『国定! 一軍プロ初打席で初球を見事に捉えました!!』 ――ワアアアアアアッ!! 球場が歓声に包まれた。 新戦力の国定造酒、値千金の同点ホームランだ。 これから一塁を周るようだが―― 「弁天と言いましたね」 「な、何用か」 「異世界は怖い所です。弱肉強食で死と隣り合わせ……」 国定は一塁の弁天に何か言っている。 声は歓声でよく聞き取れない、続いて二塁を周ると今度は判官に語りかけていた。 「甘い世界ではありませんよ」 「ぬ、ぬぐゥ……!!」 最後に三塁を周るが、途中でオニキアに視線を送っている。 「正当に賢者になったというのに嘆かわしい」 「あんたは誰なんだ、あんな力のないスイングで入るわけが……」 「バットのインパクトの瞬間に、雷と風の合成呪文『ライジングストーム』練り込ませました、我が魔力を使えば少々の力でもスタンドイン。如何でしたかなお嬢さん」 「ラ、ライジングストーム!? その魔法は太古の昔に失われたハズでは……」 「人は私を大魔導師ゾージュと呼ぶ」 ホームイン。これで同点、試合は振り出しに戻る。 一塁ベンチにいる西木さんやチームメイトとハイタッチをする。 国定は僕に近寄ると小声でこう言った。 「オディリスは悪戯の神だが悪党ではない」 僕は目を見開いた。 国定の口からオディリスという言葉が出たのだ。 「次の打席に何が起ころうとも、彼から貰ったバットを信じて振るんだ」 「何でオディリスを……」 「必ずオニキアは、君を殺すために魔力を込めた球を放つ。それを狙い撃て、世界樹のバットには魔法を弾く効果がある」 そう述べると国定はベンチの隅の方に座った。 帽子を深く被り直す、何やら瞑想しているように見えなくもない。 僕は自分のバット、つまりオディリスから貰った世界樹のバットを持った。 国定が何者かは分からないが、オディリスと深い関係があることには間違いない。 『セカンドの河合、引っ張った!!』 河合さんが一二塁間のゴロを放つも、ファーストの弁天がキャッチ。 かと思われたが……。 『弁天、お手玉ァッ!!』 まさかのエラー。 慣れないファーストの守備で生まれたミスなのか。 それとも国定の一撃で精神的な動揺が生まれているのだろうか。 「弁天、何をしているの」 「あ、あの男が異世界は弱肉強食の世界と……。心が安らぐ涅槃のような世界ではないのか」 「しっかりなさい! どこの馬の骨とも知らない男の言葉に惑わされちゃダメ!!」 オニキアが弁天に何か強い口調で言っている。 さあ……次はいよいよ僕の打席だ。 (私は元の世界へ帰るんだ……もう賢者は沢山だ) ☆★☆ 「オニキア、まだこの程度の魔法しか使えないのか!」 私の家は昔から魔導師の家系だ。 父は魔法使い、母は僧侶。 両親共に冒険者として、高名な戦士や武闘家、時には盗賊や踊り子と行動を共にし数多のクエストを攻略。 土地では有名な名士となったが、ただ一つ満たされないことがあった。 「これでは賢者になれないわよ!」 両親共に賢者になれなかったのだ。 攻撃呪文や回復呪文をバランスよくこなすには高度なレベルと経験点が必要だ。 そして何よりも才能だ……二人とも賢者の才能に欠けて挫折した。 夢破れた両親は、私を何としてでも賢者にするためのスパルタ教育を施した。 「ごめんなさい、ごめんなさい」 私は小さい時からそうだった。 両親に『ごめんなさい』……その言葉しか言えなかった。 「とうとう賢者になれたな」 月日が経ち、私はどうにか賢者にクラスチェンジ出来た。 血反吐を吐くような修行、自分より強い魔物との死線を何度も潜り抜けた。 やりたいことも我慢し、無理がたたって死にかけたことは一度や二度じゃない。 嫌なこと、辛いこと、悔しいこと……それらを乗り越え、私はやっと両親が望む職業になれた。 それを父や母に報告すると――。 「これであなたも、皆をサポートする便利な存在になれるわね」 「便利?」 