勇球必打!
真のラスボス登場

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「ニ……ニンゲ……ン……メ!」  微かに聞こえる声。  アルストファーは塵になる間際に放った最後の言葉だ。  電光掲示板に映る、マウンド上の湊は表情を崩していない。 『な、何ということでしょう! チームの要であるアルストファーが炭屑と化しました!』 『マンダム――これが文字通り命を懸けた死闘。僅か数分の勝負だったが濃密だったぜ』  一塁ベンチの鐘刃は苦々しくグラウンドを見つめていた。  その隣の田中は、アルストファーが消滅するのを見ておろおろとしている。 「ア、アルストファー様が……」 「愚か者め! 私の嫌な勘は的中した!」 「ど、どういうことでしょうか」 「聖闘気セイクリッドドライヴを扱えるのは神殿騎士テンプルナイト等の一部聖職系職業クラス――そして、勇者!」 「ゆ、勇者!?」 「あの湊という小僧、現れた時にどうも勇者の匂いがした。それも私の知る勇者アランの……まさか湊という小僧は勇者の生まれ変わりではないのか!?」 「アランって、既にいるではないですか」 「あのアランは並行世界パラレルワールドのアランだ! 私の知るアランとは違い、目的を達するためにはどんな手段方法も選ばない『黒い勇気』を持つ勇者!」 「く、黒い勇気?」 「2回の表を思い出せ! アルストファーに挑発されたアランが殺意ある打球を放ったことをッ!!」 「あっ……」 「あの時は冷静を保っていたが、私は心の中では恐怖していた。あの打球がピッチャー返しなら、私は無事でいられただろうか? あのアランは私の知るアランとは違い、ちょいと精神的な脆さがあるがパワーは圧倒的に上だ!」  3回の裏が終わり、僕は三塁側ベンチへと戻る。  少し一塁ベンチを見ると鐘刃の顔が何故か恐怖で歪んでいた。 「想定外! 想定外だ!光と闇の勇者が同時に現れるなどと!!」  鐘刃の異変に気づいたのか。  ゼルマ、ベリきち、フレスコムが心配した様子で話しかけている。 「か、鐘刃様?」 「どうされたのですか」 「お、落ち着いて下さいませ」  チームリーダーの混乱に驚いた様子だ。  鐘刃は慌ててグラブをはめながら何やら言っている。 「田中よマスクを被れ! 他の者共も気合いを入れてプレーしろ! 一つのミスが命取りになるぞ! ここからは全員死ぬ気やるのだッ!!」  何やら一塁ベンチが慌ただしくなっていた。  チームの要がいなくなったためか、それとも下位打線が上手く機能しなかったことの焦りか……。  何はともあれ、次は4回の表。僕達の攻撃だ。  更に追加点を上げてリードを広げていきたいところだ。 「湊、ナイスピッチングだったよ」 「はい」 「次の回も投げるのかい?」 「いいえ、僕は脇役です。次の回は主役であるアランさんが投げて下さい」  僕は湊の言葉を不思議に思いながらベンチに腰掛けた。 ☆★☆ 『碧アラン! 集中して打席に立っております!』  4回の表、先頭バッターは僕からだ。  そして、倒れたアルストファー代わり田中がマスクを被っている。  姿はホブゴブリン、一応は元同僚となるか。  田中は立ち上がりながら言った。 「鐘刃様! 締まっていきましょう!」 「言われなくともわかっておる!」  マウンドの鐘刃は何故か焦った表情をしていた。  これまでの余裕がなくなっているというか……。 「シャッ!」 「ストライク!」  どうしたことだろう。  感情を剥き出しにして投げている。  一球ごとに気合を入れているような感じだ。 「せりゃッ!」 「ボール!」 「なっ……ボールだと!? 今のはストライクゾーンであろう!」  冷静さがない。  急変した鐘刃を見た田中は、タイムをかけてマウンドまで行った。 「感情的になり過ぎです! どうされたというのですか?」 「異常事態……異常事態だ……。一人を相手にするならば容易い。だが二人も勇者が現れては……こんな話ではなかった……神はこのような……」 「鐘刃様……」 「カオスボルグだ! ヤツの顔面に向けてカオスボルグを投げる!」 「カ、カオスボルグ? 