「ド、ドカ!」 ドカはレスナーのタックルで吹き飛ばされた。 その威力は凄まじいものだった。ドカの硬いマスクやプロテクターを破壊。 更にはドカの大きな体は相手側一塁ベンチまで吹き飛ばしてしまった。 内野の鳥羽さんやネノさん達が急いで駆け寄る。 「大丈夫か!?」 「しっかりしろ!」 僕は動転して暫く体が動かなかった。 目の前でドカが強烈なタックルで倒された……。 仲間が巨大なサイクロプスに一瞬でやられてしまったような心境―― 「アラン、仲間のところにいくぞ」 僕は国定さんの声で我に返る。 他の仲間達は既にドカの元へと集まっていた。 「は、はい!」 仲間がやられたのに何をボケッとしているんだ……。 ☆★☆ ドカは苦悶の表情を浮かんだまま動かなかった。 脳震盪や鞭打ち――あるいは骨が折れているのか。 「派手に吹き飛ばされたモンだなァ」 デーモン0号はベンチに座りドカを見下ろしている。 遠くからでも感じる。髑髏の仮面から見える目は冷たい。 「こ、この野郎! よくもやりやがったな!」 小柄な森中さんが走った。 トロルの上位種であるカイザートロルのレスナーのところだ。 「何だこのチビはドワーフか?」 「ドワーフじゃねェやい! よくもやりやがったな!」 森中さんは顔を真っ赤にしながら拳を握りしめている。 戦う気満々だ。レスナーはやれやれといった表情だ。 「ワシと戦おうというのか? やめとけ」 「うるせえ! 仲間がやられて黙ってられるかい!」 「やめんか!」 自軍の三塁ベンチから赤田さんが飛び出した。 森中さんの気持ちはわかるが相手は凶暴な魔物だ。 異世界の住人である森中さんがカイザートロルには勝てるはずもない。 「このデカブツ、タックルしやがった!」 「落ち着け!」 赤田さんが森中さんを止める。現役は退いているが赤田さんの体は大きい、それに腕も太い。 見た目は人間でありながらも、トロルのような赤田さんに捕まり森中さんは動けないでいる。 「これが落ち着いていられるかい!」 捕らえらた虫のようにバタつく森中さん、落ち着く素振りはない。 「コリジョンルールを無視した悪質なプレーだぜ!!」 コリジョンルール。 マリアムに教えられたルールの一つだ。 〇 コリジョンルール 野球における本塁での衝突を防止するためのルールの一つ。 タックルなど本塁での過激な接触プレーによる負傷者が続出したことで制定された。 このルールは比較的新しい時代に制定されたもので、まず最初2014年にMLBで採用。 続いて、2016年にNPBで導入されることとなった。 レスナーのタックルは非常に危険なプレーだ。 コリジョンルールに乗っ取れば、同点のホームは―― 「忘れたか――コリジョンルールは適用されんぞ」 西木さんの声が響いた。 「に、西木のおっさん!」 「監督だろ」 帽子を深々と被り、ゆっくりとベンチから立ち上がる。 チラリとオニキアを見ると何やら言っている。 「オニキアと言ったな」 「わ、私ですか?」 「お前も不思議な術が使えるんだろ」 「え、ええ」 「ドカのところへ行くぞ」 西木さんはゆっくりと、ドカの周りに集まる僕達のところに来た。 深く被る帽子からオニキアを見る西木さんの目は鋭い。 「治せるか」 「私は――」 オニキアは国定さんの顔を見た。 彼女はいまヒールという下位の回復魔法しか出来ない。 「見たところドカ君は重症、君のヒールと私のボヒールで回復させよう」 「わ、わかりました」 「大丈夫だ。二人で協力すれば何とかなる」 「は、はい」 スペンシーさんはベンチ裏で眠っている。 生命力を完全回復させるリカイアムは使えない状況だ。 ならばここでオニキアのヒールと国定さんのボヒールで治療するしかない。 