(あの時の屈辱は忘れぬわ) シュランは生前の事を思い出していた。 ドンロンのギルドで、Aランク冒険者のパーティに加入しようと面接を受けた時だ。 「使える特技は【疾風斬り】と【二段斬り】、スキルも【集中】のみね」 「実力不足だな、俺らのパーティにザコは必要ない」 所謂シュランは、うだつの上がらない二流戦士だった。 紹介されるイベントクエストはどれもこれもCランクのものばかり、周囲からは役立たずと見なされパーティに加入を拒まれるほどだった。 「た、頼むよ、俺もパーティに……」 「しつこいわね、いらないって言ってるのよ」 「お前のようなCランクは薬草とMPの無駄になる」 ザコ、足手まとい、役立たず……それが周囲の評価だった。 「ギャギャギャ!」 「メ、メイジゴブリン!?」 だがある日、森で薬草狩りをしているとメイジゴブリンと遭遇。 魔法に苦戦しながらも何とか倒し、その際にレアアイテムをゲットした。 ――シュランはルーンの書を手に入れた! 「これは何だ?」 メイジゴブリンが約3%の確率で落とす『ルーンの書』。魔法剣を使用できる魔法剣士にクラスチェンジするために必須のアイテムだ。 この時のシュランはレアアイテムを手に入れたかどうかも分からず、ドンロンの裏通りにある道具屋で鑑定してもらうことにした。 そこの経営者である怪しげな老婆は言った。 「これなるは『ルーンの書』! お主はレア職業魔法剣士になることが出来ますのぢゃ! 直ぐにラーマ神殿へと赴き職種変更するのぢゃ!! さすれば、お主に春が訪れる! ウケケケッ!!」 老婆の言葉に半信半疑であったが―― (春が訪れるか……) シュランは低レベルで苦労しながらも、ラーマ神殿と呼ばれる場所へと向かった。 この神殿は簡単に職種変更してくれる夢のようなハローワークである。 神殿の神官はルーンの書を見て驚いていた。 「み、見たのは20年ぶり! これをどこで!?」 「そんなことはどうでもいい、これさえあれば魔法剣士に転職出来るんだろう?」 「う、うむ……では早速――」 シュランは魔法剣士へとクラスチェンジ。全身から力が漲るのを感じた。 外で早速ザコ狩りを開始。抜く剣からは最初は炎、レベルを上げていくと風、雷……。 斬れば斬るほど魔法剣を扱えるようになった。 「もっとだ! もっとこの力を試してェ!!」 人は急激な力を持つと暴走し始める。 最初の頃は魔物を試し斬りの対象にしていたが、人間へと置き換わるのに時間はかからなかった。 「あ、あの時はごめんなさい……」 「除け者にしてすまなかった、命ばかりは――」 ――ズバッ!! 道を踏み外したシュラン、とうとうドンロンの切り裂き魔と呼ばれる殺人鬼へと変貌していった。 「Aランク冒険者もこの程度。俺は今やSランクの力を持った!!」 だが、シュランの黒い春も長くは続かない。 「お、俺がこんなところで……」 シュランは勇者アラン一行に討伐され、ここで敗北となる。 ――はずであった。 (ここはどこだ……) シュランが目を醒ますと静かな山の中にいることに気付いた。 映像が映り意識もあるのだが、全く体を動かせないのだ。 「目覚めたか『ドンロンの切り裂き魔』よ」 男の声が静かな山に響いた。 (だ、誰だお前は) 「君を異世界転生させたものだ」 (い、異世界転生だと!?) 「そうだ、君は残念ながら勇者達とのバトルに敗れて死んだ」 (そ、そうか……俺はあの時に……) 「気分はどうだね」 (最悪に決まってるだろ!) 「そう〝最悪〟だ。これから春が訪れようとしたところに、彼らに冬の時代に戻された。ならば答えは一つ……」 ――リビングバットとして復讐だッ! (お、俺が棍棒として異世界転生してるだとォ!?) 「文句言うな。お前は生前の行いが悪すぎて、バットとしてでしか転生出来なかったんだ」 シュランは『転生したらバットでした』という具合に第二の人生を迎えた。 そして『声の主』から、依り代としての肉体を与えられる。 若者だ、それもイケメン。 「君に仮の肉体をあげよう」 男の顔に生気は全くない、闇の術法キャプテーションで操作されていた。 「この男は小倉宗入、君の新しい体だ。ケガが原因でチームを追放されたゴミクズだがな」 (ゴミクズをあてがうのかよ) 「だから文句言うな、若くてイケメンだからいいだろう。それよりも、この世界に勇者アランが来ていることはご存じかな?」 声の主からの話では、勇者アランも『プロ野球選手』として異世界に来ているらしい。 理由は分からないが、そんなことはシュランにとってどうでもよかった。 あるのは復讐、勇者パーティ一行を殺すこと以外に彼の物語終了はない。 今はデホ達と手を組んでいるが、隙あれば仕留める。それが過ぎたる力を身に付け、闇に堕ちた者の宿命だ。 ――皆殺し。 それがシュランを主人公とした『スプラッター物語』のエンディング条件だ。 ☆★☆ 「さっさと構えんか」 「黙れ、これが某の構えだ」 シュランは打席で、バットのヘッドを地面に向けて垂らしている。 独特のフォームに見えるが、これは『土の構え』シュランが剣に魔力を集中させるために編み出したものだ。 おそらくはバットに何かしらの魔力を込めて一気に放出させる気だ。 (この日の為に編み出した秘剣……否、秘打を見せてくれるわ!) 張り詰めた空気が流れる。 ドカが内角にミットを構え、ストレートのサインを出す。 だけど、僕は首を振った。 (あいつ、ワイのサインに首を振りよった。まさか……) ドカがサインを変えた。 (アレを投げるんかいな。投げれるモンなんか!?) 半信半疑でドカは再びミットを内角に構えた。 そう……仕留めるなら一球だ。 シュランも並みの使い手ではない、僕を仕留めるために彼もまた訓練を積み重ねているはずだ。 ――サァ…… 一陣の風が吹く。 それを合図に僕は覚悟を決めてボールを投げ込む。 ――シュ! 『アラン、投げたッ!!』 ――ブォーン…… シュランは投球に合わせて弧を描きながら通常のフォームに戻した。 目の錯覚か、その円の軌道は五つの光を織りなしていた。 それは何の魔法剣、いや魔打か……。 (魔力を極限まで集中! 全MPを放出し仕留めるならば初球ッ!!) 僕は、シュランがテイクバックからバックスイングの体勢を作るのを肉眼で確認できた。 不思議なほどスローだ、これがゾーンと呼ばれるものだろうか。 「火、水、風、雷、土、開放ッ!!」 ――ブンッ!! 「秘打! 円流燕返しッ!!」 五つの魔法属性を一気に放つのか!? 空を舞う燕のように操作されたバットからの魔打。 振るバットの方向は僕に向いていた、狙いはピッチャー返しか。 流石に五大属性の魔法を込められた一打を受ければひとたまりもない。 そう当たれば――。 ――バキィ!! 炸裂音が球場に響いた。
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