ラウスと天堂の運命的な邂逅。 天堂はこの不思議な男、ラウスこと『片倉』に更なる興味を持った。 「あなたはどこから来られたのですか?」 「えっ……し、神……」 うっかりさんのラウス、バカ正直に神界と答えようとした。 神界と言ったら、この天堂という人間はドン引きしていたであろう。 頭のおかしい人間であると……。 「新宿ですか」 せっかちな天堂、しんという韻だけで片倉が新宿から来たと思った。 アクロバティック解釈だった。 その早合点さが、天堂一茶という男の良い部分でもあり悪い部分でもあった。 「そ、そう、シンジュク」 ラウスは取り合えず合わせることにした。 変に否定するとマズいと思ったからだ。 「新宿と言えば東京……そんなモダンなところから来られたんですね」 「トウキョウ? モダン?」 「片倉さん、あなたを是非ともお連れしたいところがある」 「へっ?」 ☆★☆ ――カーン! 連れて来られたのは『ブレイブ球場』という小さなコロシアム。 『ヤキュウ』という白い球を使った対戦型遊戯が行われていた。 ラウスは座席に座り『アイスクリーム』なる冷たいお菓子を食し観戦していた。 「あんまり盛り上がってねェな」 観客は驚くほど少なかった。 空席が目立つほど入場者が少なかったのである。 「これからお客さんが入るようにしますよ」 天堂という人間は本気だった。 「私は人々に勇気と希望を与えたいんです」 ☆★☆ 天堂は言った。 『この世界では大きな戦争があった』と。 街は焼野原となり、多くの死傷者が出て家族を友人を恋人をなくした人々……。 絶望であった、明日へ望む光を失っていた。 「そ、そんな……」 天堂も同じだった、戦争から命からがら戻って来て待っていたのは残酷な現実。 家を失った、財産を失った、父と母を失った、弟を失った、親友を失った、思い出を失った。 ――あらゆるものを失った。 ポッカリと空いた心、それでも人は生きねばならない。 闇市でコソコソと働きながら何となく生きる毎日。 そういう生活を続けるうちに街は復興、戦争の記憶は薄れている。 日々の生活も何となくではあるが豊かになって来た。 「何だかなァ」 この頃の天堂は玩具屋で儲けを出していた。 天堂は元々大工職人で手先が器用、闇市での物品販売の合間に子供用の玩具を気休めに作ったところ好評となったのだ。 「そもそも何で玩具なんぞ作ったんだ」 だが、天堂の心は満たされなかった。 「ちょいと店長さん、何を浮かない顔をしているんだい」 女性従業員が話しかけてきた。 「君か……」 何でも東京を焼き出され、流れ流れるうちに関西に流れついた女性だ。 「私は何でこんな商売をやっているんだろうか。儲けたいなら不動産業、何なら金貸しでもよかったんじゃあないかと」 「何を今更言っているんだい。あんたの作った玩具を盗もうとして私は捕まったんだよ」 「むむっ……」 店の商品を万引きしたところを現行犯逮捕。 20歳近くになるこの女性が、何故子供用の玩具を盗もうとしたかは分からない。 しかし、この女性は天涯孤独であることは理解した。 天堂は哀れに思ったのか、彼女を店の従業員として雇い入れたのだ。 「そんなことより野球が始まるよ、甲子園でさ!」 「はっ? 野球、興味ないね」 天堂は野球に興味がなかったが……。 「どうせヒマなんだからいいでしょう」 「え、ええ……!?」 無理矢理、手を引っ張られる天堂。 今日は甲子園で戦地から復員した職業野球人達の東西対抗戦があるのだ。 「早くしなよ、ボヤボヤしてると席が埋まっちまう!」 「お、おおい! 私は野球なんぞ……」 ――カツーン! ――バシ! 乾いた打球音、炸裂した投球音。 多くの人々が娯楽を楽しんでいた。それは老若男女問わない。 人々の笑顔が……子供達の笑顔があったのだ。 「これだ!」 天堂は大声で叫んだ。 「な、何なのさ」 突然の声に女性は目を丸くする。 「私が玩具を作った理由だよ!」 