淡い優しい光がドカを包むと傷が回復していく。 鳥羽さんを始めとする異世界の住人はまだ不思議そうな顔だ。 剣と魔法の世界を体験したがまだ慣れていないのだろう。 「どうだ?」 「何とか」 ドカの傷は治ったものの目を覚まさなかった。 「ドカ……」 「ま、まさか」 湊と元山が心配した表情だ。 ドカの目は静かに閉じられたままだからだ。 「どきな」 ネノさんが湊と元山を退かせると手の脈拍を取り、胸に耳を当てる。 安孫子さんが恐る恐る尋ねた。 「ど、どうだいネノちゃん」 「大丈夫、息はある」 僕達はホッと胸を撫で下ろした。ドカは無事であるが―― 「それより西木監督、コリジョンルールが適用されないって……」 僕の問いに西木さんは帽子を更に深く被る。何だか気まずそうだ。 よく見ると手には本が握られている。 文字を読むところ――『公認野球規則』? 「ルールが改正された」 「ル、ルールが改正!?」 「主審に聞いてみろ」 僕は本塁上の万次さんを見た。 「コリジョンルールは既に撤廃しております」 「て、撤廃!?」 驚く僕に西木さんは言った。 「これを見ろ」 公認野球規則が開かれている。 そこには何とコリジョンルールの撤廃のことが説明されていた。 〇 コリジョンルールの撤廃について さあ! 生温い現代野球は終わりにしよう! NPBはプロ野球ファンにエキサイティングなプレイを提供せねばならぬ!! 昭和の時代は下らぬ『コリジョンルール』などなく自由奔放に選手は暴れ回っていた! 我々は昭和の血の香る試合を復活させねばならない! つまりは『古式野球』の復活だ! 君もタイ・カッブになろう! アイドントライク・コリジョンサン! 砕けすぎた文体――それに文章も独特で意味不明だ。 これは絶対に鐘刃がNPBの野球規則に書き加えたものだろう。 「ふふっ! 鐘刃も少しは役には立ったようだな!」 デーモン0号は哂う。ということは―― 「セーフ! 同点だ!」 そうルール的にはOKだ。 レスナーはドカを吹き飛ばし本塁ベースを踏んでいる。 これで同点、試合は振出しに―― 「ま、待てや!」 誰もがダメだと思ったその時―― 独特のイントネーションで発する声が聞こえた。 「同点やないでェ!」 「ド、ドカ!」 ドカが目を覚ました! 大きな体をゆっくりと起き上がらせるとミットをデーモン0号に見せている。 「同点ではないだと?」 「そのセンスのないマスクからでもコレは見えるハズや!」 「ハッ!?」 驚いた! ミットにはしっかりとボールが収められている! 強烈なレスナーのタックルを受けてもボールをこぼさなかったんだ! 「ア、アウト!」 万字さんのアウト宣告! 『こ、これぞプロ! これぞチームの要! ドカがしっかりと守護したぞッ!!』 『マンダム――これがプロ野球だ』 ――シーン…… 凶悪な魔物達が集まる瞑瞑ドーム、完全アウェイの雰囲気だ。 アウトを宣告され、魔物達は恐ろしく静かだったが……。 ――ア"ア"ア"ア"ア"……。 すぐに溜息へと変わった。 「流石はドカ! よう守った!!」 「よ、よくやったぞ! オフの年棒は楽しみにしたまえ!」 逆にメガデインズを応援するマリアムや天堂オーナー達は大はしゃぎだ。 「これがプロの矜持! 人間の強さや!」 ドカは吼えた! デーモン0号を始めとするBGBGsのメンバーはその気迫に押され黙っている。 これでツーアウト、後一人打ち取ればチェンジ! 僕達が次の回に向けて闘志を燃やすが―― 「うぐっ!?」 ドカは再びその場で倒れてしまった……。
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