンに来る球を『ライジングストーム』で捉えたが『飛ばしたのは低い打球』だ。『私の魔法撃がヤツのボールに力負けした』というこの現実……」  国定さんは悔しそうにマントを掴んでいた。 「魔凛のマントを装備し、万全に挑んだつもりだったが――」  バットに魔力を注ぎ込んでの一撃を振ったが、ボールに力負けして打球が上がらなかった。  僕達からすれば惜しい当たりだったが、国定さんからすればミスショットということか。 「大魔導師ハイウィザードもこの程度か……」  ロジンバッグに手をやる鐘刃。  冷たくも険しい目で、次の打者を見つめている。 「大僧正アークビショップ……貴様には借りがあったな」  次はスペンシーさんの打順だ。

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