勇球必打!
ep14:不穏

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 2月も終わりが近づく。徐々に実戦練習が増えてきた。  今日は紅白戦だ。僕は白組で守備についている。 「そっちにボール飛んだぞ!」  セカンドの河合さんから大きな声をかけられる。  平凡なフライだ。これなら――― ――バシッ! 「うわっ?!」  センターが瞬足を飛ばして横取りした。もう少しで交錯しているところだ。 「危ないじゃないか!」 「おっと……スマンな」  謝る男はウルフ上田、同期入団のチームメイトだ。  僕と同じ育成選手だが、監督の評価はウルフの方が高いらしい。 「イノ、ボールが高いぞ」 「打たれても抑えりゃいいだろ」  あそこのピッチャーマウンドにいるのは猪俣完至。  彼もまた同期入団の育成選手だ。 「ダーッ!」  顎が長く、投げるたびに吼えるのでうるさい。重い威力のある直球が武器の投手だが制球が悪い。  この間、打撃投手を務めてくれたが、僕の時だけ頭に何球もボールが飛んできた。  あまりにも制球が悪すぎたので、交代させられてしまうほどだ。 「一軍へ上げろというのか」 「実はオーナーがうるさくてな」  守りも終え、ベンチへ戻ると西木さん達首脳陣が話し合っている。 「まだ技術的に……」 「上からの命令は逆らえんさ」 「ううむ」  僕は西木さんと目が合った。  こちらへツカツカと歩み寄る。 「碧、3日後に一軍だ」 「はい?!」 ☆★☆ 「狐坂こさか五味ごみ……聞いたか?」 「聞きましたぜ紅藤田さん」 「アランが一軍昇格らしいっスね」 ――ニヤ…… 「お前らどう思う」 「育成の分際で生意気っス」 「パイセンの教育が必要だ」 「そう教育が必要だよね♡」 ――コッコッ…… 「どうやって教育を?」 「だからロッカールームに来たんじゃないの」 ――キィ…… 「いいか。アランのロッカーにお前らの財布を入れて――」 ――ガタガタ…… 「何顔を青くして震えてンだ。これまで俺達はルーキーを――」 ☆★☆ 「忘れ物?」 「ああ……大切なものを忘れているぞ」  練習が終わり休憩していると、ウルフからロッカーに忘れ物があると言われた。  大切なものって何だろう? 僕は急いで球場に戻るも殆ど人はいない。  寂しい廊下を歩き、僕は一人ロッカールームまで向かうと――― ――ギャアアア!  断末魔の叫びが確かに聞こえた何かある……。  僕は急いでロッカールームに入るが誰もいない。だが不思議な事に、僕のロッカーが少し空いていた。  僕はとりあえず中を確認するが何も入っていない。 「忘れ物なんてないじゃないか――ん?」  焼き焦げた匂いがする。それも何かを焼却した嫌な匂い。  匂いの方角はグラウンド、僕は意を決して向かった。 (何であいつらが……)  そこにはウルフと猪俣が腕を組んで立っている。不思議に思い僕は話しかけた。 「こんなところで何をやっているんだ」 「生ゴミの処理さ」  ウルフが静かに言った。 「どういうこと?」 「あそこを見な」  猪俣が何かを指差した。  なんとそこには、倒れた紅藤田の姿があった。僕は急いで駆け寄った。 「大丈夫ですか?!」  体中に打撲、あるいは爪のようなもので引き裂かれたあとがある。  紅藤田は既に事切れていた。 「そんなまさか……」 「アラン、後ろや!」 ――バーストボム!  火属性と雷属性の合成魔法バーストボム。爆炎呪文で強力な威力がある。 「ッ?!」  僕は間一髪逃れるも、紅藤田の亡骸は消し飛んだ。  それにしても誰だろう、声が無ければ危ないところだった。 「ボケっとしたらアカン!」  振り返るとマリアムがいた。  何故かキモノという服装になっている。 「お前、何でこんなところに」 「それよりもあっちや!」  マリアムがウルフと猪俣を指差した。  二人の様子がおかしい。 「もう少しで殺れるところだったのによ」 「運のいいヤツだ」  一体こいつら……。 「ネットでいくら調べても、ルーガルー学園やら鹿児島オークスの公式ホームページが見つからん!