「そうだ、賢者は攻撃呪文も回復呪文を使いこなす便利屋だ」 「あなたは腕利きの冒険者とパーティを組んでサポートするのよ」 「サポート……」 「これならS級難易度のクエストをどんどんクリア出来るぞ」 「オニキア、母さん達が顔も家柄もイケてる人を探してきてあげますからね」 「……」 両親から言われた言葉は私を深く傷つけた。 私は誰かをサポートするだけの存在でしかなかったのだ。 それは仲間だけではない、両親の自己満足を満たすためだけの……。 「オニキアの魔法がなければ危なかった」 「いえ……」 「君は本当に便利だよ」 アラン……あんたがいつかのダンジョンで言った時の台詞だ。 勇者のあんたも私の両親と同じだ。私を便利な道具としか見ていない。 私だって嫌なことを我慢したんだ、辛い事を耐えて来たんだ。 私は誰かをサポートするだけの道具じゃない! 便利屋じゃない! ☆★☆ 「可愛い顔が台無しだぞ」 「えっ……」 「眉間にシワを寄せ過ぎだ。仲間のミスは俺達が取り返そう」 「元山……あんた何で」 「そりゃお前がかっかしてるからだろう。俺も頭に血が上りやすいが、今は司令塔だからな。お互い冷静にならねェと」 「私の魔法――」 「ハァ? お前、何言ってるんだよ」 元山がピッチャーマウンドへ行き、オニキアに何か語りかけた。 僕はゆっくりと呼吸を整えて、右打席に立ち霞の構えを取る。 オニキアはマウンドに立つと、世話しなく周りをキョロキョロと見渡し始めた。 (私のキャプテーションで操っているはず) 一方、元山はドッカリと座ると話しかけてきた。 「アランよ、オニキアを嘗めんじゃねェぞ。我が京鉄の新エース! 打てるモンなら打ってみやがれ!!」 (そこまで言い放てるか) 耳が痛かった。 僕の方が付き合いは長いのに、元山の方がオニキアのことを信頼している。 『4番は絶賛売り出し中の碧アラン! ピッチャーのオニキアはサインを見て頷いております!!』 オニキアは投球動作に入る。 艶やかなサイドハンドからボールが繰り出される。 (内角高めにカーブのサインか……ここで『ブラッドサンダー』を使う!) 投げるボールには魔力が込められている。 球が高めに浮き上がり高速回転の軌道を描いている。 (カーブ!) ボールの縫い目の回転から恐らくはカーブ。 待て……ただのカーブではない。 ――ゴアアアアアッ! ボールが黒く光っている! 「まさか魔王イブリトスの!?」 オニキアが投じた魔球は魔王イブリトスが放ったあの魔法。 名前は分からない……ただ覚えているのは闇属性と雷属性の合成魔法ということだけ。 左腕から投げられたボールが内側へ、邪悪で無慈悲な塊が抉り込むように入って来る。 (完璧には仕上げていない! でも、当たって内部へ浸透すればアランを確実に仕留めることが出来る!!) 投げたオニキアが乾いた哂いを浮かべているのが目に入った。 (爆ぜろ! 勇者アラン!!) ――彼から貰ったバットを信じて振るんだ。 国定が言われた言葉が脳裏に浮かぶ。 信じていいかのどうか……。 ――ギュゴゴゴゴゴ! どんどんボールが高めから低く落ち始める。 このままでは当たるのは明白、ならばどうするか? 当てるならばバットの先端だ、上から下に叩きつければいい。 水平に出してもバットの根っこに当たり折れる可能性がある。 避ければいいじゃないかと、言うかもしれないが問題はそう単純なものじゃない。あの無慈悲で利己的な黒い塊は、当たる瞬間に魔法が発動する仕組みになっているはずだ。そうすれば元山や審判が巻き添えを喰らう。 「オニキア、君はそこまで堕ちたのか」 僕は寂しくその一言を述べ、ボールにただただ集中する。 スキル【集中】は発動しないが精神を研ぎ澄ませ、当てることだけに注力することは出来る。 ――カーン! 『炸裂ゥ! 跳弾道――ッ!』 バットの炸裂音と歓声が球場をこだました。 僕はボールをバットに当てると、邪悪で無慈悲な光は不思議と消え去っていたのだ。
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