ドラフトという会議を終わった翌日、僕は不思議な乗り物に乗っていた。 四角い鉄の箱で、車というものらしい。 マリアムの話では、この世界の馬車のようだ。 この世界にも馬車はあるのだが、既に古いアイテムとして扱われているとのことだ。 「よっしゃ、ここで降りるか」 この車という乗り物を運転しているのはマリアムだ。 僕はマリアムと同じように、ベージュのハンチング帽とダークブラウンのエプロンを装備している。 「ボチボチ始めるか」 マリアムはそう述べると、車から降りた。 僕はどうしていいか分からず眺めている。 「眺めとらんと、あんたも店の商売を手伝うんや」 僕はマリアムに注意される、そうは言っても車の扉の開かない。 盗賊のカギか魔法のカギが必要に違いない。 「えーっと、どこかにカギは……」 「あーっ! もう!!」 マリアムはプリプリとしながら車の扉まで行き開けてくれた。 どうやら取っ手状のものを動かせば開く仕組みらしい。 「いつになったら、この世界の常識になれんねん」 文句を言われても困るのが正直なところだ。 僕はこの世界に来て間もないのだ。 「ホレ、さっさと車の後ろから商品出しなはれ」 「はい」 僕はテンプレ的な返事をすると商品を取り出しにいく。 クエスト通商の商品を売る行商だ。 旅の商人には世話になることが多かったが、まさか自分がなるとは。 僕は黙々とミソという茶色い壺や、スムージーなるポーションのようなアイテムを道に並べる。 「今日は売りまくるで!」 背伸びしながらマリアムは気合を入れていた。 その姿はまるで道具屋のようだ。そんな彼女を見てふと疑問に感じた。 「そういえば、マリアムが何で神に仕えているんだ」 アルセイスは森のダンジョンで出てくるザコキャラだ。 そんな魔物が何故、神に仕えているのか気になったのだ。 マリアムはフゥと息を吐き、人差し指を立てて説明し始めた。 「ある日、経験値稼ぎでザコ狩りしとった女冒険者と出くわしてな。そいつに運悪く出会って半殺しや。アカン、と思った時に命を救ってくれたのがオディリス様やねん。それ以降、あの方に仕えるようになった」 ちょっと素朴な疑問を感じる。 わざわざ神様がザコキャラのアルセイスを助けるのだろうか。 「あの人は気まぐれな神様やで」 マリアムはそう答え、僕達は淡々と商品を並べ終える。 ひと段落済んだので、僕はもう一つ質問することにした。 「もう一つ質問をいいかい」 「ええで」 「何でこの世界にオディリスはいるのか、マリアムは知ってる?」 僕にはもう一つ疑問がある、この世界に何故オディリス達がいるのだろうか。 神として僕がいた世界の監視もせず、どうして異世界にいるんだろうか。 「一言でいうと趣味やな」 「しゅ、趣味?」 「オディリス様は異世界巡りがマイブームでな。色々な異世界を巡ってるうちにここに来た。この世界で行われる野球というゲームを大層気に入ってもうたという話や」 なるほど異世界巡りが趣味か。 それにしても何でまた野球なのか。 「さぁ商売開始や。あんたもしっかり働いてもらうからな!」 「は、はい!」 ☆★☆ 「こ、このコカトリスエッグのクッキー下さい」 「ありがとうございます。350ゴールドになります」 (ゴ、ゴールド?) 売り上げは好調だ。 何故か若い女性ばかりに売れるのが謎であるが。 傍で会計をするマリアムがじっとこちらを見ている。 「イケメン効果バツグンやな」 「えっ?」 「あの人、素敵じゃない」 「外国の人かしら……」 「超カッコイイ♡」 いつの間にか女性の集団が列をなして並んでいる。 何にせよ、お客さんがこんなに来ているのはいいことだ。 「ずっと、こっちの世界におってもええかもな」 マリアムはニヤニヤ笑っている。 どことなく目がゴールドマークに見えなくもない。 「おう……あんたが碧アランか」 突然だった。 お客さんの列に、フードを被った男が割り込んだ。 ビスタ色の服に白いズボン。靴は黒い革靴だ。 「見た目は優男だな」 男の眼光は鋭い、肩幅も広く筋肉質だ。 背中には何か黒い剣袋を背負っている。 どこかの戦士だろうか。 「誰よアンタ!」 「急に割り込まないでよ!」 何人かの女性客は男にブーイングだ。 そりゃそうだろう、列の割り込みはご法度。 だが、男は悪びれず女性客に逆ギレだ。 「やかましい! 俺はコイツに話しとるんじゃい!」 「ひっ……」 男の剣幕に押され女性客が怯んだ。 僕は勇者として、男の蛮行を見過ごすことは出来なかった。 「やめろ、この人達に危害を加えるな!」 「フン……ちょいと顔が良いからって、活躍しないうちにチヤホヤされやがって」 「僕に何の用だ」 「ふふっ!」 すると男は剣袋から棍棒を取り出した。 野球で使用するバットだ。 ということはこいつの職業は……。 「野球戦士!?」 「いや……ソレ違うやろ」 マリアムの突っ込みが入りつつも男は続けた。 「キサマに男と男の決闘を申し込む!」 回りがざわめき始めた。 イベントの発生だ。 「決闘?」 「そう決闘。方法は1打席のみの野球勝負」 すると男はバットで何かを指した。 公園らしき広場がある。 よく見るとそこには小さなコロシアム、つまり野球場があった。 そこで戦闘をするのだろうか。 どちらにせよ、周りの人達に迷惑をかけないか心配だ。 「おもろそうやん。 その話のったで!」 「お、おい勝手に……」 マリアムが勝手に話を承諾してしまった。 男はそれを聞くと上機嫌だ。 「ハハッ! そこのマネージャーは話が早くて助かる」 イベントはそのまま進んでしまった。 イベントバトルのスタートだ。男の目的は何なんだろうか。 僕は流されるまま、男の後について公園へと向かった。 「見せてもらうぞ、碧アラン。君が投手としての可能性があるか」 「誰やおっさん?」 「ん……私はスカウトの……」 後ろでマリアムが誰かと話す声がしたがどうでもよかった。 僕は男の背中から発せられる気迫を肌で感じていた。 針で刺すような闘気、こいつは只者ではない。
コメントはまだありません