勇球必打!
ep84:フライボール革命

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 4番の鐘刃を闘神ストレートで打ち取った。  次の打者はブルクレス、僕の仲間だった戦士だ。 ――ズン……ズン……  地響きがする。  5番打者のブルクレスが打席に入って来たのだ。 ――ズン……ズン……  一歩、一歩、踏み出すその姿は……。 ――ズン……ズン……  野球をやるには異世界ファンタジック過ぎた。 『な、なんだあの姿は――ッ?!』  打席に立つブルクレスはユニフォームの上からガイアアーマーを着ている。  足には青いうろこに覆われた脛当てレガースがはめられていた。  あれはブルードラゴンから作られた蒼龍の脛当て。  火属性の攻撃を軽減させてくれるアクセサリーの一つだ。 「いくぞ……」  そう述べるとブルクレスはバットを寝かせて構える。  フェイスガードを取り付けたヘルメット。  そこから覗かせる目はまさに魔人のような威圧感がある。 「そんなガチガチに防具で身を固めたら動けんのやないか」  ドカが何か言っている。  ブルクレスは黙って前を見ているだけだ。  彼の性格は変わらない、寡黙で自分の仕事を全うするだけ。  僕のいたパーティの時からそうだった。  パーティの前衛として壁となって戦ってくれる。 ――ブン! 「ストライク!」  まずは低めへのカーブ。  ストライクゾーンからボールゾーンに落ちる変化球だ。  この球をブルクレスは空振りしてくれた。  そして、2球目も……。 ――ブン! 「ストライク!」  大振りでの空振り。  下から掬い上げるような打ち方――アッパースイングだ。 『大振り! 大振りですッ!!』 『あんなアッパースイングでは、打ったとしてもポップフライになっちまうぜ』  〝ギルノルド〟という偽名で対戦しているが大振りは変わらない。  大型扇風機でバットにボールが当たる気配は全く見えない。 (思ったより大したことないな。高めへの直球でジ・エンドや)  ドカは腰高に構え、高めのボールゾーンに直球を要求する。  大振り、ボール球に手を出すフリースインガー。  これならば三振にするのも容易いだろう。 ――シュッ!  僕は高めへの直球を投げた。 ――フッ……  案の定、ブルクレスはバットを振った。  これならば―― ――ガン"ッ"!  打った!?  高めへのボールを悪球打ちしたのだ! ――ワ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッ"!  魔物達の歓声が上がった。  打球はセンター方向だ。 (大飛球――だけどあれならば、フライアウトだろう)  そう僕は確信した。  現にセンターを守るネノさんが落下地点で構えている。 「今だ! やれィッ!!」  その時だ。  一塁ベンチにいる鐘刃の声が聞こえた。 「お任せ下さいませ♡」  ふと一塁ベンチを見ると妖魔がいた。  雪のように白い髪、肌を持つ魔物だ。  ヤツはバンシー……そういえば登録選手にいた覚えがある。 「一体どうするつもりだ!?」 「ドームランで1点返させてもらうのだよ」 「ド、ドームランだと!?」 「魅奈子!」  魅奈子と呼ばれたバンシーは上空を見上げながら、 「キ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"イ"!」  金切り音を立てた! 『な、何だこの声は――ッ?!』  バンシーの声が球場に響き渡る。  その音は鐘刃の怒声以上の響き――音により空気の大震動が発生する。  そうつまり……。 ――グゥーン!  音で発生した力がボールに伝わり、打球速度が向上していく。  思ったより打球が伸び始めている。僕は目を疑った。  バッテリーを組む、ドカがキャッチャーマスクを脱いでボールの行方を見守る。 「そ、そんなっ!?」 「ウ、ウソやろ……ただのフライちゃうんかいな」  打球は弧を描きながら伸び続ける。 『ボールは落ちません! ドンドン伸びます! まさかイッツゴーンヌか!?』  天井スレスレまでボールは上がっている。  こんなことってありえるのか!?  あのバンシーがいなければ確実に打ち取っているはずだ。 「鐘刃様のお遊びは終わりだ……これより反撃を開始する」  ブルクレスの声だ。  確信したかのように一塁へ向かって歩んでいる足音が聞こえる。  そして、一塁ベースを周り僕をチラリと見た。 「俺は常に勝ち続けたい」 「ブ、ブルクレス……」 「俺が最終決戦ラストバトルで言った台詞だ。俺は勝利を約束された最高のパーティチームに入れてとても満足している。BGBGsからの連絡でスタートラインに立てた思いだ」 「卑怯だと思わないのかい!? 魔物の力でフライをホームランにするなんて!」  あのバンシーの力がなければ、確実にフライアウトに取っていた。  異世界の力を借りるならば、自分の持つ特技やスキルだけだ。  他者の――それもインチキまがいの魔物の力を借りてアウトをホームランに変えるとは。  そこまでして勝ちたいのか! 僕は仲間だった戦士ブルクレスに問いたい。  君の戦士としての矜持はどこに行ったのだと!! 「俺自身、勇者パーティを出て行く喜びがあった」  ブルクレスはそう静かに返した。 「勇者パーティでは誰を信用して良いか分からなかった」 「えっ……」 「互いの得意とする分野で戦い続け、サポートし合うものの心のどこかでは仲間を信用していなかった。それもそのハズ――俺達は自分さえ活躍すればよいと思っていた、違うか?」 「それは……」 「お前は勇者としての更なる栄光を求め、オニキアは自己の承認欲求を求め、デホは富と名声を求め、闘い続けていた」  ブルクレスは理解していた。  勇者パーティといえど、気持ちがバラバラになっていたことに。  寡黙で自己の主張はあまりしない男だったが、全員の心のうちに秘める思いを見透かしていた。 『上がったボールはまだ天井付近にあります! 一向に落ちて来る気配がしません!!』  ボールは高々と舞い続ける。  ブルクレスは二塁ベースを踏んだ。 「そして、俺は勝利という美酒を常に味わいたい。勝利することでしか戦士としての存在証明が得られないからだ」 「存在証明?」 「戦うには勝つからこそ喜びがある。魔物との戦いにしろ、この野球というゲームにしろ、勝つからこそ人々は賞賛し認めてくれるのだ! 勇者ということだけで、人々から褒め称えられたお前には解るまい」  ブルクレスの隠していた胸の内だった……。  そうオニキアやデホのように、彼も戦士という脇役としてのポジションに苦しんでいたのか。 「そういうことだアラン。自分が主人公という自覚が足りず、脇役やモブ他者に労いの言葉や感謝の言葉をかけなかったお前が悪い」  一塁ベンチから鐘刃の言葉が聞こえた。 「か、鐘刃……」 「ちょいと残念そうな顔だな。そうお前は調子に乗っていた、私も調子に乗っていたが一時的なものだ。私はお前と違って反省し修正する。これより勝利を得るためには、どんな手を使ってでも勝たせてもらうぞ」  そして、鐘刃は空を舞い続けるボールを指差す。 「スピーカー直撃弾だ!」  僕はセンター方向を改めて見た。  ブルクレスが放った大飛球はスピーカーに向かっている。  そこには呪符で縛りつけれ、封じられている片倉さんがいるのだ! 「ハハッ! フライボール革命だ!」  鐘刃の冷たく乾いた声がした。

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