こいつら経歴詐称しとるで!!」 「それは――」 「勇者様も一緒だろ!」  二人の身体が変化した。  ウルフは銀色の毛並みを持つワーウルフ。猪俣は黒い巨体のオークとなった。  二匹とも亜種の突然変異型……何か特別な魔法やスキルを使用するに違いない。 「何故この世界に魔物が!?」 「消えてもらおう!」 「脳天カチ割ってやるぜ」  人間に擬態して紛れ込んでいたのか。どうやってこいつらは来たんだ。  僕がこの世界に転移し、入団テストを受けた時には既にいたのか?  では、誰がそのことを知っているのか……。  いやそんなことはどうでもいい――何か武器を。 「ダーッ!」  オークが襲って来た巨体に似合わない素早い動きだ。  拳を振りかぶり僕の頭を狙って来た。  僕はバックしてひらりと身をかわす。オークの鉄拳が地面を打つと小さなクレーターが出来ていた。 「俺は武闘家の特技とスキルを身に付けたオークだ!」  自慢げに拳法のポーズを取っている。 「殺したのはお前達か」 「正確には三人だぜ。コノヤロー!」 「な、何だと?!」 「お前をおびき寄せようと思い、嘘をついて待機してたが、愚かな人間どもに姿を見られてな。口封じに殺した」  三人……。  紅藤田だけではないのか。 「薄汚ねェ人間に化けるのも楽じゃねぇぜ! くらえィ! ブロウアロー!!」  オークが武闘家の特技【ブロウアロー】を繰り出す――。 「ダッシャアアア!」 「許さん!」 ――セイントフレア!! 「ごふァ!?」  聖属性の最上級魔法セイントフレア。聖なる炎が邪悪なるものを焼き焦がす。  零距離から魔法攻撃を受けオークは塵になった。 「覚悟しろ」 「ぬ、ぬゥ……だがこの魔導の力を授かった――」 ――スキル【投擲】発動! 「ぐぎ?!」 「さっきボールを拾っててな」  僕はボールをワーウルフの鼻めがけて投げ命中。ヤツの鼻からは血が流れ眼は血走っていた。 「ゆ、許さん! 絶対に許さんぞ!!」 ――ファイアーショット!  アランはひらりと身をかわした。 ――フリーズジャベリン!  アランはひらりと身をかわした。 「こ、これならどうだーっ!!」 ――バーストボム!  アランはひらりと身をかわした。 「バ、バカな」 「誰に教えてもらったか知らないが、つまらん呪文だな」 「ク、クソ! こうなったら!」  追い詰められたワーウルフはマリアムの方を見た。  まさかマリアムを! ――エアカンダス!  ワーウルフは風属性の補助魔法であるエアカンダスを唱えた。  狙いはもちろんマリアム、素早い動きで彼女を捕獲した。 「う、うわ! 離さんかい!」 「魔物の面汚しめ。人間如きに協力しやがって」 「やめろ!」 「動くな! 動くとこのアルセイスの首を引き裂くぜ!!」  ワーウルフは鋭い爪をマリアムの首元に当てる。  僕が少しでも動くと喉元を引き裂くつもりだろう。 「いいか、じっとしろ……じっとしろよ」  マリアムを人質にジリジリと僕に近付く。 「お前は動くな。やっとテメェを殺せるぜ」  そういえば守備でのあわや交錯、打撃練習での頭部への投球。  今思えばワザとやっていたのか、僕に危害を加えるために。 「誰の差し金だ」 「知ってどうする」  マリアムは恐怖で顔が引きずっている。  口を震わせながらも言った。 「うちに構わんと、このワン公を……!」 「黙れ! 後でお前は――」 ――ゴッ! 「グギャ?!」  誰かは分からない。木製のバットがワーウルフの背中へと投げ込まれた。  投げた方向を見るが誰もいない。 「今だ!」  ワーウルフがひるんだ隙にマリアムを救出する。  そして、僕は落ちているバットを拾った。棒状のものがあれば何でもよい。  これさえあれば――― 「そんな攻撃力の低そうな武器で――」 ――闘気斬!  僕はバットに闘気を込め袈裟懸けに振り下ろした。  闘気は自由に変えられ刀のように鋭くすることも出来る。 「グルァ!?」  ワーウルフの体から鮮血がほとばしる。  僕は戦闘バトルに勝利した。

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