勇球必打!
ep106:正捕手奪還

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『徳島凡太! 倒れ伏すッッ!! 救護班の手で丁重に救護室へと運ばれて行きます!!』  ゴブリンスタッフの手により担架で運ばれるドカ……。  赤田さんが必死に呼びかける。 「しっかりせんかドカ! ドカァーッ!!」  やはりカイザートロルレスナー一撃タックルは強烈だった。  それでもボールを離さなかったのはプロの意地か―― 「これでチームの要はいなくなったな」  デーモン0号が西木さんを見ている。  そう――チームの司令塔であるドカがいなくなったのだ。  ここまでチームを裏で支えてきたのはドカだ。その彼がいなくなった……。 「…………」  西木さんは帽子を深く被り直す。  野球がフィールドに出れるのは9人、控えにはオニキアがいる。  だが彼女は投手だ。野手なんて―― 「外野は私がいくわ!」 「でも君は……」 「アラン、これでも私は賢者よ。エアカンダスで素早さを上げれば外野の守備くらい!」  なるほど。  素早さを上昇させるエアカンダスで守備範囲を拡げれば、投手の彼女でも外野を守ることが出来る。  あの呪文は魔力の消費も少なく燃費もよい。西木さんもそれがわかっているのか静かに頷いた。 「まかせた」 「ええ!」  次はキャッチャーは誰が守るのかという問題になる。 「奪還するときが来たようだな」  鳥羽さんだ。 「元々俺が正捕手だ」  そうか。  リード面に難があるのと打撃を買われてファーストを守るようになったが、元々メガデインズの正捕手は鳥羽さんだ。 「ま、待てよ!」  代理捕手が決まったところで待ったがかかった。元山だ。 「外野が埋まってるじゃねェか!」  レフトは元山だ。  オニキアが守るということは外野の誰かが内野に回らなければならない。 「あんたはファーストよ」 「ファ、ファースト!?」 「ポジションはどこでも守れるんでしょう」 「また便利屋かよ。これではカムイ時代と変わら――」 「ぶつくさ言わない!」 「は、はい!」  オニキアの一喝で元山はビシッとする。……あいつ完全に尻にしかれているな。  ともあれ、これで選手の交代とポジションの変更は決まった。 ☆★☆ 『5回の裏! とんでもない形で徳島選手が退場!! ここまで8-7とメガデインズがリードしておりますが ……次は2番のデホ選手ッ!!』 『マンダム――意外と一発のある選手だからな。ここは初球の入り方に注意したいもんだぜ』  5回の裏――ツーアウト満塁で打席はデホだ。 「絶対に打たせてもらうぜ」 『構えるデホ! 松之内打法ではなくなっているぞ!?』 『見るところコンタクト重視のようだな』    デホの癖のあるフォームはなくなっていた。  バットを横に寝かせるコンタクト重視の構えだ。  サインを出す鳥羽さんがジッとデホを見ている。 (試合の中で成長しているな。2番なのにバットを振り回してたヤツが――)  ミットの位置は外角――アウトローに構えている。 「おっ! 困ったら外角かよ!」 「鳥羽ちゃんのわかりやすいリードだぜ!」 「(鳥羽が)あんなリードしているからな。でも(湊でも)一緒やった。何か細工せんと」  ライトスタンド席からの野次が耳に入る。  鳥羽さんは西木さんに一度はキャッチャー失格の烙印を押されている。  理由は外角一辺倒のリード、配球を読まれやすいので相手チームは対処しやすいのだ。  でも今の鳥羽さんは違う。言葉には出来ない――何というか構えるミットに自信が漲っているというか。 『湊! デホへ第一球を投げましたッッ!』  湊が投げた! 「パームボールか!」  外角へ投げたのはパームボール!  緩い球を投げる勇気のあるリードには賞賛を送りたいが―― 「打ちごろだぜ! 右に流させてもらうぜェ!!」  松之内打法による大振りは辞めたデホだ。バットをボールにコンタクトしやすい。  それに鳥羽さんのリードの傾向は『ピンチになれば外角に投げる』というもの。  おそらくは既に相手チームにそのデータが入っていることだろう。  更に湊がパームボールを得意とすることは、アルストファーとの対決で知られている。  コースと球種さえわかれば対処はしやすい……。 「聖闘気セイクリッドドライヴだか何だか知らねェがッ!」 ――特技【タイガーフィンガー】!  デホは指先に闘気を込める!  聖闘気セイクリッドドライヴのパワーに対抗しようというワケか! 「打たせてもら――」 ――ククッ……!  緩く変化するパームボールだが変化量が少ない! ――コッ! 「な、なんだと!?」  僅かだがバットの芯を外した。  ボールはたかだかとドーム球場の上空へと舞っている。 「元山さん!」 「お、おう!」  湊の声に元山が反応、しっかりとボールを見てキャッチする。 ――バシッ! 「アウト!」 『満塁の絶好のチャンス! 一点差止まりで6回へと突入しますッッ!!』  デホをアウトに打ち取った――僕はホッと胸を撫で下ろした。  しかし、一体何を投げたんだ? あれはパームボールではないのか? 「て、てめぇ! 何を投げさせた!?」 「ストレートだよ」 「ス、ストレートだと――そんなバカなハズがあるかよ!」  デホは悔しさのあまりバットをへし折った。一方の鳥羽さんは淡々とした表情だ。 (俺とてずっとファーストに甘んじるつもりはない。球聖の村での修業期間、OBから『リードのいろは』を一から学び直した。味方の投手の持ち味を活かすにはどうするのかのな)  鳥羽さんは湊とハイタッチする。 (湊のキャンプから二軍の試合、プロ初先発からの投球をずっと分析してわかった。こいつは緊張した場面になると球がナチュラルにおじぎしたり、スライド回転する――それに球質は重いから打たれたしても、真芯で捉えなければ長打される心配はない。これは一つの『個性』であり『武器』だ。湊の得意とするパームボールと併用すれば面白いリードが出来る)  ドカは倒れてしまったが、メガデインズには生まれ変わった新たな司令塔がいる。  正捕手に再び戻った鳥羽さんがいれば―― ――ズッ! 「うっ!?」  な、なんだ? 一瞬、体に倦怠感が……。 ☆★☆  場所は変わり、ここは瞑瞑ドームに設置された救護室。  ベッドには倒れたスペンシーや徳島ドカが寝ている。  敵である人間ではあるが『命に貴賤なし』――それに力で鐘刃をねじ伏せ、新たなNPBコミッショナーとなったデーモン0号の命令もあった。  彼らをポーションなどの異世界アイテムで治療を受けていたのだ。 「じっとして下さい!」 「離してくれ!」  ナースのコスプレをした女妖魔が老紳士を止める。  老紳士の名は片倉国光――メガデインズのスカウトであり『ラウス』という名の神であった男だ。 「私は急いでアランに伝えねばならんことがあるのだ!」 「ちょ、ちょっと!」  片倉はどうやら意識を回復させている様子。  女妖魔の静止を振り切り、救護室から出て行った。 (あの愚か者め、過多なレアスキルの実装は体にバグを起こすことを知らんのか)  片倉は紫色の病衣を着たまま足早に駆ける。向かう先は三塁ベンチだ。

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