「レアスキルの多用って……」 「薬だってそうだろ? 効果があるものほど副作用が強いッ!」 レアスキルに副作用? 一体どういうことなのだろうか。 片倉さんの目は鋭い、その視線の先には神保さんがいる。 「え、ええっ? 私に何か?」 「見ただけさ……」 フッと息をつくと片倉さんは静かに言った。 「アラン君、もうレアスキル――いや、スキルに頼るな。身に付けた野球の技術だけで闘うんだ」 「か、片倉さん?」 「これ以上やるとスペンシーのようになる」 スペンシーさんのように? そうすると片倉さんは神保さんに睨んだ。 「へっ?」 睨まれた神保さん。 突然見られたのでびっくりした顔だ。 そして、何事かを悟ると視線を逸らし口笛を吹いている。 「全くイタズラの神は……」 何かを呟いたが小さくて聞き取れない。 「ふう……私もあまり人のことがいえないか」 片倉さんは溜息をつき、ベンチに座った。 「西木君、ここに座らせてもらうよ。球団職員として観戦させてもらう」 「え、ええ……」 「そもそも私のせいだ。この現実世界に架空の――」 片倉さんは何かブツブツ言っているようだが、小さくて聞き取れない。 一体どういうことだろうか。レアスキルどころか、スキルも使うなって……。 「ふふっ……そろそろいいか? 無駄話は好きでないんでな」 デーモン0号がこちらに話しかけた。 右手に握るボールを上下に投げたり掴んだりしている。 「あそこのスカウトマンの言う通りだ。純粋に野球の技術だけで勝負しな、縛りプレイってヤツだな」 「なんだと?」 「圧倒的な力で弱者を踏みにじる時の爽快感は格別だったろ」 「何を言っているんだ」 「異世界チート野郎のインチキを指摘してるんだよ。特技だの……スキルだの……俺達何も持たない人間を嘲笑ってんだろ?」 「だから何を……」 「てめえがこの世界にはない能力で野球をしていることに!」 ――俺が心底ムカついていることさッ! スーパークイック! ノーモーションの投球! 意表を突かれた! タイミングが取れない! 不意を突かれた! 「ストライク!」 判定はストライク――これでツーストライクと追い込まれた。 「勇者様を一般人が倒してやるぜ」 「き、君は……ッ!?」 投げた勢いでデーモン0号の仮面が取れた。 「黒野ッ!」 その正体は黒野――黒野秀悟ッ! ――あいつが何でッ!? 西木さん達首脳陣も! メガデインズメンバーも! 天堂オーナーも! マリアム達MegaGirlsも! ほぼ全員がデーモン0号の正体を知り愕然とした―― 「誰かしら?」 「見たこともねェぞ……」 例外はオニキアと元山だ。 元々京鉄の選手だから黒野のことは知らないだろう。 同期入団、それに育成の2軍選手だからだ。 「黒野秀悟――育成ドラフト5位のルーキーだ」 国定さんの声が聞こえた。 そう彼の名は黒野、僕と一緒に入団テストを受けてプロになった同期だ。 「よう国定さん、ピッチャーライナーをありがとうよ」 「黒野君……」 一塁ベース上にいる国定さんは考え深そうな顔をしている。 「二軍ではちょい一緒に練習したな。ピッチャー顔負けのいいボールを投げていた、アレもインチキだったのかい?」 「何故、君がここに?」 「質問を質問で返すなよなったく……」 黒野はピッチャーマウンドを足でならすと僕を睨んだ。 その眼光は鋭い、まるで飢えたワーウルフだ。 「アラン、俺の球は特技やらスキルやらのインチキで打てるような甘いもんじゃないぜ」 「待つんだ黒野、君と僕は仲間だったじゃないか。それが一体どうして……」 「仲間? 何を言ってやがるんだ。俺は前に――紅藤田達がいなくなった時に言ったよな」 「えっ?」 「覚えていないのか、ならば鳥頭のお前にもう一度言うぜ」 そう述べながら黒野はモーションに入った。 「ライバルが消えて嬉しいと言ったんだ!」 