「はァ?」 「人々が無くした笑顔や希望を取り戻したかったんだ!」 女性の手をグッと握る天堂。 「ありがとう! ありがとう!」 感謝の言葉と気持ちを何度も呼びかける。 ――フッ…… 女性は静かに笑った。どこか頬を赤らめている。 「アタシの兄は職業野球の選手でね」 「えっ? 何ですかいきなり」 「女の子の話はじっくりと聞くもんだよ」 口調はきつく感じるもどこか優しい語り口だった。 天堂は静かに聞くことにした。 「あ、ああ……君のお兄さんが職業野球の選手で?」 「結構活躍したんだよ、アメリカの選手にも絶賛されるくらいの人でさ。そんな兄だけど実力を鼻にかけず、謙虚でおっとりとした性格でね。よく近所の子供達と遊んだり、小さい弟や妹に玩具を買ってくれた優しい人だった」 女性の目が潤んでいく。 「そんな兄も南方で死んだ……それに家族も皆……」 どこからか女性は白い球を取り出した。 「東京は焼け野原になり、アタシに唯一の残されたのはコレだけ。今日という日に来れて本当によかった」 「そうか……」 センチメンタルな感情となり席に座り直す天堂。 そんな天堂に女性は言った。 「まだ話の続きはあるよ」 「ん……」 「アンタの玩具を盗もうとした理由」 女性は百万ドルの笑顔を浮かべている。 「この白いボールと一緒、アンタの作った玩具には夢や希望が詰まって輝いて見えたのさ。自信を持ちな、アンタは本当にいいものを作っている」 彼女の名は村雨雪花、後に天堂の妻となるのは言うまでもない。 そして、天堂商店はいつしか『ハズレ』という社名に変更。 由来はハズレという如何にも縁起のない名前を持ってくることで、人へのインパクトを与えると共に幸福は不運の後にやってくるという意味合いで妻が名付けた。 「白いボールと一緒か」 天堂はこの東西対抗戦を機会に野球にドハマりする。 店……いや会社も大きくなるうちに財を成し天堂は遂に動く。 ――人々に勇気と希望を与えたい。 その想いを胸に念願の球団経営に着手するのであった。 ☆★☆ 『四番 ライト 空下 背番号3』 「やったれメガデインズ!」 「今日こそ勝利を!」 男も女も、若者も老人も―― 「空下さんだ!」 「ホームラン打って!」 そして、子供達も……皆が必死に声を上げ、固唾を飲んでいる。 応援する人間達は〝体〟を〝心〟を 〝魂〟を出せるもの全てを使い声援を送っていた。 『ここブレイブ球場、浪速メガデインズ対どんたくレオンズの一戦。ここまで9回の裏〝3-2〟でレオンズがリード。ピッチャーは海崎、ここまで完璧な投球内容であります。対するはメガデインズの4番空下、一塁に伝田を置きましてホームランを打てばサヨナラの場面であります』 ――フッ…… 『ピッチャー海崎』 ――グッ…… 『第一球を……』 ――ブン! 『投げました』 ――カツーン! それは美しい放物線であった。 ソラシタなる人間が打った球はまごうことなき『虹』だった。 「美しい」 ラウスはポツリと呟いた。自然と出た言葉だった。 「は、入るか?」 「いや流石に……」 疑心暗鬼の言葉を出せるほどに滞空時間の長い打球。 後で聞いた話、メガデインズなるギルドは弱小チームで現在8連敗中。 夢も希望もない状況ではあるが、突如チームに『空下浩』という若者が現れた。 この若者は一軍の檜舞台に上がると打った、打って打って打ちまくった。 チームの勇者……それが空下という男であった。 『グングン伸びます! どうだ……どうだ……』 ――ガコン! 『は、入った! サヨナラ! サヨナラであります!』 ――ワアアアアアアアアアア!! 小さい球場が歓声に包まれる。 老若男女問わず互いに抱き合い、笑い、あるいは泣く者もいた。 「な、何だ……何なんだコレは」 ラウスの言葉に天堂は笑って答えた。 「野球さ」
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