鐘刃は手で四角形作りながら叫んでいる。 「リクエスト、リクエストだ!」 『鐘刃コミッショナー!リクエストの要求だ!』 【リクエスト制度】 監督が審判の判定に異議がある場合、ビデオ映像によるリプレー検証を求めることができる。 基本ルールは以下の通りである。 リクエストは1試合で2回まで可能。延長戦ではリセットされて1回まで可能。 判定が覆った場合、リクエスト回数は減らない。 リプレー検証時間は5分以内とし、確証が得られない場合は最初の判定通りとする。 「あんな『月に向かって打て』みたいなホームランは認めん! あれは確実にファールだ!」 「いやァ……あれはホームランですよ」 三塁塁審は自信満々だ。 それに対して鐘刃は再び手で四角形を作った。かなり必死だ。 「この鐘刃アイでは、ファールにしか見えん! リクエストを要求する! 何度も言わせるな!!」 「きょ、協議します」 主審の万字さんは審判団を集めダグアウトに下がった。 ――ファール! ファール! ファール! 『ここ瞑瞑ドームはBGBGsを応援するモンスター達がファールコールです!!』 ドーム内の魔物達はファールコールだ。 電光掲示板には先程の打球の映像がゆっくりと流れている。 ――シーン…… 映像が流れると一瞬で魔物達は黙ってしまった。 「普通に入っとるやんけ!」 応援席にいるマリアムの声が静寂したドームに木霊した。 明らかにポールを内側に通過しておりホームランだ。 すぐにダグアウトから審判団が出てくると……。 「ホームラン!」 『結果は変わらず! 8-1で点差は更に広がったァ!!』 「あ、ありえん! 魔軍の闘将として、その結果は絶対に認めることはできん!」 まだ鐘刃は納得できない様子だ。 独特のポーズを取り、踊るように審判団に抗議している。 ――バァーン! 「あれはファール! ファールだ!!」 ――バァーン! 「私の切り札であるアルマゲボールが打たれるハズがない!」 ――バァーン! 「1時間19分要して猛抗議するぞ!」 ――バァーン! 「あ・れ・は・フ・ァ・ー・ル・だ!」 物凄い剣幕だ……。 明らかな映像の判定がありながらも抗議を続けている。 自軍のBGBGsはそんな指揮官を見て呆れ始めているようだ。 後にマリアムから渡された魔界で発行されたという雑誌『ダークボールマガジン』で、この時のBGBGsの各選手がコメントを掲載されていた。 「完全なホームランだ。肉眼でも確認できたほどだ」 (ゼルマ談) 「あれは見苦しかった、というよりも恥ずかしい抗議だ」 (ベリきち談) 「もうどうでもよくなっていた」 (レスナー談) 一方の鐘刃はまだ抗議している。 「どこを見ている! 完全にファールではないか。ポールの左を通過した! お客さんも見ている!!」 ポールを指差しての大抗議。 ザワつくドーム内でもハッキリ聞き取れるほどの大声だ。 名指しされたレフトスタンドにいる魔物達は逆に戸惑っているように見える。 それもそうだろう、間近で打球を見ている彼らなら尚更だ。 「あ、あれはホームランだよなァ」 「悔しいけど、オモクソ内側を通過したのが見えた」 「てか、リクエストの意味なくね?」 鐘刃は主審の万字さんの肩をガッチリ持つ。 それは抗議というよりも、懇願めいたものに移り変わっているようだ。 必死だ……鐘刃は勝ちたいのだろう。 「仕切り直し! 仕切り直しを願う!!」 「な、何を言っているんですか。VTRでも――」 「カメラが故障しているに決まっているだろゥ!!」 この見苦しさ、本当に鐘刃は魔王イブリトスの転生した姿なのだろうか。 何だか並行世界のイブリトスはどうも性格が違うようだ。 そして、試合が止まってから約10分……このグダグダ感にドーム内が倦怠感に包まれた時だ。 ――退場! どこからともなく不思議な声が聞こえた。 