勇球必打!
ep131:勇気の牽制

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「いい加減にその若者から離れろ!」  遠い外野からも聞こえるほどの声。  神保さんの体を借りるオディリスは、黒野あいつがいる一塁ベースを指差す。 「何のことかな」 「しらばっくれるな! 貴様独特の邪気がもれ出ているぞ!」 「ふっ……邪気とはひどい言い草だな」  トロイア。  それが黒野の体を借りるあいつの名前か。 「トロイア?」 「そう! あいつの名はトロイア! 各世界へと降り立ち、その世界のルールを変える邪悪の神だ!」  瞑瞑ドームはしんと鎮まった。  人間も、魔物も突然のことに沈黙していた。  それは僕達メガデインズも、BGBGsのメンバーも同じだ。 『邪悪の神? ブロンディさん!』 『解説は無理ってもんだぜ』  オディリスは言葉を続ける。 「違和感は去年のシーズン! お前の匂いがどこかでしていた!」 「察しがいいなオディリス」 「どこに潜んでいた!」 「エクルトのマスコット、マドンくんの中の人として活動していたのだよ」 「マ、マドンくん……リーグ違いで気づかなかった」 「同じリーグにいるわけがなかろう。お前がいては好きに出来んからな」 「いつから野球に興味を持った」 「ラウスが人間へと転生させられた罰を受けた話を聞いたときからさ。神の心を執心させる『野球』なる人間の遊戯があると聞いて、明治神宮へと降り立った……そこで私は六大学を見物した」  黒野トロイアは不敵に笑った。 「いやはや、君やラウスが興味を持つのも無理はない。野球は実に素晴らしい」 「貴様も野球に魅了されたか」 「ああ、この野球は最高だ。遊戯でありながら人間を成長させる。これは我々神々の仕事である『創造物の進化』を促す秘法だよ」  野球が創造物の進化を促す秘法?  話がオーバー過ぎやしないか、と思う。  僕達が呆気に取られる中、二人は会話を続けた。 「そして、私は創造物がより進化へと誘うため、野球のルールの改革が必要であるとね」 「か、改革だと」 「君も知ってるだろ。この野球界世界に金銭トラブルや女性問題といった不祥事の嵐が起こっている。これでは創造物達の進化は望めない……オディリスもそう思わないかい?」 「ウソをつけ! お前は楽しみたいだけだ!」 「私と君は同志じゃないか。日和見主義の神々より、我々のような行動派がいることで創造物達の高い進化が望める。この野球には無限大の可能性があるのだ」 「何が進化だ! 多くの世界が、お前に調和を乱され破壊されたと思っているんだ!」 「悲しいよオディリス。お前も創造物の進化を促したく『無量大数の世界』に介入していると思ったのに」 「私の介入は調和を乱さない『趣味』の範疇だ !」 「ふん、悪戯の神が何を言っているか。そこの創造物アランを自らの趣味のために転移させたクセに」  人の体を借りた神々の会話。  僕達は固唾を吞んで聞き入るより他はなかった。 「ともかく! その若者から離れろ!」 「ヤだね。黒野はこの神である私が見初めた人間だ。自らの野球の才能の無さから起こる、絶望、嫉妬、憎しみ、怒りなどの負の感情が実に素晴らしい――神の依り代としては相応しい器」  二人の会話が延々と続く。  僕は内野スタンドにいる黒野の母親を見た。 「ああ……秀悟……」  祈るような顔だった。  この人を悲しませてはならない。  僕は勇気をもって、一塁の元山にアイコンタクト送る。 「ニッ!」  元山は白い歯を見せた。  僕の意図を理解してくれたようだ。 「ファースト!」 「どんとこいや!」  僕は一塁へと牽制球を送る。 「我が韋駄天より速き爆脚で、ホームまで盗塁スチールしてやるぞ!」  そして、あいつは気付いていない。  塁から足を離していることを……。 「この試合ゲームを再び振り出しに――」  黒野トロイアが一人喋っているうちに、 「アウト!」 「へ?」  牽制タッチアウトだ! 『ア、アウト! 実にマヌケなアウトでしたブロンディさん』 『マンダム――ベラベラと喋っているからだ。話に気を取られ、ベースから足を放すなど、プロ野球選手にあるまじきポカミスだぜ』  タッチアウトとなった黒野トロイア。  放心状態のようで呆然としていた。 「ア、アウト? えっ?」  そんな黒野トロイアに元山は話しかけた。 「早くベンチに下がれよ」 「わ、私はアウトなのか?」 「足がベースから離れてるんだよ」 「はっ!?」  黒野トロイアは地面を見つめる。  自分の足がベースから離れていることにやっと気づいたようだ。 「お、おのれ! 悪戯を図ったな! オディリスウウウ!」 「お前が勝手に離していただけだろ」  塁上で地団駄を踏む黒野トロイア。  オディリスは僕に向かって叫んだ。 「ともあれ、良い判断だアラン! 野球脳は神を越えたぞ!」 「は、はあ……」 「トロイア! これが創造物の進化だ!」  思わぬ形でツーアウトを取れてよかった。  これで後一人、後一人打ち取ればゲームセット。  僕達メガデインズの勝利だ。 「やったぜ! アホなヤツだ!」 「もうすぐ、ワイらの勝利やで!」 「何やってんだ0号!」 「ニンゲンはこれだから信用できねえ!」  これまで静寂に包まれた瞑瞑ドーム。  人間と魔物達の賛美あるいは罵詈雑言が響いた。  さあ、試合の開始だ! 僕の全力投球でアウトを取る!  と帽子のツバを握り、気合を入れ直したのだが……。 「そもそも……あの人間の女のせいだ」  黒野トロイアはまだ一塁に残っていた。  一塁審判が黒野トロイアを注意した。 「早くベンチへ戻れ、お前はタッチアウトだ」 「お前に言われんでも理解わかっとる!」 「げっ!?」  黒野トロイアはドス黒い暗黒の闘気を放出させていた。 「……神の裁きを受けるがいい」  手には暗黒の闘気を集中させていた。  ごくごく小さい気の塊だ。  誰も気付いていないが僕にはわかる。  あの黒い闘気を人に向けて放つ気だ。 「ま、まさか……!」  僕は黒野トロイアの視線を見て察した。  黒野の母親を殺す気だ! 「あの女がいなければツーベースだった!」 「や、やめ――」  僕が一塁へと駆けだそうとした時だ。  急にピタリとヤツの暗黒の闘気が消えた。 「ぬぐ……ゥ……ッ!?」  どういうことだ?  急にヤツの動きが止まった。 「野球を血で汚すな」  女性の声がした。  それは黒野の母親の声ではない。  僕が再び内野スタンドを振り返った。 「ピ、ピンクのマスコット!」  黒野の母親の隣にはピンクのモフモフ、つまり着ぐるみがいた。  形はホッグス君と似ているが、頭にはリボンをつけてて女性的だ。 「ホ、ホグミちゃんだ!」  ショートの安孫子さんがそう言った。

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