4番の鐘刃を闘神ストレートで打ち取った。 次の打者はブルクレス、僕の仲間だった戦士だ。 ――ズン……ズン…… 地響きがする。 5番打者のブルクレスが打席に入って来たのだ。 ――ズン……ズン…… 一歩、一歩、踏み出すその姿は……。 ――ズン……ズン…… 野球をやるには異世界過ぎた。 『な、なんだあの姿は――ッ?!』 打席に立つブルクレスはユニフォームの上からガイアアーマーを着ている。 足には青い鱗に覆われた脛当てがはめられていた。 あれはブルードラゴンから作られた蒼龍の脛当て。 火属性の攻撃を軽減させてくれるアクセサリーの一つだ。 「いくぞ……」 そう述べるとブルクレスはバットを寝かせて構える。 フェイスガードを取り付けたヘルメット。 そこから覗かせる目はまさに魔人のような威圧感がある。 「そんなガチガチに防具で身を固めたら動けんのやないか」 ドカが何か言っている。 ブルクレスは黙って前を見ているだけだ。 彼の性格は変わらない、寡黙で自分の仕事を全うするだけ。 僕のいたパーティの時からそうだった。 パーティの前衛として壁となって戦ってくれる。 ――ブン! 「ストライク!」 まずは低めへのカーブ。 ストライクゾーンからボールゾーンに落ちる変化球だ。 この球をブルクレスは空振りしてくれた。 そして、2球目も……。 ――ブン! 「ストライク!」 大振りでの空振り。 下から掬い上げるような打ち方――アッパースイングだ。 『大振り! 大振りですッ!!』 『あんなアッパースイングでは、打ったとしてもポップフライになっちまうぜ』 〝ギルノルド〟という偽名で対戦しているが大振りは変わらない。 大型扇風機でバットにボールが当たる気配は全く見えない。 (思ったより大したことないな。高めへの直球でジ・エンドや) ドカは腰高に構え、高めのボールゾーンに直球を要求する。 大振り、ボール球に手を出すフリースインガー。 これならば三振にするのも容易いだろう。 ――シュッ! 僕は高めへの直球を投げた。 ――フッ…… 案の定、ブルクレスはバットを振った。 これならば―― ――ガン"ッ"! 打った!? 高めへのボールを悪球打ちしたのだ! ――ワ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッ"! 魔物達の歓声が上がった。 打球はセンター方向だ。 (大飛球――だけどあれならば、フライアウトだろう) そう僕は確信した。 現にセンターを守るネノさんが落下地点で構えている。 「今だ! やれィッ!!」 その時だ。 一塁ベンチにいる鐘刃の声が聞こえた。 「お任せ下さいませ♡」 ふと一塁ベンチを見ると妖魔がいた。 雪のように白い髪、肌を持つ魔物だ。 ヤツはバンシー……そういえば登録選手にいた覚えがある。 「一体どうするつもりだ!?」 「ドームランで1点返させてもらうのだよ」 「ド、ドームランだと!?」 「魅奈子!」 魅奈子と呼ばれたバンシーは上空を見上げながら、 「キ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"イ"!」 金切り音を立てた! 『な、何だこの声は――ッ?!』 バンシーの声が球場に響き渡る。 その音は鐘刃の怒声以上の響き――音により空気の大震動が発生する。 そうつまり……。 ――グゥーン! 音で発生した力がボールに伝わり、打球速度が向上していく。 思ったより打球が伸び始めている。僕は目を疑った。 バッテリーを組む、ドカがキャッチャーマスクを脱いでボールの行方を見守る。 「そ、そんなっ!?」 「ウ、ウソやろ……ただのフライちゃうんかいな」 打球は弧を描きながら伸び続ける。 『ボールは落ちません! ドンドン伸びます! まさかイッツゴーンヌか!?』 天井スレスレまでボールは上がっている。 こんなことってありえるのか!? あのバンシーがいなければ確実に打ち取っているはずだ。 「鐘刃様のお遊びは終わりだ……これより反撃を開始する」 ブルクレスの声だ。 確信したかのように一塁へ向かって歩んでいる足音が聞こえる。 そして、一塁ベースを周り僕をチラリと見た。 「俺は常に勝ち続けたい」 「ブ、ブルクレス……」 「俺が最終決戦で言った台詞だ。俺は勝利を約束された最高のパーティに入れてとても満足している。BGBGsからの連絡でスタートラインに立てた思いだ」 「卑怯だと思わないのかい!? 魔物の力でフライをホームランにするなんて!」 あのバンシーの力がなければ、確実にフライアウトに取っていた。 異世界の力を借りるならば、自分の持つ特技やスキルだけだ。 他者の――それもインチキまがいの魔物の力を借りてアウトをホームランに変えるとは。 そこまでして勝ちたいのか! 僕は仲間だった戦士ブルクレスに問いたい。 君の戦士としての矜持はどこに行ったのだと!! 「俺自身、勇者パーティを出て行く喜びがあった」 ブルクレスはそう静かに返した。 「勇者パーティでは誰を信用して良いか分からなかった」 「えっ……」 「互いの得意とする分野で戦い続け、サポートし合うものの心のどこかでは仲間を信用していなかった。それもそのハズ――俺達は自分さえ活躍すればよいと思っていた、違うか?」 「それは……」 「お前は勇者としての更なる栄光を求め、オニキアは自己の承認欲求を求め、デホは富と名声を求め、闘い続けていた」 ブルクレスは理解していた。 勇者パーティといえど、気持ちがバラバラになっていたことに。 寡黙で自己の主張はあまりしない男だったが、全員の心のうちに秘める思いを見透かしていた。 『上がったボールはまだ天井付近にあります! 一向に落ちて来る気配がしません!!』 ボールは高々と舞い続ける。 ブルクレスは二塁ベースを踏んだ。 「そして、俺は勝利という美酒を常に味わいたい。勝利することでしか戦士としての存在証明が得られないからだ」 「存在証明?」 「戦うには勝つからこそ喜びがある。魔物との戦いにしろ、この野球というゲームにしろ、勝つからこそ人々は賞賛し認めてくれるのだ! 勇者ということだけで、人々から褒め称えられたお前には解るまい」 ブルクレスの隠していた胸の内だった……。 そうオニキアやデホのように、彼も戦士という脇役としてのポジションに苦しんでいたのか。 「そういうことだアラン。自分が主人公という自覚が足りず、脇役やモブに労いの言葉や感謝の言葉をかけなかったお前が悪い」 一塁ベンチから鐘刃の言葉が聞こえた。 「か、鐘刃……」 「ちょいと残念そうな顔だな。そうお前は調子に乗っていた、私も調子に乗っていたが一時的なものだ。私はお前と違って反省し修正する。これより勝利を得るためには、どんな手を使ってでも勝たせてもらうぞ」 そして、鐘刃は空を舞い続けるボールを指差す。 「スピーカー直撃弾だ!」 僕はセンター方向を改めて見た。 ブルクレスが放った大飛球はスピーカーに向かっている。 そこには呪符で縛りつけれ、封じられている片倉さんがいるのだ! 「ハハッ! フライボール革命だ!」 鐘刃の冷たく乾いた声がした。
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