村雨球史――東京サイクロプスに所属。 職業野球を象徴する伝説的な大投手である。 身長170㎝台の小柄ながら、初速と終速の差が少なく、二段にホップするストレート、落差の大きいドロップを武器に活躍。 特に現代でも語り草となっているのは、1934年に行われた日米野球だろう。 この試合で、村雨は大リーガー達をバッタバッタと三振にとった。 最終的にはソロホームランを浴びて0-1で敗れたものの、日米両国で賞賛されたという。 だが――悲劇は訪れる。 戦争だ。 「もう一度、ボールを握りたかったなァ」 村雨は軍隊輸送船に乗っていた。 徴兵によって軍人として、戦地へと向かっていたのだ。 行き先はフィリピンであるが、 「これが運命ってヤツか」 軍隊輸送船、アメリカ海軍潜水艦により撃沈。 村雨球史、屋久島沖西方の東シナ海にて戦地する。 享年27歳――。 ☆★☆ 「ゆ、夢の170キロって……」 『アランちゃんなら出せる。絶対に出せる』 フレンドリーにちゃん付けで僕の名を呼ぶ村雨さん。 しかし、 「何故ここに?」 体が透けている。 この村雨さんは幽体だ。 それに、 「僕の知ってる村雨さんは、線が細かったような……」 玄武戦で現れた村雨さんは線が細かった。 あの泥人形は選手の全盛期を元に精製されたもののハズだ。 『まず、一つ目の質問に答えてあげよう』 村雨さんは大きくて太い人差し指を立てた。 『私が何故ここにいるか――それは神の力によるものだ』 「えっ!?」 まさかオディリスが? 僕はセンターを守る神保さんことオディリスを見る。 すると村雨さんは首を横に振った。 『アランちゃん、彼ではないことは言っておこう』 オディリスとは別の神がいる!? 村雨さんはニコニコしたままだ。 『この試合が終われば理解ることさ。勝っても負けてもね』 「勝っても負けても?」 『ふふっ……既に勝負は決まっている』 勝負は決まっている? 思わせぶりな言葉だ。 『では、二つ目の質問に答えよう』 続いて、村雨さんは中指を立てた。 『あの私を似せた人形は、全盛期時の私じゃない。あれなら戦地から帰還した時の姿だろうね。これが本来の私、現役大リーガーをバッタバッタと三振に切った〝スクールボーイ・ムラサメ〟さ』 「えっ……」 『アランちゃん、この世界にも大きな戦争があったことを知っているかい?』 「え、ええ……」 この世界に来て、オディリスやマリアムから色々教わった。 それは野球に関するルールや技術だけではない。 この世界の国や文化、歴史についても少しだけ教えてもらった。 その中で、かつて大きな戦争があった。悲しいことだ。 多くの人が――職業野球人が亡くなった。 僕がいた世界と同じように、罪もない人々が死んでいった……。 『戦争はいけないことだ』 村雨さんから笑顔が消えた。 その声は悲しげだった……。 『やっと平和に――思いっきり野球を楽しめるようになったんだ』 「村雨さん……」 『やっつけちまいな。我々の野球を取り戻してくれ、アランちゃん――いや勇者よ!』 村雨さんは再び笑顔になった。 『さァ……プレイボールだ!』 僕はバッターボックスを見つめた。 「クワカァーッ!」 打席に立つフレスコムは、バットの先端を向けた。 「ベラベラと一人で何を言ってやがる!」 「伝説と話していた」 「クワカッ!?」 僕はロジンバッグを手に取る。 これで準備は完了、セットポジションに入る。 すると村雨さん――伝説の声が聞こえてきた。 『アランちゃん、ちょいとだけコーチしてやろう――』 「コーチ?」 『君のフォームを見たが――野手投げに近い。潜在する力の半分も出せちゃいない』 「潜在する力……」 『小細工は不要だ。野球は技術――魂でするもの――悪を滅する方法を教えてあげよう』 鳥羽さんのサインを見る。 ストレートだ。 『いいキャッチャーだ。今はストレートの走りがいい、良い選択だ』 僕は頷き、投球フォームに入った。 『大きく振りかぶって、リズムをつけなさい。体を大きく使うことで威圧感を出すんだ』 僕は大きく振りかぶり、 『足を天高く上げるんだ。靴底のスパイクが相手に見えるくらいにね』 足を天高く上げた、 『軸足にしっかりと体重を乗せ――』 軸足に全体重を乗せた、 『腕をムチのようにしならせ――』 腕を振った、 『踏み込み――』 踏み込んだ、 『投げるッ!』 投げたッ! ――バ"シ"ィ"ィ"ィ"ィ"ィ"ン"! 「ス、ストライクゥ!」 主審の声が瞑瞑ドームに響いた。 『は、迅い! 何という迅さでしょうか! 表示される球速は――168キロ!?』 電光掲示板に表示された球速表示は168キロ。 僕の最速を更新した。 「ク、クワカカカ……」 フレスコムは固まっていた。 全くボールに反応出来ないようだった。 「こ、これは……」 僕が自分自身に驚いていると、村雨さんの笑う声がした。 『ハハッ! これが君の本来の力だ』 「僕が持っている?」 『君は異世界の勇者――人間よりも遥かに強く、凶暴な怪物達と戦ってきたと聞いている。そんな命懸けの戦いの中で磨かれた身体能力――それはプロ野球よりも厳しいトレーニングだったはずだ。そこに野球技術が合わされば鬼に金棒というヤツだろ?』 僕は少し疑問に思った。 確かに、僕達はこの世界の住人よりも肉体的な能力は強い。 でも、それだけでこのボールの威力は出せるものなのだろうか? スキル、特技、魔法を駆使した方がもっとよりよい能力を発揮出来るはずだ。 そう思っていると村雨さんは続けた。 『野球は技術で闘うもの。スキルだの、特技だの、魔法だの――レアスキルだの――全てが不純物――いいかい?』 最初に言われた言葉だ。 『そんなものに頼らなくていいんだ。単純な野球技術――物理ほど強いものはない』 僕は力強く返事した。 「はい!」 鳥羽さんのサインは再びストレート。 僕は頷き、村雨さんの教え通りに投げた。 ――バ"シ"ィ"ィ"ィ"ィ"ィ"ン"! 「ストライク! バッターアウト!」 ミット音が響いた。 気付いた時には――フレスコムを三球三振に打ち取っていた。 ☆★☆ 快投するアラン。 応援席にいるマリアム達は驚いていた。 「ど、どうなっとるんや?」 「凄い……」 「まるでゲームみたいなボールを投げるわね」 「エグいですゥ」 オーナーである天堂は全身を震わせ、興奮した様子を見せる。 「マ、マリアムくん! 見えた! 見えたぞ!」 「えっ……あっ……はい? オーナー、急に何を言ってるんや」 「村雨球史だ!」 「あ、ああ……泥人形の?」 「違う! 思い出したんだよ! あれは戦地で肩をぶっ壊してダメになった村雨だ! とんだニセモノだよ!」 「そりゃニセモノやろ……あれは泥人形なんやから」 「そうじゃあない……そうじゃあないんだ! 小さい頃にお婆ちゃんに見せてもらった写真! あれが日米野球で投げた時の村雨球史だ!」 天堂は遥か昔の記憶を思い出した。 祖母、雪花――つまり村雨球史の妹から聞かされていたのだ。 自分は偉大なプロ野球選手の血を受け継いでいると。 「私に流れるは伝説のプロ野球選手の血! 野球はダメだが――魂込めて応援するぞォ!」
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