勇球必打!
ep124:スタンドの母

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

――湊ッ! 湊ッ! 湊ッ!湊ッ! 湊ッ! 湊ッ! ――後一人ッ! 後一人ッ! 後一人ッ! 後一人ッ! 後一人ッ! 後一人ッ! 『交差する両軍の声援!』 『俺の肉に、骨に、血に響き渡るぜ……これぞ死闘の緊張感』  スコアは8-9の一点差。  場面は9回表、ツーアウト一三塁。  1点――1点入れば同点で試合は振出しに戻る。 「やってやる……!」  バッターは3番の湊。  右投げ右打ちの彼は右打席で構える。  この打席では白いマントは脱いでいた。 「僕の見つけた野球技術だけで!」  肩に力が入っている、緊張しているんだろう。 「フフフッ! こいつを仕留めればゲームセットだ」  マウンドの黒野――いや黒野ではない〝あいつ〟は不気味に笑っている。  3番に入るといえど元々は投手の湊だ。  打撃には期待できない、と考えるのが普通だろう。  でも……。 「湊なら絶対に」  ポツリと僕は呟いた。  湊なら打てる、そう確信していた。 「さて……安牌としても油断は良くない。こいつはあの鐘刃バカからヒットを打ってるからな」  マウンドのあいつは投球フォームに入った。  クイックモーション、盗塁をさせないための技術から、 「まずは暗黒球ブラッディボール!」  負の力を込めたストレートを投球が投げ込まれる。  黒い塊ボールは、田中の黒いキャッチャーミットへと吸い込まれるように入った。 「ストライク!」  審判からのストライクコール。  まずはストライクを取られた。 ――後一人ッ! 後一人ッ! 後一人ッ! 後一人ッ! 後一人ッ! 後一人ッ!  そのストライクコールで魔物達の後一人コールが強まる。 「おや? 湊、聖闘気セイクリッドドライヴは使わないのか」 「使わないさ……!」 「使わない? 使えないの間違いではないのか」 「な、なんだと」 「例えていうならば、どんなに美味いラーメンでも時間経過と共に麵は伸び、スープの油が浮かび、不味くなるのと一緒のことだ。別ルートの勇者といえど、今のお前は塩ラーメンという一般人にすぎない」 「し、塩ラーメン!?」 「お前とスペンシー達と違うところはそこなんだよ。あいつらは前世の力と記憶を濃く受け継ぎ、この世界へと転生して来たが、お前はこの世界の住人としての力の方が濃いのだ」 「ど、どういう意味だ!」 「そもそも、互換性がないのだよ。森羅万象を無視し、別世界の住人に異世界パワーを身につけさせること自体が無理のある話なのだよ」 「え?」 「RPGのデータをスポーツゲームやアクションゲームに使えるか? 使えないだろ。それを無理矢理、力を移植すればおかしくなり、効能が切れるのも不思議ではない。体が壊れ死なないだけでも奇跡だ」 「な、何を言っているんだ」 「おっと……散り行く者に説明しても無駄だったな」  遠くからなのでよく聞き取れないが、これだけは理解わかる。  マウンドのあいつは、湊を完全に見下ろしているということだ。  僕はバットをグッと握る。 (湊、繋げてくれ)  祈るような気持だった。  それは僕だけでない、監督やコーチ、チームメイトもそうだ。  そして、スタンドにいるマリアムや天堂オーナー達、応援団のみんなもそうだ。  がんばれ、打ってくれ湊! 「お次はスイーパー!」 「ス、ストライク!」  あいつのスイーパーが外角ギリギリに決まり、審判からのストライクコールが響き渡る。  これで湊は追い込まれてしまった。 『ストライクカウントは二つ! こ、これで後がなくなりましたッ!!』 『マンダム――試合は終わっちまうのか?』 ――後一球ッ! 後一球ッ! 後一球ッ! 後一球ッ! 後一球ッ! 後一球ッ!  魔物達のコールは後一人から後一球へと変わった。  ツーストライクと追い込まれた……。  後一球、ストライクを取られたら試合は終了、悪の勝利となってしまう。 「これでツーストライクだ。まだまだボール球も使えるし、どう調理してやろうかな」 「黒野様、油断は禁物……ここはボール球を使うべきです」 「わかってるよ、田中。追い込まれた人間は、バッターは無限の集中力を発揮するからな」  手強い……。  何だかんだも言いつつも、あいつに油断というものはなさそうだ。  それもそうだろう、痛烈なヒットを飛ばしたのは森中さんと安孫子さん。  この二人は異世界の住人でも、転生者でもない。  この世界の住人、プロ野球選手だ。 「ボール!」  あいつが投じたのは低めのカーブ。  ストライクからボールへと変化するボールだ。  基本に忠実なボール球を使った盤石の配球。 「ふうふう……」  湊は一球入るごとに生きた心地がしないだろう。  息を乱し、緊張した様子だ。  肩に力が入りながらも、呼吸を整え、自分を落ち着かせようとしている。 「聖闘気セイクリッドドライヴの修行の成果か? やはり油断ならんな。ふうふうと呼吸法を使い、脱力リラックスを作り出そうとしている。甘い球を投げれば打たれるやもしれんな」 「黒野様……」 「心配するな田中。この試合は魔物外野陣の超ファインプレーから、確実に我々の勝利へとなりつつある。次の全力直球で三振を狙い――ゲームセットだ!」 ――後一球ッ! 後一球ッ! 後一球ッ! 後一球ッ! 後一球ッ! 後一球ッ!  後一球コールが響く中、あいつは速いフォームで投じた!  打者のタイミングを外し、三振を狙う型だ! 「さらば! 楽しいゲームだったぞ!」  そう叫んだときだ。 「秀悟!」  微かだが女性の声が聞こえた。  レフトスタンドの方向からのようだが……。 「か、母さん……」  マウンドのあいつはそう言った。  母さん? どういうことだろうか?  それに声も心なしか、黒野の声に戻っているような……。 ――シュッ……!  いや、今はそんなことはいい。  あいつが投げた球種は高めのストレートだが。  とんでもなく遅い、球速はおそらく120キロ前後の棒球だ。 「…………!」  湊は集中してボールを引き付ける。  絶好球、甘い球だ。チャンスボールだ。  この緊張した場面で三流の選手ならば、仕留めそこなうかもしれない。  それに湊は投手だ。  バッティングには期待できないと思われるだろう。  でも、 「もらった!」  湊という男は嘗めてはいけない。 ――カツーン! 『キレイなセンター前ヒット!』 『マンダム! これで同点だ!』  森中さんが本塁と走り抜ける。  これでスコアは9-9の対スコア!  念願の一点をもぎとった! これで試合は振出しに戻った! ――湊ッ! 湊ッ! 湊ッ!湊ッ! 湊ッ! 湊ッ!  レフトスタンドの光の応援団は『湊コール』の大合唱。  ベンチの皆も喜び、一塁の湊はガッツポーズを決めている。 「それにしても……」  僕は周囲を見渡す。  あの女性の声は誰なんだろう?  確かに聞こえたような気がするが……。 「秀悟……あなたが何故こんなことを……」  僕は内野スタンド席に目をやった。  そこには茶色のジャケットに黒いフードを被った女性がいた。  綺麗な女性だ。 「か、母さん」  母さん!?  マウンドのあいつ――黒野はそう言った。  あの女性は黒野の母親だというのか!? 「アラン! 頼んだぞ!」  ベンチの西木さんが熱のこもった声を出した。  次は僕の打席、このターンで逆転の一打を放つ。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません