勇球必打!
ep69:ささやき破り

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 氷塊を滑るような大きな曲がりの球だった。それも速い曲がり。  あれが本物の変化球……だとすると僕が4球目に打った球は何だったんだ。  スライダーではなかったのかと――僕は呆然と立ち尽くすしか他なかった。 「スライダーだと」 「そうスライダーだよ。君達がご存じのスライド回転する変化球――スライダーだ」 「僕やスペンシーさんに投げた球がスライダーだったんじゃあ……」 「あれはスライダーではない。カットボールだ」 「カットボール!?」  そんな……4球目に投げたボールも大きな曲がりの変化球だった。  いや、しかし……確かに僕が見逃したボールもスライド回転してはいたが。 「命拾いしたな勇者よ」  声の主はアルストファーだ。  ボールを手でこね、投手が単調なリズムにならないよう見えない気遣いをしているのか?  違う――どこか自身の気持ちを鎮めるための儀式的なもののような……。 「ホッとしたぞ。あの球が来るのかと思ってゾッとした」  アルストファーは息を整えながらそう述べた。  ホッとした? ゾッとした?  僕にとったら、あのスライダーの方が怖く感じた。 「アルストファー……あまりボールをこねるな」 「ハ、ハハッ!」  鐘刃の声にアルストファーは慌てた様子でボールを返球。  あのヴァンパイアは一体何を恐れているのだろうか。  僕はすごすごとベンチへ戻る。その時だ―― 「すげェ曲がりのスライダーだな」  元山だ。  ブンブンとバトルアクスを扱うようにバットを振り回している。 「俺が打ってやるよ」  自信満々の顔。  「あのスライダーはやっかいだぞ」と言いたいところだが、僕があれこれ言っても余計なお世話だろう。  そのまま元山はバットを肩で担ぎながら打席へと向かった。 「まっ……その前にやることがあるがな」  やること?  確かにそう聞こえたような。 ☆★☆ 『5番打者は元山七郎! 急遽、オニキアと共に電撃移籍!! どこで作ったんだメガデインズユニ! チームの新しい顔として! 背番号27の背中が熱く燃えているゥッ!!』 ――ザッ! 「オラァッ! さっさとあのスライダー投げろや!!」  元山は目を血走らせながら構えている。  少し気合が入り過ぎているんじゃないのか。  それはベンチで足組しているオニキアも同じ思いのようだ。 「あのバカ……力み過ぎ」  そうだ打席で力が入り過ぎている。  気合が入っているのはいいが、あのようなガチガチに固まったフォームでは鐘刃の緩急使った投球術の前では成す術もないだろう。 ――バシィ! 「ストライク!」  鐘刃の1球目はスライダー……いやカットボール。  案の定、空振りしてワンストライクだ。 「ぐぬゥ!?」 「今のはただのカットボールですよ。脳筋さん」  アルストファーは元山に何か言っている。  また相手を挑発するようなことを言っているのだろう。 「手元にある資料によると貴方は『ケンカ七郎』なんて昭和臭い仇名のお持ちのようで」 「それがなんじゃい!」 「フッ……滾っておられますねェ。セルフバーサク状態じゃあないですか」 「男がペチャクチャと何を喋っとるんじゃ! 今は試合中だろうがッ!」 「ボケッとし過ぎです」 ――バシィ! 「ストライク!」  元山がアルストファーと会話している間に、低めへのパワーカーブを投げられた。  これでツーストライクのカウント、元山は追いつめられてしまった。 「ホラホラ、集中しないからこうなるんです」 「グヌヌ……国定みたいな説教臭いことを言いやがって……」  元山はイライラの様子を隠せないでいる。  ベンチのオニキアは声を出した。 「元山、がんばって! ボールに集中して!」  叱咤激励の言葉だった。  オニキアはこれまで少し利己的な部分があった。  これまで応援の言葉など、勇者パーティ時代には考えられないことだった。  それは僕も同じだ―― 「元山さん! 相手のペースに乗せられてはいけません!」  僕も仲間を応援する。  困っている仲間にサポート――アドバイスするのも勇者の務めだ。 (あ、あいつら……)  元山は僕達を見ている。 「へっ……そうだな――集中――リラックスだ」  そして、深呼吸すると再び構え直した。 ――スキル【集中】発動。 「あ、あれはスキル【集中】!?」  元山が――この世界の住人がスキル【集中】を発動させていたのだ。 「異世界の住人である君も気付いたか」  ベンチの隅にいる国定さんがそう呟いた。 「特技やスキルは異世界だけの専売特許ではない。この世界の住人は気付いていないようだが、我々がいた世界の技術を無自覚に使っている。殆どの人々は使いこなせていないだけさ」 「そ、そうなんですか?」 「ああ……これはまだ『仮定の段階』ではある。元山をオニキアの練習パートナーとして共に鍛練に励むうちに気付いたことだ。彼が常に苛立っているように見るのも、攻撃力を上昇させるスキル【激怒】を知らず知らずのうちに使っているからだ」 「ス、スキル【激怒】?」 「獣人や巨人といった魔物や特殊職業クラスであるバーサーカーが使用する一長一短のあるスキル。攻撃力は高くなるが、こちらの命令を無視し暴走する恐れがあるやっかいなものだ」 「それを元山は今まで使っていたと?」 「そうなるな。だが、私がきちんと理性を教え心を鎮めるようトレーニングを積ませた」 「それがスキル【集中】発動につながったと?」 「おそらく……」  そうか片倉さんは――いや神は鐘刃が革命と称する野球テロを起こした段階で気付いたのだろう。  鐘刃が誰かしらからこの世界に連れて来られた異世界の住人であると。  唐突にメガデインズメンバーを異世界へと送ったのは、彼らの持つ眠れる才能を呼び起こし邪悪な転生者に対抗させるためだったのだろう。  さて一方の鐘刃は、ワザとらしいまでにグラブで手を叩き拍手をしている。 「ほほう……この世界の住人がスキルを使うか。人工的に力を与えなくても発動出来るのは面白い発見だ」 「か、鐘刃様」 「アルストファー……たかがスキル【集中】。私のスライダーを打てるかどうか試そうではないか」  鐘刃はスライダーの握りを見せる。 「この男がどこまで対応するのか見てみたい」 「うひゃーっ! スライダーだぜスライダー!」 「鐘刃様のウルトラスライダーが拝めるぜェ!」 ――スライダー! スライダー! スライダー!  ドーム内でBGBGsを応援する魔物達のスライダーコール。  予告スライダーにより異様な盛り上がりを見せていた。 『よ、予告スライダーだ!』 『マンダム――打てるものなら打ってみろって感じだぜ』  元山もアルストファーも黙って、バットあるいはミットを構えるのみ。 『宣言通りのスライダーを!』 ――シュッ! 『投げたッ!』 ――ブン!  結果は……。 「バッターアウトッ!」  空振り三振。  スキル【集中】を使っても――あの怪物じみた高速スライダーを打てなかったのだ。 「いよ! 扇風機!」 「どこ振ってんだトンチキ」 「へっぽこバッター」  魔物達の野次が飛ぶ。  だが、三振したというのに元山は満面の笑みだ。 「俺ははなから打つなんて気はさらさらねェぜ!」  その笑みの理由は……。 「グハッ!?」  元山は空振りしたバットでアルストファーの頭を殴打していた。 「これが〝ささやき破り〟ってヤツよ!」  スキル【集中】を発動させたのはいいが……。  それはボールを当てるためではない、アルストファーの頭というボールを当てるためだった。

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