勇球必打!
ep15:昇格
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 ウルフ上田と猪俣完至、二人の正体は魔物だった。  戦闘は終了、危く命を落とすところだった。  僕は念のため、倒したワーウルフの元へと近付く。 「やるな勇者様よ」  ワーウルフの息はまだあった。  僕はバットに闘気を込める、動いた瞬間に攻撃するためだ。 「どうやってこの世界に来た。それにどうして、僕がメガデインズの入団テストを受けることを知っていた」  僕の質問にワーウルフは笑っている。 「キヒヒッ! どうだかね」 「魔王イブリトスか?」 「ブー! 外れだね」  魔王イブリトスではないとしたら誰なんだ。  ますます分からない。  僕の命を狙うとしたらヤツ以外には考えられない。 「じゃあ誰なんだ!」 「特別大サービスに教えてやる―――それはッ!!」 ――ディストラクボム!! 「アラン、ここから離れるんや!!」  ワーウルフは呪文を唱えた。  ディストラクボム――最小のMP魔力で発動させる自爆呪文。  己の命と引き換えに相手に大ダメージを与える。  流石にこれをまともに受ければ……。 ――テレポレート!  間一髪、マリアムが瞬間移動呪文テレポレートを唱えてくれた。  僕達は遠征先の宿屋『リョカン』に戻っていた。  マリアムの息は乱れていた。もう少しで僕達は死ぬところだったのだ。 「危ないところやったな」 「どういうことだ。それにマリアムも何でこんなところに……」 「うちは今、バイトという形でこの旅館で働かせてもらっとる。オディリス様の命で、仕事の合間にこっそりとキャンプの練習とか見るためにな。そしたらあのウルフとか猪俣ってやつ、アランをジロジロ観察してたり、怪しい動きが盛りだくさんや。おかしいと思って調べたら案の定や、鹿児島オークスやルーガルー学園なんて団体はどこにも存在しとらんかった」  マリアムはフッと息を吐いた。 「それに何より独特の匂いもしとったしな」 「匂い?」 「魔物独特の獣臭やな」 「そうか……」 「アンタが練習が終わったのに球場に戻ったからおかしいと思って、密かについてきて大正解やったな」  全然気づかなかった。  それでマリアムはあの場にいたというワケか。 「今頃、球場じゃあ大騒ぎやろうな。それに何人か魔物の犠牲になったようやし……」  そうだ、この世界の人が魔物に殺された。  大ごとになるだろう、野球どころの話じゃなくなってくるかもしれない。  そんな僕の不安を察したか、マリアムは顔を近付けて言った。 「ええか。 色々な疑問点やツッコミどころがあるかもしれんが、今は野球に集中や」 「でも」 「でもやないで。変わり者のオディリス様の試練を突破して、アランは一刻も早く元の世界へ帰らなアカンねん」  僕はコクリと頷いた。  この短期間で複雑怪奇なことがあり過ぎた。  この世界に一体誰が、何の目的で僕を……。  心に大きなしこりが残るも、僕はマリアムの言う通り野球に集中するしかない。 ☆★☆  翌日、やはり大事になっていた。  メガデインズ所属の5選手が一気に行方不明となったのだ。  練習場所である球場は一時閉鎖となり、この世界の兵士である警察も介入していた。  西木さん達は頭を抱えるも、流石に練習しないわけにはいかない。  その日は急遽、1軍と2軍との合同練習となった。 「今日は人が多いな」 「紅藤田達5人が一気にいなくなったんだぜ。文筆屋が大喜びのネタだろ」 「あいつらも悪い商売に手を出してるって話じゃないか。ヤーさんに消されたんじゃないか」  メガデインズのメンバーはひそひそと噂話をしている。  どうやら紅藤田達は球団内でも札付きのワルだったようだ。  金の貸し借りや悪徳商法などに手を出し評判が悪かった。 「それにしても、ウルフや猪俣はどこ行ったんだろうな」 「さあな……」  僕は黒野とキャッチボールをしている。  二軍は球場に入れず、球場外の空きスペースを使い基本練習をしていた。 「でも結果的によかったぜ。ライバルは少ない方がいい」 「黒野、お前何言ってるんだ」 「何って? 俺の正直な感想さ」  黒野の言葉を聞き流すことが出来なかった。  ポジションを奪い合うライバルとはいえ仲間なのだ。 「心配しないのか! 仲間なんだぞ!?」 「仲間? 俺はライバルが消えて嬉しいね」 「何だと」 「いい子ちゃんぶるなよ」 ――ザワザワ……  回りがざわつく。  皆、異変を感じ取ったようだ。 「言っていいことと悪いことがあるだろ」  黒野は知らないだろうが、人が死んでいなくなった。  その事実に変わりがない、僕はついカッとなってしまった。 「やるか?」  黒野が身構えた。僕もつい熱くなる、グッと拳が固くなるのを感じた。  一触即発の空気感――今にも緊張の糸が切れそうだった。 「何をしている!」  西木さんだ、ギロリと僕達を見ている。  何やら揉め事が起こったことは分かったようだ。 「碧、お前はあがれ。監督がお呼びだ」 「監督?」  おかしなことを言う。  ここの監督は西木さん以外にいないのだ。 「福井監督がお呼びだと言っているんだ」 「は、はい!」  そうだった。  僕は明日一軍へと昇格するから、その前の挨拶だろう。 「ちっ……」  黒野は舌打ちをしていた。  彼は何故そこまで……僕には全く理解出来なかった。 ☆★☆  球場内へと入る。  僕は係の人の案内で監督室へ向かった。  部屋を見つけると、僕はドアをノックした。 「失礼します」 「来たな。まあ入って座れ」 「はい」  僕は椅子に座った。目の前には福井さんがいる。  新人入団発表で出会って以来だ。 「あるで」 「へっ?」  いきなり『あるで』と言われても分からない。  何があるというんだろうか。  そういえば、この人は主語と述語がよく抜けるとマリアムが言ってたな。 「監督……『あるで』っていうのは」 「明日はオープン戦、お前をスタメンで使う」  あるでって、スタメンがあるからって意味か。  ん……スタメン? ということは。 「僕を使ってもらえるんですか」 「当たり前やん。そやないと一軍に呼ばんやろ」  福井さんは笑いながらそう答えた。  確かにそうだ。うっかりしていた。 「活躍次第じゃあ、支配下登録も考えるで」  支配下登録……。  ということは結果を出せば、育成選手から卒業出来るのか。 「頑張ります!」 「ええ返事や。期待してるで」 ☆★☆  監督との面談が終わった。  何だか城の王様と話すような気分で緊張した。  明日は試合か……気持ちを入れ替えて頑張らないと。 「よう」  誰かに呼び止められたので振り返ると黒野だった。 「そう構えるな。さっきは悪かった」  黒野は手を出した、和解の握手だ。 「いや、僕の方こそ」  彼も必死なんだ。  正直、黒野は新人の中で一番体力と技術が乏しい。  心の余裕のなさから、あの発言が出たんだろう。  僕が黒野の手を握る、その時だった。 「沖田くん、調子はどうですか」 「まあまあです」 「彼女はいるんですか?」 「ハハッ……いませんよ」  僕達の側を集団が通った。  あれは確か沖田元気だ。  期待の新人として一軍に帯同していると聞いている。 「同じ新人でも扱いが違うな」  黒野は横目でその光景を見ていた。  その目はどこか寂しそうだった。
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