勇球必打!
ep110:神の投球

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 左中間のライナーを捕ったオニキアだが、 『ボールは離さずのド根性! まさに壁際の魔術師! ですが――』 『マンダム――超ファインプレイだがヤベえぞ』 『ブロンディさんの言葉の通り!オニキア選手――フェンスに大激突しましたッ!』  ぐったりとして動かない。  加速させた体を硬いフェンスにぶつけたのだ。無事であるはずがはい。 「オニキア! オニキア!」 「うっ……ううっ……」  僕が駆け寄るとオニキアの目が開いた。よかった……意識はあるようだ。 「大丈夫かい?」 「な、なんとか……」  オニキアは気丈にそう述べるが、目の焦点は合っていない。  脳震盪でも起こしたのだろう。 「アラン! オニキアの様子はどうだ!?」 「国定さん!」 「フム……」  国定さんはオニキアを見る。 「プレイが出来る状態ではなさそうだな」 「えっ!?」  プレイが出来る状態ではない――その言葉を聞いてオニキアは言った。 「わ、私はまだやれます!」 「――無理をするな」 「いいえ! 私は――」  オニキアは立ち上がろうとするが―― 「あ……ッ……ッ……」  膝から崩れ、その場にへたり込んでしまった。 「わ、私……」  オニキアは両手を見ていた……。  おそらくは脳震盪の影響がまだ出ているのだろう。  目がぼやけているか、二重に見えるか……。 「国定さん、ボヒールで回復を……」  僕はそう述べるも、国定さんの表情は暗い。 「念のためやってはみるが……」 ――ボヒール! 「立てるか?」  国定さんはボヒールを唱え、オニキアに語りかけるも返事はない。  そのまま、項垂れて地面を見るだけだ。 「やはりか……」 「やはり?」 「ボヒールは体の傷を癒す効果はあっても、脳震盪のような意識レベルは低下までは治せない」 「それじゃあ……」 「交代させた方がいい」  交代――その言葉を聞いたオニキアは僕のズボンの裾を掴んだ。 「私はまだ闘えるわ! こんなところで……」  必死な懇願だった。しかし、国定さんは厳しい口調で言った。 「ダメだ。あまり無理をすると命に係わるかもしれん」 「それでも私は……このままじゃあ悔しすぎる! 今度こそ……今度こそ最後まで戦って……」  オニキアは涙を流していた。  イブリトスとのラストバトルを思い出していたのだろう。  彼女は途中で戦闘不能となり、かつ死の恐怖で心が折れ、命乞いという行為をしてしまった。  苦い経験があるのだ――最後まで戦い抜きたい気持ちがあるのは十分にわかるが……。 「オニキア、君は十分にやったよ。休んだ方がいい」 「アラン、あなたは何を言っているの!? 控えに誰がいるっていうのよ!」 「そ、それは……」  僕は黙ってしまった。  確かにオニキアの言う通りだった。僕達はギリギリの人数で試合をしている。  スペンシーさんやドカが欠けた中、もう控えの選手は使ってしまって―― 「私がいるよ。これでもコーチ兼任選手だし」 「神保さん!?」 「い、いつの間に……」  そこには神保さんが立っていた。  気配を感じさせなかった、神出鬼没に僕達外野陣の前に立っていたのだ。  この感覚、やはり神保さんは―― 「私が投げよう。湊にはレフトに回ってもらう」 「あ、あんた何を言っているの! 私はまだ……」 「頑固な子だね。女の子は無理せず休みなさい、コーチからの命令だよ」 「コーチ? 言っとくけど、私はあんたのことなんか――」  オニキアが何かを言いかけたが、そのまま意識を失った。 「えっ?」 「ちょいと古典的な当身をした」  神保さんは、オニキアを抱きかかえるとニッコリと笑う。 「もう監督の許可は取っている。後は任せてよ」 「神保さん……やはりあなたは……」 「私はただの人間だよ。それよりも、この回はしっかりと抑えて逆転しよう」 ☆★☆ 『何ということでしょう! マウンドには神保錬が立っています!』 『ベテラン左腕の投球――この回はしっかりとゼロにしておきたいもんだぜ』  マウンドには神保さんが立っている。  レフトには湊が守備に就き、オニキアは少し回復したようでベンチから戦況を見守っている。  ダメージはまだありそうだが、最後まで試合を見届けたい気持ちが強いのだろう。 「くっ……」 「オニキア、お前はよくやった。あの打球を止めたことで流れが変わるかもしれん」 「あ、赤田さん……」 「今は見守ろう。それが我々に出来るチームへの貢献だ」 「はい……」  一塁側、BGBGsのベンチは盛り上がっているようだ。  黒野の鼓舞する声がこちらまで聞こえてくる。 「兎にも角にも逆転だ。このまま、打って、打って、打ちまくるぞ!」 ――ウオオオオオオオオオオッ!  盛り上がる魔の軍団――黒野が人間であっても変わらない団結力。  魔物の世界は弱肉強食だ。強者に従うというのがシンプルなルールだ。  そんな中、ブルクレスとデホが何やら話し合っていた。 「オニキアのヤツは大丈夫なのか」 「心配なのかい?」 「そういうお前は?」 「質問を質問で返すなよ」 「ふっ……敵を心配するほどには余裕ということさ」 「そういうこったな。勢いと流れは完全に俺達だ」 「なァ……デホよ、勝った後はどうする?」 「その質問はフラグだぜ」 「まァ聞けよ。そろそろ俺達も身の振り方ってヤツを真剣に考えないといけないと思ってな」 「俺達には新しい勇者様がいるだろ? あの大将について行けば、道が開けてくるさ」 「そう……だな……」  黒野の登場以降、流れも変わり遂に逆転。  チームに最高の指揮官が現れたことにより、BGBGsに運気が向いて来ている。 「神保さん――あなたの力で魔の勢いを止めて下さい」  自然とそう述べてしまった……。  他力本願ではある。それでも神保さんにはここを抑えてもらうしかない。  試合は終盤――必ず逆転して僕達が勝利し、人々の手にプロ野球を取り戻させて見せる。  観客席からはマリアムと天堂オーナーの声援が飛んでくる。 「オラ―ッ! 今までサボってたんやから、しっかりと投げるんやぞ!」 「神保君! 君の老獪ろうかいなピッチングに期待してるぞーっ!」  神保さんは静かにマウンドに立っている。  頭は俯いている、見ているのはボールだろうか? 「この肉体でどこまで投げられるか……いや闘るしかない!」  その時、僕は神保さんを見つめる誰かの視線を強く感じた。 (お前の正体はわかっている悪戯の神よ。憑依するその体でどこまで……)  片倉さんだ。 『ピッチャー振りかぶって!』  そして、始まった神保さんの投球が――バッターは6番のレスナーだ。 「クククッ! ワンポイントのロートルめ!」 (ロートル? とんでもない! 私の投球は――) 『投げたッ!』 「神の投球なのだ!」 ――グワン!  風を切る音が聞こえた……投げたのは縦に落ちるスライダーだ。 「ストライク!」  アウトコースに決まった。それも構えた位置にしっかりと……。 「な、何ィ!?」  バッターボックスのレスナーは驚いた表情をしている。  それは僕達も一緒だ。シーズン中に見なかったボールのキレと勢いがあった。  とてもじゃないが、力が落ちたベテランが投げるような球ではない。 (私が考えたスキル――【律動調息法】【精密樹械】【緩急剛柔】を発動させてもらった)  マウンド上の神保さんは飄々としたままだ。  読めない――この相手を人を喰ったような雰囲気はまさしく。 「オディリス!」

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