投げたッ! ボールは130キロ台の棒球だ! (打ちごろッ!) なんと遅いボールか、伸びのないボールか。 コースはど真ん中、まるで打撃投手が投げるかのようなボールだ。 確実に打てば長打――既にこの打席ではレアスキルを発動している。 ここで特技【闘神斬り】を発動すれば、ホームランが望める状況と言ってもよい。 (しかし……) ――薬だってそうだろ? 効果があるものほど副作用が強いッ! 片倉さん――いや神の言葉がよぎる。 レアスキルの多用は体に何らかの悪影響を及ぼすようだ。 その証拠にこの試合中、何度か僕の体に異変が生じている。 倦怠感――体が重くなっているのを感じる。最初は疲れかと思ったがそうじゃない。 この感覚はイブリトスに負けた直後の感覚だ……。 ――フッ! ボールが迫って来る。 (特技やスキルを使わずに打つか?) ダメだ! あの国定さんのライジングストームでもピッチャーライナー止まり! 僕はこの絶好球を確実に『好球必打』しなければならないんだッ! 少しでも点差を開けて勝利を得るために! チームのために! 全てのプロ野球ファンのために! 「うわあああああっ!」 自ずと出た発声、気合音……いや悲鳴に近い咆哮だ。 ――特技【闘神斬り】! 僕は特技【闘神斬り】を発動させていた。 「ストライク! バッターアウトッ!」 現実は無常かつ摩訶不思議だった。 僕の渾身の一打は空を切っていた。 「なんで?」 「チェンジアップだよ。お前さんの得意球だ」 そう投げたボールはチェンジアップ――抜いた球だ。 僕の打ち気に走った心理を読んで投げた変化球……。 「うっ!?」 そして、僕は打席でしゃがみ込んだ。 全身に今まで以上の倦怠感が襲ってきたんだ。 やはり片倉さんの言う通りだった……ではこの倦怠感の理由は? レアスキルの多用が原因とするならば何故……。 「スリーアウトだ。さっさと守備につけよ勇者さん」 黒野は冷たく僕を見るとそう述べた。 そして、ベンチに戻る際に静かにこう続けた。 「野球を汚すインチキ勇者が消えてくれると嬉しい」 「ブルクレス……」 「デホ、何も言うな。ベンチに引き上げるぞ」 ブルクレスとデホは無表情、一瞬だが体を小刻みに震わせたがすぐに治まった。 突然起こった僕の状態を見て動揺しているんだろうか? 敵になったとはいえ仲間であった僕を心配を――いやそんなことを考えているヒマはないか。 「人間……だよな?」 「人間なのは察してたけどよ、この世界の人間みたいだぞ」 「誰かの転生か?」 「わかんね」 一方、魔物達は黒野をジロジロと見ている。 デーモン0号の正体が人間であることは、見た目や匂いで気付いていたとは思う。 だが、まさかこの世界の住人とは思いもしなかっただろう。ドーム全体が静まり返っている。 普通ならホームチームがピンチを凌ぐと、拍手が起こるはずのものだがそれすらも起こらない。 「お前、大丈夫かよ?」 ネクストの元山が僕に話しかけた。 「心配かけたね、ちょっと足を捻っただけさ」 「足を捻った? 大振りするからだ。それより足は大丈夫かよ」 「捻挫はしていない大丈夫さ。この通り」 僕が軽く上下にジャンプすると元山はフッと息を吐いた。 「ならいいけどよ……あのおかしな世界に行って、特技やらスキルってヤツの概念は理解したが『レアスキルの多用はするな』ってどういう意味だよ。ゲームなんかでも能力の重ねがけは――」 僕はベンチに座る片倉さんを見た。 西木さん以上に渋い表情――どちらかというと怒っているように見えた。 「改造コードとか、裏技の多用でバグったワケでもあるまいし」 元山がよく分からない言葉を述べると自軍のベンチへと戻った。 僕といえば敵となってしまった黒野を見る。一体どうして黒野は……。
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