ドーム内の全員が辺りを見渡すものの誰もいない。 「だ、誰だ!? この鐘刃周を退場処分と勝手に決めたのは!」 ――ズッ……ズッ…… 一塁側BGBGsのベンチ裏から大きな影が現れた。 その影に僕達メガデインズは固唾を飲む。 一体誰だろうか……。 ――トン…… 大きな影がゆっくりと姿を現した。 着ぐるみだ、それもカブの姿をした異形のマスコット。 僕達の世界にいたマンドラゴラそっくりの着ぐるみだ。 「俺だ」 「き、貴様はマドン!?」 その正体は大江戸エクルトのマスコットキャラクター『マドン』だった。 確か彼は鐘刃により支配され、BGBGsのマスコットに寝返ったはずでは……。 「マスコット如きが何用だ」 「終わりだよお前」 「お、終わりだと!?」 「全裸になるわ、チームの要となる捕手をなくすわ、炎上するわ、無意味なリクエストするわ……こんな無能なヤツにチームもNPBも任せるなんてできんな」 ここまでの鐘刃の失態をマドンはあげつらった。 的確な指摘だ、よくぞここまでまとめ上げたというべきか……。 鐘刃の方といえば目を血走らせ、唇を震わせている。 まさか支配したと思っていたマスコットに、辛辣な評価を言われるとは思わなかったんだろう。 「ぬ、ぬううゥゥゥッ! 言わせておけば!!」 ――イフリガ! またイフリガだ。 並行世界の魔王イブリトスは、キレるとイフリガを唱える癖があるのだろうか。 それとも得意な魔法なのか、何にせよドヤ顔で両手をマドンにかざしている。 「焼きカブになれ!」 鐘刃はイフリガを唱えた! MPが足りない! 「な、何だとオオオォォォッ?!」 「お前さっきのアルマゲボールで魔力を全消費しただろ」 「はっ……そ、そうだった……でも待て!」 鐘刃は急に表情が固まっている。 どうしたんだろうか? 「あの小僧が打った時、何故大爆発を引き起こさなかった?」 「簡単な話だ。お前がバカみたいにカオスボルグを投げて、知らず知らずのうちに魔力を消費していたのさ。ざっと見たところ、投げた時の魔力は10の残りカス。そんなボールに威力があるわけないだろう」 「な、何を言うか! 私はラスボスだぞ!? 魔力は軽く9389はある! 」 「それは魔王だった頃の話だ。今のお前は人間、最大魔力は999だ」 「バ、バカな……」 「さあて……そろそろ中ボスにはご退場願おうか」 「ちゅ、中ボス!? このNPBコミッショナー兼BGBGs総監督の私がァ!?」 「そうだ」 「ふざけるな! 魔法が使えなくとも、私にはこの暗黒闘気がある!!」 鐘刃は苦肉の策か、掌を合わせ暗黒闘気を集中させている。 手には黒い光の粒子が集まり球形を作り出していた。 「消し飛べ!」 ――ビックバンシャドウ! 鐘刃は暗黒闘気の塊を放出させた。 その黒い光の弾はマドンを包み込むように被弾。 ドンと鈍い音がなるとバラバラになってしまった。 「汚ねえ花火だぜ!」 勝利の雄叫びを上げる鐘刃。 瞑瞑ドームはここまでの光景を見て唖然としている。 プロ野球選手である僕達の肉眼でもハッキリと確認した。 被弾する直前にマドンから人型の影が飛び出したのを……。 「どれどれ飛び散った死体の確認だ。アハハハハハ!」 「その必要はないぜ」 「ハハハ……ハハッ……ハ、ハァ!?」 「バトル漫画ごっこは終わりだぜ鐘刃――いや魔王イブリトス」 鐘刃の後ろに髑髏の仮面を被った男がいた。 その仮面は鐘刃の私設球団『鐘刃サタンスカルズ』と同じデザインのものだ。 違うところは着ているユニフォームがBGBGsのものであることだ。 「き、貴様は何者だ!?」 「俺の名前は『デーモン0号』! 真のラスボスだ!!」 背番号『0』――その男はデーモン0号、真のラスボスとのことだ。
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