故意の死球は退場になりますよ」 「ルールは古式に則り、危険球退場やコリジョンルールは廃止してある! コミッショナー権限でな!」 「は、はぁ……」  田中が戻って来たプレイ再開だ。  腰を下ろした田中はチラリと僕を見て言った。 「気をつけろよ」 「気をつけろ?」 「内角高めにカオスボルグが来る」 「――ささやき戦術か?」 「信じるも信じないもお前次第だ。あいつはもうダメだ」  ダメ?  本当かどうかは分からないが、投げる球種を敵に教えるとは。 「スーパークイック投法だ! 死ねィ!」  鐘刃がクイックモーションで投げた!  まるで不意打ちのような投球!  それも投げるのは―― ――バヂヂヂヂヂッ!  ブラッドサンダーを込めた魔球カオスボルグだ!  黒い渦の回転を伴い迫って来る。 「ジュニア! もうシールレスの効果は消えているハズ! お前のグラビティホールをくらわせてやれ!!」  そうか既にターン数は経ち、国定さんの呪文を封じるシールレスの効果は切れている。  トルテリJr.はグラビティホールが唱えられるはずだ。 「か、鐘刃様!」 「どうした?」 「オ、オイラのグラビティホールが効かないっ!」 「き、効かないだと!?」  カオスボグルが迫る。  内角の高め、僕の頭部付近へとやって来る。  でもこの魔球! 「遅い!」 ――カツーン! 「な、何ッ!?」 「スペンシーさんが教えてくれた内角打ちだ!」  スペンシーさんが打席で見せ教えてくれた。  内角打ちのコツはリラックスさせ肘を上手く抜くこと。  そして、何よりも重要なのは恐怖を克服することだ。 「ぐぬゥ!?」  打球はセンター方向。  鐘刃は投げた後、何故か体勢が三塁側へと流れていた。 『打球はセンター前ヒット!』 「ええでアラン! 安打製造機や!」  ドーム内にマリアムの応援する声が聞こえる。  無事にアルストファーに操られた女性達の元へと行き介抱しているようだ。  席は遠くなったが、マリアムの声が聞こえるほど静かになっている。 「さっきの打球……捕れたよな?」 「あ、ああ……てか避けなかったか」 「オレもそう見えた」 「あのフィールディングが上手い鐘刃様が……」  何匹かの魔物が小声で何か言っている。  僕は一塁ベースを踏みながらマウンドを見つめた。  鐘刃がグラブを見ながら体を震わせている。 「わ、私が避けた……本能的に避けただと!?」 ☆★☆ ――バシッ! 「どうだいアタイの球は!」  その頃、BGBGsのブルペンでは控え投手のリザードマンクィーンのメリッサが投げていた。  いざとなった時のための準備だ。試合は見ていないがメリッサは思った。  「今頃BGBGsが死体蹴りしまくって大量リードを奪っているだろう」と。  そして「鐘刃様は途中で敗戦処理ならぬ、勝利処理でアタイに投げさせてくれる」だろうと。 「ええんじゃないですか」  ブルペンキャッチャーのオーク、バスタはそう答えた。  何がどういいのか具体的な言葉が欲しいメリッサ。  バスタが適当な返答をしたことを即座に見抜いた。 「あんたさ……もう少し気の利いた返答をしな。殺すよ?」 「ぶ、ぶひっ……貴方様の直球はノビ抜群の怪物ストレートです!」 「ヨロシイ返答だ低級種。もう10球投げるよ!」 「は、はい! 」 「アタイのストレートは最強さ」 ――ズチャ……  何者かがブルペンに入って来た。  振り向くと大きな着ぐるみがいる。  元大江戸エリクトのマスコット、マドン。  今はBGBGsのマスコットになっている。 「なんだいカブ野郎。ここはアタイらの――」 ――クリムゾンボルト! 「ぐわぎゃ――!?」  マドンは火属性と雷属性の合成魔法クリムゾンボルトを繰り出した。  直撃を受けたメリッサは骨も残さず消滅する。  突然の出来事にバスタは狼狽した。 「え……あっ……いッ!?」 「構えろ」 「へっ?」 「さっさとミットを構えろ、肩を作らねばならん」  若い男の声がした。  バスタは恐怖で震えながらも、勇気を振り絞って尋ねた。 「あ、あんたは……」 「真のラスボス――と言ったところか」

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