――湊ッ! 湊ッ! 湊ッ!湊ッ! 湊ッ! 湊ッ! ――後一人ッ! 後一人ッ! 後一人ッ! 後一人ッ! 後一人ッ! 後一人ッ! 『交差する両軍の声援!』 『俺の肉に、骨に、血に響き渡るぜ……これぞ死闘の緊張感』 スコアは8-9の一点差。 場面は9回表、ツーアウト一三塁。 1点――1点入れば同点で試合は振出しに戻る。 「やってやる……!」 バッターは3番の湊。 右投げ右打ちの彼は右打席で構える。 この打席では白いマントは脱いでいた。 「僕の見つけた野球技術だけで!」 肩に力が入っている、緊張しているんだろう。 「フフフッ! こいつを仕留めればゲームセットだ」 マウンドの黒野――いや黒野ではない〝あいつ〟は不気味に笑っている。 3番に入るといえど元々は投手の湊だ。 打撃には期待できない、と考えるのが普通だろう。 でも……。 「湊なら絶対に」 ポツリと僕は呟いた。 湊なら打てる、そう確信していた。 「さて……安牌としても油断は良くない。こいつはあの鐘刃からヒットを打ってるからな」 マウンドのあいつは投球フォームに入った。 クイックモーション、盗塁をさせないための技術から、 「まずは暗黒球!」 負の力を込めたストレートを投球が投げ込まれる。 黒い塊は、田中の黒いキャッチャーミットへと吸い込まれるように入った。 「ストライク!」 審判からのストライクコール。 まずはストライクを取られた。 ――後一人ッ! 後一人ッ! 後一人ッ! 後一人ッ! 後一人ッ! 後一人ッ! そのストライクコールで魔物達の後一人コールが強まる。 「おや? 湊、聖闘気は使わないのか」 「使わないさ……!」 「使わない? 使えないの間違いではないのか」 「な、なんだと」 「例えていうならば、どんなに美味いラーメンでも時間経過と共に麵は伸び、スープの油が浮かび、不味くなるのと一緒のことだ。別ルートの勇者といえど、今のお前は塩ラーメンという一般人にすぎない」 「し、塩ラーメン!?」 「お前とスペンシー達と違うところはそこなんだよ。あいつらは前世の力と記憶を濃く受け継ぎ、この世界へと転生して来たが、お前はこの世界の住人としての力の方が濃いのだ」 「ど、どういう意味だ!」 「そもそも、互換性がないのだよ。森羅万象を無視し、別世界の住人に異世界パワーを身につけさせること自体が無理のある話なのだよ」 「え?」 「RPGのデータをスポーツゲームやアクションゲームに使えるか? 使えないだろ。それを無理矢理、力を移植すればおかしくなり、効能が切れるのも不思議ではない。体が壊れ死なないだけでも奇跡だ」 「な、何を言っているんだ」 「おっと……散り行く者に説明しても無駄だったな」 遠くからなのでよく聞き取れないが、これだけは理解る。 マウンドのあいつは、湊を完全に見下ろしているということだ。 僕はバットをグッと握る。 (湊、繋げてくれ) 祈るような気持だった。 それは僕だけでない、監督やコーチ、チームメイトもそうだ。 そして、スタンドにいるマリアムや天堂オーナー達、応援団のみんなもそうだ。 がんばれ、打ってくれ湊! 「お次はスイーパー!」 「ス、ストライク!」 あいつのスイーパーが外角ギリギリに決まり、審判からのストライクコールが響き渡る。 これで湊は追い込まれてしまった。 『ストライクカウントは二つ! こ、これで後がなくなりましたッ!!』 『マンダム――試合は終わっちまうのか?』 ――後一球ッ! 後一球ッ! 後一球ッ! 後一球ッ! 後一球ッ! 後一球ッ! 魔物達のコールは後一人から後一球へと変わった。 ツーストライクと追い込まれた……。 後一球、ストライクを取られたら試合は終了、悪の勝利となってしまう。 「これでツーストライクだ。まだまだボール球も使えるし、どう調理してやろうかな」 「黒野様、油断は禁物……ここはボール球を使うべきです」 「わかってるよ、田中。追い込まれた人間は、バッターは無限の集中力を発揮するからな」 手強い……。 何だかんだも言いつつも、あいつに油断というものはなさそうだ。 それもそうだろう、痛烈なヒットを飛ばしたのは森中さんと安孫子さん。 この二人は異世界の住人でも、転生者でもない。 この世界の住人、プロ野球選手だ。 「ボール!」 あいつが投じたのは低めのカーブ。 ストライクからボールへと変化するボールだ。 基本に忠実なボール球を使った盤石の配球。 「ふうふう……」 湊は一球入るごとに生きた心地がしないだろう。 息を乱し、緊張した様子だ。 肩に力が入りながらも、呼吸を整え、自分を落ち着かせようとしている。 「聖闘気の修行の成果か? やはり油断ならんな。ふうふうと呼吸法を使い、脱力を作り出そうとしている。甘い球を投げれば打たれるやもしれんな」 「黒野様……」 「心配するな田中。この試合は魔物外野陣の超ファインプレーから、確実に我々の勝利へとなりつつある。次の全力直球で三振を狙い――ゲームセットだ!」 ――後一球ッ! 後一球ッ! 後一球ッ! 後一球ッ! 後一球ッ! 後一球ッ! 後一球コールが響く中、あいつは速いフォームで投じた! 打者のタイミングを外し、三振を狙う型だ! 「さらば! 楽しいゲームだったぞ!」 そう叫んだときだ。 「秀悟!」 微かだが女性の声が聞こえた。 レフトスタンドの方向からのようだが……。 「か、母さん……」 マウンドのあいつはそう言った。 母さん? どういうことだろうか? それに声も心なしか、黒野の声に戻っているような……。 ――シュッ……! いや、今はそんなことはいい。 あいつが投げた球種は高めのストレートだが。 とんでもなく遅い、球速はおそらく120キロ前後の棒球だ。 「…………!」 湊は集中してボールを引き付ける。 絶好球、甘い球だ。チャンスボールだ。 この緊張した場面で三流の選手ならば、仕留めそこなうかもしれない。 それに湊は投手だ。 バッティングには期待できないと思われるだろう。 でも、 「もらった!」 湊という男は嘗めてはいけない。 ――カツーン! 『キレイなセンター前ヒット!』 『マンダム! これで同点だ!』 森中さんが本塁と走り抜ける。 これでスコアは9-9の対スコア! 念願の一点をもぎとった! これで試合は振出しに戻った! ――湊ッ! 湊ッ! 湊ッ!湊ッ! 湊ッ! 湊ッ! レフトスタンドの光の応援団は『湊コール』の大合唱。 ベンチの皆も喜び、一塁の湊はガッツポーズを決めている。 「それにしても……」 僕は周囲を見渡す。 あの女性の声は誰なんだろう? 確かに聞こえたような気がするが……。 「秀悟……あなたが何故こんなことを……」 僕は内野スタンド席に目をやった。 そこには茶色のジャケットに黒いフードを被った女性がいた。 綺麗な女性だ。 「か、母さん」 母さん!? マウンドのあいつ――黒野はそう言った。 あの女性は黒野の母親だというのか!? 「アラン! 頼んだぞ!」 ベンチの西木さんが熱のこもった声を出した。 次は僕の打席、このターンで逆転の一打を放つ。
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