勇球必打!
ep85:レア職業忍者

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 ボールが向かう方向は片倉さんがいるスピーカーだ!  固い硬球、そこに打球の回転力とバンシーの音撃が加わった一撃。  神といえど体は生身で無抵抗―― 「危ない!」  僕は叫んだものの、どうすることも出来ない。 「ハッハッハッハッハッ! これはよいショーになりそうだな!」  鐘刃の高笑いする。  この状況を明らかにヤツは楽しんでいた。  僕はただ歯噛みするしかない。 「片倉さん……」  諦めて目を逸らした時だった。  ドーム内の魔物達がどよめいている。 「あ、あれは何だ!」 「スピーカーに誰かがいるぜ!」 「人だ! 人がいやがる!」  僕はスピーカーを見た。  確かにそこには人がいた。キラリと何かが光っているのが見えた。 ――カッ! 「あの光は何だ?」  誰かがスピーカーにまで昇り、小刀を構えていた。  あの光の正体は照明で反射する小刀のものだろう。  では一体誰が? 光の反射で正体がよく分からない。 ――ゴガッ!  ボールは片倉さんと謎の人影より僅か数メートルのところを通過。  間一髪だ。ボールは天井に当たると深々とめり込んでいた。 「コイツでいざとなったら防ぐつもりだったが――やはり戦士様の力だね。逆に防いでいたら危ないところだったぜ。何にせよ好都合……これで助け出すことが出来る」 「ネノさん!?」  肉眼では分かりにくいが彼……いや彼女で間違いない。  その姿は河合子之吉ではなく、異世界でのレア職業クラス忍者ネノの姿だ。 「お、女……女がいやがる!」 「あ、あれ? あの子はどっかで見たぞ」  森中さんと安孫子さんが指差して驚いている。  鳥羽さんやドカ、他のメンバーやベンチにいる西木さんや赤田さんも同様だ。 「そういえば河合の姿がないぞ」 「あっ……ホンマや」 「西木さん、あの女性は誰でしょうか?」 「メガデインズのユニフォームを着ているようだが――」  消えた河合さん、謎の女性の登場。  その答えを知っているのはおそらく僕一人。  兎にも角にもドーム内は混乱に包まれている。 「グラウンドルールにより天井直撃はホームランとする!」  その中で審判の万字さんだけが冷静にジャッジを下していた。  ブルクレスは驚きながらも、ゆっくりとダイアモンドを一周。  ホームベースを踏むと一塁ベンチへと戻っていく。  鐘刃はスピーカーにいるネノさんを憎々しく見つめている。 「誰だあの女は?」 「鐘刃様……」 「う、うむ。よくやったぞブルクレス」  軽く互いにグータッチをする両者。  これで1点返され、スコアは3-1だ。 「スキル【変身】解除――こうすることでしかあんたを救えなかった」  ネノさんは呪符を持っている小刀で斬り、スピーカーに縛り付けられている片倉さんを救出しているようだった。  その様子を見ている鐘刃は手をかざし魔法を発動させようとしていた。 「あの球団職員はどこから迷い込んだ! 我が本家本元のブラッドサンダーで消し飛ばしてくれる!」 「やめろ! もしお前がブラッドサンダーを打ち込むのならば、僕はお前にセイントフレアを打ち込む!」 「ぬっ……以下に私でも体は人間だ」  鐘刃は手を止めると改めて、僕に問い質した。 「アラン! あいつは貴様が忍ばせておいた球団職員か!」 「違う彼女は――僕達の仲間である河合子之吉だ!」 ――ビィーン!  ドーム内に電撃が走った。鐘刃は僕を指差す。 「河合子之吉だと!? バカな……あいつは男! 男だ!!」 「彼女はスキル【変身】で、今まで男の姿になっていたんだ」 「スキル【変身】だとォ……」 ――ザワザワ……  ドーム内がざわめき始めた。  観客席の魔物も、 「河合が女ってマジかよ」 「見ろよ。よく見りゃいい人間の女だ」 「ヒュー♪ マジだぜ」  応援席にいるマリアム達も、 「河合って男ちゃうんかいな……」 「この天堂、理解不能だ!」  三塁にいる西木さん達も、 「お、女って」 「あいつが……」  グラウンドで一番驚いてるのは安孫子さんだ。  男の姿であるネノさんから、ファンであると紹介されていたからだ。 「あ、あの子は! ど、どうなっていやがるんだよ!?」  鐘刃は苛立った顔をしている。  一塁ベンチから身を乗り出して抗議した。 「審判!」 「は、はい!?」 「あの女を即刻退場させろ!」 「え、ええっと……」  確かに鐘刃の言う通りだった。  出場選手登録の河合子之吉はあくまで男性だ。  女性の姿が本来のものだとしても、傍から見ればチーム関係者が乱入したようにしか見えない。 「そもそも、チーム外の人間が試合を妨害してはならんはずだろう!」 「そ、それはそうですが……あんな高さにいては……でも、アラン選手の話では河合選手は本当は女性で……」 「貴様では話にならん! フレスコム! 」 「クワッカー! 言わずともわかりますぞ! あの女をつまみ出してご覧に入れましょう!」 ――バサッ! 「あっ……ちょ、ちょっと!」 「クソ審判が動かぬならば、我らが動くまでよォッ!」  フレスコムという鳥人間フレースヴェルグが翼を羽ばたかせながら飛び立った。  スピーカーまで飛ぶと呪符を斬り続けるネノさんを前にしている。 「関係者以外は立ち入り禁止だ! メガデインズ女子!!」 「うるさいね。今はまだ作業中――」 「構うものか! 無理矢理にでも退場させてくれるわ!」 「失せな。タンドリーチキンになりたいのかい」 「タンドリーチキン? 異世界にそのような言葉は論争を……」 「ああもうウザイ!」 ――特技【霞斬り】! 「グワガアアアッ?!」  白い鳥の羽が落ちて来た。  フレスコムが紙飛行機のように弧を描きながら落下する。  どうやら自慢の翼を切り裂かれたらしい。 「い、痛い! お、俺の自慢の翼が――ッ!?」 「これでもう飛べないだろう。ホームランボールをキャッチする、チートプレイはもう出来ないね」 「ぬぐおおおお!」  地面へと落ちたフレスコムは体を震わせている。 「フレスコム!」  一塁ベンチからゼルマが走っていく。  手には薬草を持ち、痛みを耐えるフレスコムを回復させていた。 「大丈夫か?」 「チクショウ……あの女……俺の翼を……翼を!」 「あの斬られた翼は私のフリーズミストで保存しておく。試合終了後に縫合だ」 ――フリーズミスト!  ゼルマは水属性の攻撃呪文、フリーズミストによりフレスコムの翼を凍らせていた。  一方のネノさんは片倉さんを抱え上げ、 「強力な呪符だな……封印を解いたのに、まだ目を覚まさないようだ」  目にも止まらぬ瞬足でこちらにやってきた。 「ネ、ネノさん」 「今は河合だよ。河合子之吉」 「何でスキル【変身】を解除したんですか」 「スキル【壁走り】とスキル【韋駄天】を使うためさ。スキル【変身】を発動させたままじゃ、他のスキルが使えないからね」  ネノさんは審判団を見渡しながら言った。 「俺は河合だ。この女の姿が本当の姿ってことでOKかい?」  その言葉に主審である万字さんは言った。 「アラン選手の言葉が本当であればな」 「疑うのかい?」 「いや……今更何が起こっても不思議じゃないからな」 「異世界野球だからね♡」 「うむ……」  万字さんはコクリと頷くと、 「プレイ!」  試合再開の宣言をした。

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